欧米列強の罪深さに慄然とするー池内恵『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』を読む

日本にとって、今年は明治維新から150年だが、100年前というと、明治も終わり大正時代に入った頃で、日本的には日清・日露戦争を終えた頃だ。世界史的にも大きな混乱のさなかであった。第一次世界大戦がはじまったのが1914年。ほぼ戦後処理が終わったのが1918年。その頃に英国とフランスが中東地域の分割を試みたサイクス=ピコ協定が結ばれたのである。外交交渉の任に当たった英国とフランスの外相の名をとってこう呼ばれるが、今もなお続く中東の混迷の元凶はこの協定にあるという。中東研究の第一人者とされる池内恵さんの『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』を本屋で発見し早速に読んだ。この人は姫路が生んだ著名なドイツ文学者の池内紀さんの息子さんである■中東地域について関心はあっても、地理的遠さや混迷の度合いの深さから敬遠ぎみの人は少なくないものと思われる。そういう人にこの本はお勧めしたい。尤も、だからといって最初から順に読もうとすると、そこは学者の書いたもの。特有の硬さは否めない。そういう方には最終章の「アラビアのロレンスと現代」から入られるとよい。できれば、未だこの映画『アラビアのロレンス』をご覧になっていない方は、この章を読んでからDVDを観て、そして1章から順に読まれるといいかも。アクション満載の面白活劇映画かと見る向きも多かろうが、この映画は「アラビア半島での戦闘だけでなく、『アラブの反乱』勢力がダマスカスを制圧し、オスマン帝国から解放された後の1919年5月に開催されたシリア国民会議の描写を通じて、アラブ世界の社会の分裂や、政治制度の未分化がもたらす混乱を描いている」のだ。更に池内さんが言うように「中東国際政治やアラブ世界の政治社会の構造を浮き彫りにする、脚本の作り込みの深さ」が最も重要で、「ハリウッド映画は馬鹿にならない」のである■この表現には明らかに著者自身が馬鹿にしていた過去があるかに思われる。私の大学時代の恩師・永井陽之助先生はしばしば映画や小説を使って国際政治の舞台裏や交渉術の妙を解説して聞かせてくれた。それゆえ塩野七生さんが「(両親が)映画鑑賞を読書と同列において私を育ててくれた」(『人びとのかたち』)といわれるように、「映画こそ国際政治の教科書」との思い込みは強い。永井先生は名著『現代と戦略』において「アラビアのロレンス」に触れる中で、日露戦争においてなぜ「シベリアのロレンスがあらわれなかったのか」と問いかけた後、『あゝ永沼挺進隊』なる本を読み「自分の不明を恥じた」と記している。この永沼挺進隊こそ立派な「満蒙のロレンス」だったというのだ。過去の歴史におけるいかなる戦いにあっても大なり小なり影で暗躍する人物がいることを改めて知った■この本を読み終えて過去の経緯が鮮明に分かり、今の中東地域の混迷に預かって責任があるのが第一義的に英国であり、フランスであることが分かる。そしてロシアにも大きな責任が。第一次大戦時には未だそれほどの力を持ち得ていなかったアメリカもその後の流れの中で応分の責めを負わねばならぬことも。要するに欧米列強の罪深さが分る。ではこれからどうなるのか、いやどうするのかと問いかけると、いたって暗い気分になってしまう。百年前の西欧列強は「帝国の利益追求を剥き出しにして軍事・外交的な介入を繰り返しつつ、少数民族の保護といった高邁な理念を掲げた介入を並行して繰り出した」。現在のEUは「トルコに難民への処置の『下請け』を依頼しつつ、人権理念を掲げてトルコの加盟交渉を果てしなく引き伸ばす」ことに腐心しており、両者には「本質的に根深い連続性」があるという。「トルコと西欧諸国が根底で抱える相互不信が、西欧の矛盾した政策によって表面化」することで、中東のこれまでの秩序を支えていた礎石が失われることを危惧する池内さんは、「そのような事態が来ないことを願うばかり」である、と結んでいる。この結論の覚束なさに慄然とするが、それだけ池内さんは正直なのに違いない。(2018・1・23)

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