(259)現場に身を置いて考える凄みー藻谷浩介『世界まちかど地政学』を読む

いやあこれは、面白くてためになる。副題に「90か国弾丸旅行記」とあるように、滞在時間は問わず、日帰りでも、一泊でも、文字通り弾丸のように素早く動いて、行った先の現場で考えた記録だ。綾なす歴史と入り乱れる地理を背景に、あたかも名料理人が素早く作ってくれた手料理のように美味しく味わえる。なかなか世界に飛んでいけないし、仮に現場に立っても表面的にしか見る力がない庶民大衆にとって、実に手っ取り早い情報源だ。目の前に出されて見れば、なるほどこういう本は必要だね、ということになるが、もちろん誰でも書けるわけじゃあない■ここで藻谷さんが訪問し取り上げた国は14か国。米国、英国、ロシア、中国といった有名な大国の中の、知られていない地域に始まり、コーカサス三カ国やボリビアという馴染みの薄い国や、スリランカ、パナマ、ミャンマーといった知られてはいるが、イメージの湧かない国といったマイナーなところばかり。自慢じゃないけど一つとして私が訪問したところはない。藻谷さんは、日本全国の約3200市町村の全てと全世界の国の約半分の国々を、全部自費で行ったとか。地域振興をテーマにする研究者という仕事に寄与するとはいえ、おいそれと真似はできないことだ■最も唸ったのは、第1章に登場するカリーニングラード。ドイツの〝北方領土〝と呼ばれるところだ。旧ソ連がかの第二次世界大戦でドイツから「戦利品」として奪い取ったバルト海の港町。かつてはプロイセン王国建国の地・ケーネスヒブルグ。今はロシアの飛び地として、EUに囲まれ孤立している。この地の存在すら知らなかった。実は去年、地元に住む大阪市大の著名な数学者・枡田教授を招いて自治会で教養講座を開いたが、その時の演題が「オイラーの数学」だった。有名な「一筆書きの定理」の手ほどきを受けたのだが、この数学者オイラーのパズルの舞台になった場所がこの地だという。知らなかった。ついでにここがカントゆかりの地であることも■話題がつい横道に逸れてしまった。藻谷さんは日本人が北方領土を返せと声高に叫ぶのはいいが、せめてドイツにおけるカリーニングラードの存在とその背景を知ってからにせよという。国際政治における連動したテーマは、一方だけ論じてもそう簡単に事は運ばないという好例だ、と。少なくとも同時並行でのアプローチが求められよう。ちなみに私が理事を務める「安保政策研究会」の先日の例会で、10人ほどの参加者に、この地のことを話題にしてみたが、ご存知だったのはお一人だけ。少しホッとしないでもなかったが、日本における安保論議はことほど左様に自国本位で、井の中の蛙的側面があるのかもしれぬ。さらに、英国についての記述もむやみに面白かった。求心力と遠心力が織りなす国の多様性と業という切り口が。旧ソ連・コーカサス三カ国も複雑怪奇の見本だ。スリランカとミャンマーを巻き込むインドと中国の地政学も深く考えさせられた。ただ、中国、韓国、台湾の高速鉄道乗り比べについてはイマイチだった。日本の新幹線への誇りのなせる技かも。ともあれ、続編が今から待ち遠しい。(2018-6-10)

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