(173)面白すぎてやがて悲しい後味の悪さーP・ルメートル『その女アレックス』

久しぶりに犯罪推理小説を読んだ。「このミス」を始め4つのミステリーランキングで第一位を取り、史上初の6冠に輝く今年最高の話題作という。ピエール・ルメトール 橘明美訳『その女アレックス』。大学でも政治家としても先輩の日笠勝之さんから、ぜひ読むといいよと頂いた。このひとは知る人ぞ知る山本周五郎ファン。あまりこの分野は好きではなかったのではとの印象が強かったが。猛暑も終わり、秋の夜長に何を読もうかという向きには絶対的なお勧め▼推理小説についてはその中身を話してはルール違反だとは自明のことだが、この本のカバーにはわざわざ「読み終えた方へ:101ページ以降の展開は誰にも話さないでください」とある。パリの路上で若い女(アレックス)が誘拐され、目撃者の通報を受けて警察が捜査に乗り出す。3部構成で、各部ごとの章が25、25、11頁と、一章あたりの分量が短い。第二部までは、章ごとにアレックスと警察の視点が切り替わる方式。このテンポの速さが凄く読み易く、加えて鬼気迫る。そして圧倒的にアレックスの視点の方が、息が詰まり手に汗握るのだ。ばらしてもいい100頁の最後は、こんな感じだ。素っ裸の身体を折り曲げた状態で小さな籠状の檻に入れられた彼女は衰弱する一方。それを虎視眈々と狙うのは人間ではなく、ネズミだ、と▼かなりの面白さなのだが、読み終えての印象は後味が悪い。陰惨極まりい殺し方もあるし、ひとつひとつの殺しの場面が唐突で脈絡がない。要するに意味なき殺人だとしか思えない展開の仕方なのだ。それが最終部で一気にどんでん返し的な収束の仕方をするのだが、どうもストンと落ちない。読み終えて数日が経つが未だすっきりしない。読み終えたもの同士で語り合いたいが、身近にいないのが残念だ▼主人公が145㎝ほどの小柄な男で、脇役が大男とか太ってるとか対照的な人物が登場する。あるいはかなり高額の衣服や装身具を身にまとう洒落男と、正反対に貰い煙草や貧乏ぶり丸出しの徹したケチぶりの男だとかが対比するかのように描かれ、ユーモラスだ。高名な画家であった主人公の母親の遺作の処理やら彼の絵に対する嗜好など思わせぶりに書き込まれているが、特に話の主題には最後まで関係してこない。こんなことでいいのかなあと思わないでもない。英国推理作家協会賞受賞というのだが、そこいらは英国に、フランス的なるものへの憧れがあるのかなと邪推さえしてしまう。そして、私のような素人には327頁の最後の行から次の頁の数行の書き方が納得いかない。もっと技巧が凝らされた書き方でないと読者は簡単に騙されるだけだ、と。お勧めだといいつつ、あれこれとケチをつけてしまった。読むものをしてアレックスをグイと好きにさせながら、この結末は何だと怒りが沸いてきたからかもしれない。(2016・10・1)

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