こんな人がいたんだとの驚きー植木雅俊『江戸の大詩人 元政上人』を読む

「忘れられた詩人・文学者」ー元政上人を今に蘇らせる画期的な本を読み、特異な日蓮門下の生き方を新たに知って感慨に耽っている。植木雅俊『江戸の大詩人  元政上人』。副題に「京都深草で育んだ詩心と仏教」とあるように、元政上人とは京都伏見の深草の瑞光寺を開山した日蓮宗の僧のことである。畏友の仏教思想家・植木さんから、この本のことを直接聞き、そして出版記念の会をするので、とお誘いを頂いたのは昨秋の初め頃だった。これまでとはぐっと肌合いが違う作品のうえ、今まで彼の出版にまつわる会には出たことがなかったので、2月3日の会に上京、出席した。作家の安部龍太郎、写真家の白川義員氏始め、数多い出版人やら植木ファンで溢れかえる心温まる催しだった▼昨2018年は元政没後350年。神奈川・平塚の大神山隆盛寺の萩原是正師らを始めとする関係者とのご縁もあって、植木さんはこの本をまとめるべく意を決した。そのあたりの経緯を記念の会で聴いたのだが、世に埋もれたままの大詩人を見事に掘り起こした手際は見事という他ない。「西の元政 東の芭蕉」と呼びならわされたり、西鶴、季吟、一茶、蕪村、賢治らから敬慕されたと言う。だが、どういうわけか、これまでメジャーな存在ではなかった。私が愛読する加藤周一『日本文学史序説』(下)には、石川丈山の詩仙堂との類似性や熊沢蕃山との交わりに触れたうえで、「この詩人はたとえばボードレールのように、よほど碧空と白雲を愛していたらしい」とあるだけだ▼植木さんは彼の膨大な漢詩の中から、動植物を慈しむ心を優しく表すものなどを次々とあげ解説する。また和歌では、春夏秋冬の天然自然や万物の情を歌いあげたものを披露する。そして類い稀な母親思いの振る舞いの数々も。とりわけ仏教思想を詠んだもののうち、地獄界から仏界までの十界を詠みわけたものがわたし的には心に響く。「今は世をすくふこゝろも忘貝(わすれがい)さながらもれぬあみのめぐみに」ーあらゆる人々に具わる仏性を指し示している仏の心を、衆生が忘れ去ってしまっていることを歌として詠んだものだ、と。更に、「次韻節山」という「末法の時に仏法が衰えた中で、仏法の深遠な教えを探究する決意を述べた」詩などを目にすると、胸打たれる▼日蓮大聖人が法華経の真髄を広めるべくこの世に出現された後、およそ400年ほどが経っていた。江戸初期は「詩人であるためには、世間を離れ、退居しなければならない時代」(加藤周一)であった。それからまた400年ほどが経って、第二次大戦後に大聖人の精神を受け継いで怒涛の前進をしてきた創価学会の中で生きてきた私などは、どうしても第二祖・日興上人の「未だ広宣流布せざる間は身命を捨て随力弘通を致す可き事」(遺誡置文)が頭から離れない。そして、中興の祖と呼ばれ六巻抄を著された日寛上人のことが心から抜けない。世間を離れず、大衆の中で生きて死んでいくことを誓ったものとして、思うことは誠に多い。恐らくは元政上人は多芸に秀で、出現が早過ぎたのだろう。あと4年ほどで、生誕400年を迎えるが、その頃にはこの本が契機となって、元政上人の価値を知る人が一気に増えてきそうな予感がしてならない。(2019-2-20)

 

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