ヨーロッパの近未来を大胆に予測するーM・ウエルベック『服従』を読む

フランス大統領選挙の結果は、普通の日本人をしても安堵させるものであった。マクロンという39歳史上最年少の若者の当選によって、極右とされるマリーヌ・ルペン氏の登場を阻止しえたからである。トランプ米大統領の「アメリカファースト」で辟易しているところに、「フランス第一」を掲げる人物がヨーロッパのど真ん中に風穴を開けては、もはやEUは死に体になること必定ともみられた。今日の事態を作り出す先駆けはイギリスのEU離脱だった。そのニュースで大騒ぎをしている最中に、ミシェル・ウエルベック(訳・大塚桃)『服従』を読んだ。フランス大統領選を舞台に、既成政党の退潮を横目にしながら、極右・国民戦線のルペンと穏健イスラーム政党のモアメド・ベン・アッベスが決選投票に挑むという内容。「シャルリー・エブドのテロが起こった当日に発売された近未来思考実験小説」という触れ込みは極めて刺激的だった■ウエルベックという人物は、「現代社会における自由の幻想への痛烈な批判と欲望と現実の間で引き裂かれる人間の矛盾を真正面から描き続ける現代ヨーロッパを描き続ける現代ヨーロッパを代表する作家」というが、今まで恥ずかしながら知らなかった。それを読む気にさせたのは「フランスの政治的・思想的・霊的な劣化という現実を自虐的なまでに鮮やかに摘抉。細部が異常にリアルで、もうほんとうのこととしか思えない」(内田樹)とか「こんなことは起こらない……たぶん……いや、もしかしたら」(高橋源一郎)などという一連の著名な評者たちの読後感である。本を買わせよう、読ませようという出版社の戦略とはわかってはいてもこれだけ焚き付けられると、もはやじっとしていられなかった。しかし、読んでみて正直な印象は、私のような純粋・現代日本人(ヨーロッパ特にフランス事情に疎い、ドメスティックな爺さんという意味)にとっては、性的退廃部分の描写ばかりに目が及ぶ、かなりの冗談っぽい本であるといった具合のものである。この本のコア部分については、いまなお半信半疑である自分を感じざるをえない■この本の主人公は、文学を教える大学教授。政治とは距離をおくインテリの代表として描かれる。今から5年程先のフランスでイスラム政権が成立するとの設定のもと、ムスリム(イスラム教徒)しか教鞭がとれなくなり、主人公は解雇される。しかし、その後、彼はムスリムに改宗し大学教授に復帰する道を選ぶという筋立て、だ。つまりは「服従」の道を選んだわけである。移民問題が欧州を席巻し、今回の大統領選挙でも「EU離脱の是非」を問うことが表向きの焦点であった。しかし、真実のところは「移民は出ていけ」との国民戦線の主張をめぐる賛否だった。辛うじてルペンの強硬な意見は退けられたが、この小説では次なる設定としての国民戦線とムスリムとの直接対決が描かれ、ムスリムの勝利を予言する。そんなことが起こるはずがないというのは大方の予想だろうが、実際には分からないというのが日本の識者たちをも含む多くの現代人の危機感だろう■「服従」というタイトルに込められた意味を、この本の解説で作家の佐藤優氏が語るくだりが興味深い。彼は、ソ連崩壊後に、それまで忠実な共産党員だったインテリたちが一瞬にして反共主義者になったとしたのちに、「この人たちは、目の前にある『世界』をその全体において、『あるがままに』受け入れたのである」と。これはまた、先の大戦後にそれまで反米に凝り固まっていた多くの日本人が一瞬にして米国を受け入れたことと酷似している。最後に佐藤氏は「『服従』を読むと、人間の自己同一性を保つにあたって、知識や教養がいかに脆いものであるかがわかる。それに対して、イスラームが想定する超越神は強いのである」と結んでいる。この小説の示す将来予測及び人間認識は、私のような日蓮仏教の世界広布を目指すものにとってもまことに意味深長である。それは人間の知識や教養のいざという時の脆さとともに、宗教的意志の体内定着度の強弱をも慮らざるをえないところにある。数多ある仏教各派の中で、たった一つ現代において世界宗教を目指すSGIのこれからをも考えるうえで、それなりに参考になる本ではあった。(2017・5・14)

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