ことば遊びの粋がきらめくー柳澤尚紀『日本語は天才である』を読む

いやあ、面白かった。痛快そのものの読後感で、胸のつかえがすっと落ちたあとに、日本人としての誇りが高まって来る。柳澤尚紀『日本語は天才である』を読む気になったのは毎日新聞の書評欄を見て。10年程も前に刊行されたとのことだが、知らなかった。というよりも翻訳家としての著者そのものの存在さえ知らなかったのだから。あらためて我が呑気さに呆れる。この人、ジェイムス・ジョイスの『フィネガンス・ウェイク』を見事に翻訳した、天才翻訳家だ、と。そう聞いても、その価値が分らないのでは始末に負えない。まあ、遅ればせながらこの辺りの領域にも足を踏み入れるか、と考えるところがまだまだ若いというか、未熟なじいさんだと自嘲するしかない■柳瀬さんは冒頭に翻訳家として、日本語が天才であると思ったきっかけを三つ挙げている。一つ目は、”You are a Full Moon.”と”You are a fool,Moon.”という二つの英文を挙げて、月が怒った理由が分るように日本語訳をした時のケースだ。耳で聞くと、この二英文は音の誤解を生み出す。通常は、これを「やあ、満月さん」「バカなお月さんだなあ」と訳すのだろうが、これでは月の怒ったニュアンスが出ない。そこで「されば、かの満月か」と声をかけられたのに、「去れ、バカの満月か」と聞き違えたとして、翻訳をした。(この辺り分かり辛い向きは本を読んでみてください)30年前のことだが、「されば」と「かの」という文語的表現の存在に今も感謝している、と。二つ目は O note the two round holes in onion.これは、「おおタマネギの二つの円い穴に注目せよ」と訳すと、面白味が訳されないので悩んだというのだ。確かにonionという単語には、よく見るとoが二つ入っている。そこで、考えに考えた結果、たまねぎという日本語の単語にも「ま」と「ね」に二つ円い穴が開いてることに気づく。確かにそうだ。三つめはEvil とLive と翻訳した時のこと。これは、悪と咎という言葉に結びついていくが、ここではもう触れない。ともかくこの後、日本語の天才的凄さを次々と挙げていく■そんななかで、私としては最終章の「四十八文字の奇跡」に感動した。「いろはにほへとちりぬるをわかよたれそつねならむうゐのおくやまけふこえてあさきゆめみしゑひもせず」「色は匂へど散りぬるを 我が世誰ぞ常ならむ 有為の奥山経越えて 浅き夢見じ酔ひもせず」ーこのいろは歌(実際は47文字だが、最後に、んを付け加えて48文字とする)は「世界に類のない奇跡、日本語という天才のみが生み出した奇跡」だと言われてあらためてほれぼれとするのはわたしだけではないはず。7つの段落に分解すると、それぞれの語尾が「とかなくてしす」となる。これを柳瀬さんは「咎なくて死す」というメッセージが浮かび上がるという。ウーン、ナルホド。これは奥が深い。いや、深すぎる。さらにあれこれといろは歌を作ったり、ことば遊びの数々を披瀝してくれて飽きない■この本のなかには現代日本の文学を彩ってきた様々な作家や批評家の言葉が出てくるのを追うのも楽しい。とりわけ言語学者の大野晋さんとのやり取りには注目だ。大野さんの『日本語の年輪』なる文庫本を読むことを強く勧めている個所に出くわし、これも早速買い求めて並行して読んだ。こちらはまさに由緒正しい国語を理解するための正攻法からの本である。であるがゆえに、一層柳瀬さんの変化球というか、クセ玉乱発の「天才ぶり」が際立つ、こちらの方が面白い。(2018・2・11)

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