(218)孫悟空を追い続ける西域ひとり旅━━浅野勝人『宿命ある人々』

 『宿命ある人々』──耳慣なれない言い回しのタイトルの本に出会った。宿命とは何か。辞書によると、その環境から逃れようとしても逃れることができない、決定的な(生まれつきの)巡りあわせを指したり、立場上そうならざるを得ない泣き所を意味するという。運命と同義で、一般的には厳しい経緯を経て、暗い結末へと至る身の上を意味する。ここでは「人智では動かしえない定めある人たち」と云いたいのだと思われる。

 著者・浅野勝人さんは、元NHK解説委員にして、元官房副長官、元外務副大臣(衆・参両議院議員)を経験した政治家。7年前に勇退してから、一般社団法人「安保政策研究会」の理事長を務めるかたわら、日中友好に深く貢献していることでも知られる。この本は三部形式。一つは、比叡山延暦寺大阿闍梨・酒井雄哉師の生の講話集。二つは、「孫悟空」を追いかけて一人旅をした西域記。三つは、大相撲横綱・白鵬との交友録。全体を通じて「宿命ある人を追っての西域ひとり旅日記」の趣きだが、味わい深い話が満載されており、読み応えたっぷり。

 最初の酒井雄哉師の講話は、序文に「ことばに尽くせない鬼気迫る貴重な人生訓」とある。7年かかって延べ1000日修行する千日回峰行。話には聞いていたが中身は知らなかった。この修行、病に倒れず、死にもせずにやり通すことは至難の業という他ない。口の渇きのために、舌の上の一滴の水の処し方など、克明に記された体験記は是非直接読んでほしい。酒井師はこの千日回峰を二回やった人だが、淡々と語る姿は筆舌に尽くしがたい。こうした修行を経たうえでの「『生きている』とは何なのか」のくだりなど、読むものはただただ息を吞むだけ。「今日の自分は今日でお終い。明日はまた新しい自分が生まれて、明日の新しい生活が生まれてくる」と。『一日一生』というこの人の代表作の題名が浮かぶ。さてさて、これほどの超人的な修行をしないと悟りの極意には到達できないものなのか。ただただ溜息が出てくる。

 浅野さんは少年時代「西遊記」の孫悟空に憧れた。如意棒と筋斗雲を持ったスーパースターに、79歳の今も魅力に取りつかれている。孫悟空に関心を強く抱いた浅野さんは「三蔵法師、西域、インドの旅」に関する中国古典や資料、著書を読み漁るうちに、「孫悟空ってほんとは誰なのか」との謎解きに嵌っていく。そのきっかけが慈覚大師・円仁が著した『入唐求法巡礼行記』。それをベースにやはり巡礼行をした酒井師の後を追いながら、「悟空」に迫ろうというのだから凄い。

●大相撲・白鵬関との深い付き合い

 西安では、薦福寺、興福寺の二か寺を訪れ「悟空」との接点を探すも得られず、敦煌へ。そこでは「敦煌研究院」の特別の計らいを得て、有名な「莫高窟」を見学。非公開の「第17窟」に入り貴重な石窟の数々を目にする。さらに敦煌から東にタクラマカン砂漠の東端を越えて「楡林窟」へ。そこで、遂に「玄獎取経図」と出逢う。そして現地での学者、研究員らとの白熱の討議。念願の孫悟空に逢ったのだが、そこからがまた難行苦行の連続。「ホントのところは孫悟空とは誰なのか」を追うことはとてもスリリングだが少々難しい。答はあえて秘しておこう。読んでいて酒井師の千日回峰を思い起こさせられるほど。かの肉体的修行に比してこちらは精神的苦行になぞらえられよう。

 白鵬関と深い付き合いのある浅野さんは「横綱はチンギスハーンの生まれ変わり」というほどの入れ込みよう。「強い人が大関になる。宿命ある人が横綱になる」との白鵬関の発言。この言いぶりはいかにも日本的だという感じを抱く。実は私は鶴竜関の姫路後援会の一員だったことがあり、現役時代には毎年春の大阪場所前に、彼や井筒親方(元逆鉾)らと一緒のテーブルを囲んだものだ。白鵬関とは違ってカリスマ性には乏しいものの、折り目正しいその佇まいは日本人そのもの。私にはとても好ましい人だった。

 ところで、私は71歳の今日まで、宿命はあるとかないとかの次元ではなく、元々誰しもにあるものと捉えてきた。つまり、人間はすべて宿命ある人々だ、と。ここでいう宿命とは、人間の持つ最高の能力、つまり仏の命を指す。ただ、人としてその仏の命の現れ方(宿命の在り様)が千差万別なのである。ということから、己自身が自覚した宿命が、仮に弱くボロボロのものだったら、これを力強いものに変えねばならない。これこそ「宿命転換」の原理なのである。

【他生の縁 同僚議員から一転安保研仲間へ】

 浅野さんとは引退後に、楽しい関係になりました。この人には『北京大学講義録』や『日中秘話ー融氷の旅』など著書は数多くありますが、このほど『孤独なひとり旅』という元横綱・白鵬関とのショートメール交換の本で、2022年度の「ほんづくり大賞」特別賞をとられましたから、ホントに驚きです。「安全政策研究会」も益々の隆盛が期待されます。

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