(268)「今」を解き明かす飽くなき挑戦ー諸井学『種の記憶』を読む

芥川賞や直木賞など文学にまつわる賞が話題になるたびに、こうした賞の獲得目指して、せっせと小説の執筆に励んでいる友たちを思い起こす。「いい加減に諦めたら」って思う一方、それを目指す生き方そのもが彼らの人生なんだろうから、周りからあれこれ余計なことを言わぬ方がいいに違いないと自戒もする。たまに、読んで欲しいとどこかの出版社に応募したゲラのコピーを戴いて読み始めても、最後まで読み通す根気が続かない。応募小説をいっぱい前にして審査する作家達の苦労が偲ばれるというものだ。そんな折に、一味もふた味も違う作家に出会った■長く付き合ってる電器店主から、自分の同業者に小説書きがいるので会わないかとのお誘いを受けた。その人とは、姫路の文学誌『播火』にいつも寄稿している同人・諸井学さんだ。ネットで、彼が『種の記憶』なる著作を出版しているという予備知識だけを持って、待ち合わせた沖縄料理の居酒屋へ出かけた。7月の25日のことである。ふくよかで笑みをたたえた 商店主風の男が現れた。今年2月に出版された『ガラス玉遊戯』と併せて2冊戴いた。両方とも印象に残る写真を使った見事な装丁。発行所は長野県。発売元の出版社は東京都にある。姫路東高を経て、名古屋工大で金属学を学び、今は電器店を営みつつ小説を書いている、と。独学で「小説」作法を身につけてきたとの言い振りから強い自信が伺えた。話し込むにつれてその奥行きの深い人となりが迫ってきた。初対面で充たされる思いを持つのに時間はさほどかからなかった■諸井=モロイ。アイルランドの生んだ巨大な作家・サミュエル・ベケットの代表作『モロイ』から学んだと、ペンネームに掲げるだけあって、ベケットへの思い入れは相当なものだ。私が、司馬遼太郎の『アイルランド紀行』を携えて、ダブリンに飛び、僅かな時間を過ごした時に偶然出会ったのがベケット研究で名を成す岡室美奈子早稲田大教授(坪内逍遥記念演劇博物館館長)であった。それ以来、ベケットについて表面的には撫でてきた。が、恥ずかしながら『モロイ』については全く知らない(「諸井」より「脆い」にイメージ的親近感を持ってしまう)。岡室教授についてそれなりに関心を持ってる彼に、その場で直ちに電話をして紹介の労をとったことは言うまでもない。ここらで辛うじて面目を施そうとする我が身がいじらしい■勧められるままに『ガラス玉遊戯』における同名の章からまず読んだ。いやはや酷い。全編これ、うんこ、便所の糞壺などの連続。ビー玉のおしゃぶり場面が登場するが、汚いこと夥しい。これが『モロイ』へのオマージュだと「あとがき」で聞かされてももう遅い。「糞尿譚を嫌う向きもあることは重々承知していますが、その中に人間存在の本質があり、またユーモアもあるゆえ、創作に必要な場合は避けることはできません」と言われても、臭さと気持ち悪さが残るだけ。後味がこれだけ悪い文章を読まされたのは初めて。よほど途中で放棄しようかと思ったのだが、そこは作者と会ってしまって本を戴いた弱みがある。もう一冊の方を読みだした■まずは単細胞生物、無脊椎動物、魚類、両生類、爬虫類・鳥類、霊長類・類人猿、霊長類・猿人と7段階を、7つの章に描き分ける手法に惹きつけられた。自分の生まれてからの成長過程を「種」としての変化に擬えるとはユニークだ。曲がりながらもジャーナリストを経て、政治家を志したわたしとしては、リアルさを追い求め、フィクションではなくノンフィクションに我が身を託してきた。新聞記者時代原稿取りに伺った、源氏鶏太氏に創作の奔放さを垣間見、初めての衆議院選挙出馬の際に応援に来てくれた宮本輝さんに、後になって「小説家って嘘つきでないと務まりませんよね」と大胆にも問いかけたりした。親しくお付き合いさせていただいている直木賞作家・中村正軌さんの『元首の謀叛』や、イタリアにまで議員時代に会いに行った塩野七生さんによる『ローマ人の物語15巻』の想像力の逞しさに感服し、舌を巻き続けてきた。そんな私には、諸井さんの本を読むことにはいささか苦痛が伴う。だが、当初はいやいや読み始めたが、次第にその不思議な魅力に捉われ、引き込まれていった■それにはほぼ同時代に同じ姫路で育ったもの同士共通の土地勘や、豊富な文学や音楽の知識の披瀝も相俟って、興味を繋ぐのに十分だった。リズム感のある文章や名古屋弁の面白さが手伝ったことも付け加えておく。諸井さんは、あとがきで、ベケットは、「余剰な言語を削り自らを貧しくした作品によって(師のジェームス・ジョイスのモダニズム文学とは違って)、後のポスト・モダニズム文学を準備した」が、自分は、「『種の記憶』によって、もちろんベケットとは違う形ではあるけれど、彼と同じ立ち位置からわたしの文学を出発させると、密かに宣告した」と、述べている。その心意気たるや凄いという他ない。彼のこの本を読み終えた今、その表現ぶりと我が認識の貧困さとのギャップに悩みはする。モダニズム文学もポスト・モダニズム文学とも無縁できたものとしては、当然のことだろう。老いて今も文学的挑戦に気を吐く彼から学ぶものは甚だ多い。(2018・8・12)

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