抒情ただよう万葉集との出会い (11)

万葉集との出会いはいつも突然です。何か別のものを読んでいてそこで見出したり、訪れた先で歌碑を発見するといった具合で。つまり、さあ万葉集を読むぞと肩ひじ張って第一巻から順に、というのではなく、つまみ食い的に拾ったり、様々な先達の関連本の中に出てくる歌をそのつど鑑賞することが専らでしょう。私もそうです。ここではそんな中から印象深く残ってる歌を取り上げてみます。

田子の浦ゆ うち出てみれば ま白にそ 富士の高嶺に 雪は降りける  山部赤人

最後は、「降りつつ」ではなかったか、と頭をよぎります。百人一首に殆ど同じものが登場しているからです。「たごの浦にうち出てみれば白妙の富士のたかねに雪はふりつつ」と。これは装いを新たにしたうえで新古今集に再録され(そこから百人一首に採用)た経緯があるのです。万葉集研究者からは、改悪だと、叩かれています。これに対し、中世和歌研究者からは反論がなされ、ちょっとした”田子の浦論争”の様相になっています。平安朝文学を専門にする吉海直人氏は『百人一首への招待』のなかで、反論は「どうも歯切れが悪い」としつつ、思わぬ事実を明らかにしてくれています。万葉仮名を平安朝の人たちが判読できず、「『万葉集』が平安朝においてほとんど読まれていなかった」のだ、と。

今の時点からはいささか驚きですが、『万葉集』は実はその後もずっと一般の人びとには忘れられていたのです。『万葉集』が現在のように日本文学史の中で正当な位置を占めるに至るのは「明らかに明治になってからで、とくにそれが画然とするのは正岡子規以降といっていい」(大岡信『あなたに語る 日本文学史』上)のです。この辺りは、大づかみでいうと「万葉集対古今集」の論争の歴史になってしまい、お互いの立場を是とするものたちの罵り合いにまで及んできました。私の理解では、素朴さと華麗さの対立であり、自然をありのままとらえるいき方と、色々と技巧を凝らす表現方法の差であろうと思います。どちらがいいとか悪いとかではなく、どっちもいいねというのが偽らざるところでしょうか。大岡信氏が前掲の書で「僕は両方を平等に見ることを心がけたい」としていますが、私も同感です。

前回に美智子皇后が「人の心に与える喜びと高揚を初めて知った」歌のことを紹介しました。皇后ご自身はその歌とは何かを具体的に指していませんが、恐らくは次の歌だとされています。

石(いわ)ばしる 垂水の上の さ蕨の 萌えいづる 春になりにけるかも   志貴皇子

私はこどもの頃の一時期、神戸の垂水(正確には塩屋町)で過ごしました。この歌を見聞きするたびに、連想ゲームのように、その地で過ごした頃のあれこれを思い出しますから妙なものです。『万葉集』には当然のことながら全国各地の場所を詠みこんだものが数多くあります。ご当地ソングならぬご当地和歌です。兵庫県は播州姫路で生まれ、神戸は垂水、須磨で育った者として、そうした辺りの歌に出くわすと心騒ぎます。万葉歌人のなかで最も多くの歌が登場する(4500首のなかで450首)のは柿本人麻呂ですが、彼の旅の歌は、風物詩的な情緒豊かさにおいて、他の追随を許さないといいます。とりわけ瀬戸内海の周辺地域としての淡路島や明石海峡を詠んだ歌に、私は感激してしまいます。

淡路の 野島の崎の 浜風に 妹が結びし 紐吹き返す

荒たへの 藤江の浦に すずき釣る 海人とか見らむ 旅行く我を

燈火の 明石大門に 入らむ日や 漕ぎ別れなむ 家のあたり見ず

瀬戸内海の船旅がもたらす醍醐味が蘇ってきます。淡路の野島といえば、先の阪神淡路の大震災の震源地です。私事に及びますが、藤江(明石市)は我が恩師の終の棲家の地でした。また、明石には今、娘夫婦と孫が住んでいます。

柿本人麻呂は、職業的な宮廷詩人だったといいます。恐らく注文に応じて作ったに違いない公的な歌と、自らの感情を思うがままに表現した私的な歌に、その作品群は分かれています。前者では、彼は枕詞や序詞をしきりに用いて対句や繰り返しを駆使し、色彩豊かで流暢な言葉の響きを展開しています。また後者では、漂う抒情が今に読むものの心を打ちます。

加藤周一氏はその名著『日本文学史序説』上の冒頭部分で「人麿の公的な挽歌では、多彩な言葉の積み重ねが、感動をつくり出すのに足らなかった。私的な挽歌では、事情が逆転し、強い人間的な感情が、控えめな言葉で語られる日常生活の些事に無限の意味を与えている」と、いささか持って回った表現で述べています。彼の日本文学史は序説と銘打っているものの、単なる文学を超えた壮大な思想史研究の趣きもあります。儒教、仏教はじめ外来の思想、宗教が与えた影響に深い洞察が加えられており、私は大変に好きで愛読しています。先年亡くなられましたが、その直前にキリスト教に入信されたとのこと。いったいどういう経緯があったのでしょうか。揺れ動いたであろう晩年の心の動きに、関心を持たざるを得ません。

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