もう一つの明治維新ー野邊地えりざ『紅葉館館主 野邊地尚義(のべちたかよし)の生涯

あまたいる私の友人の細君たちのなかで、本を執筆、発刊した人は今までいなかった。そこへ「家内が本を出したので、読んでくれれば嬉しい」と、大学同級の友・青木聡君から送られてきた。野邊地えりざ『紅葉館館主 野邊地尚義の生涯』。サブタイトルにー明治の民間外交 陰の立役者ーとある。著者は青木の妻君で、本名は智子さん。我々は大学を出てちょうど50年になる。この20年あまり、熱心な3人の幹事のお陰で、毎年一回東京でクラス担任だった小田 英郎先生を交えクラス会を続けている。20人ほどが集まる会の、青木も私もほぼ常連。親しい仲だ。智子さんとは一度会ったことがあり、かの有名な雙葉学園出の才媛(大学は慶応)であることは知っていた。ご先祖が高貴なお方とは聞き及んでいたが、野邊地尚義の玄孫に当たるとは知らなかった▼頂いてより一気に読んだ。力作である。歴史エッセイとして一級品だ。岩手に、京都にと、尚義の足跡を追って足を運ぶ。国会図書館始め各地の図書館に資料を求め、丹念に読み解いた結果が見事に蘇り、読むものの興を唆る。わたし的には、時折顔を出す、著者のルポ風の書きこなしが特に気に入った。京都の盛岡南部屋敷跡に立ち寄ったあとで、近くの割烹に入って食事されるくだり。これはもう最高。ご本人のその時の気分も巧みな表現で盛り込まれ、読んだこちらも行って見たくなるほど。他にも随所に著者の人となりの麗しさが嗅ぎとれ、興味深い▼じつは、恥ずかしながら、野邊地尚義を知らなかった。野辺地町という地名は知っていたが。そして、紅葉館なるものの存在も。本を読み終えてのち、ものの本を開くと、「蘭学者、英学者。日本の英学教育の始祖である。日本で最初の女学校である『新英学院 女紅場』を京都に創設した。芝・紅葉館館主を29年間勤め、明治の民間外交の陰の立役者となる」とあった。うーん。これほどの人物を知らずに、明治150年がどうしたこうしたとよく去年は書いたり喋ったりしたなあと、心底から反省する。津田塾や鹿鳴館は知っていても‥‥。この本を読んで大いに認識を新たにし、知識を深め、広げることが出来た▼高級な社交場としての紅葉館と並んでこの本に登場する鳩居堂は蘭学塾。両者共に、尚義とのゆかりは深い。ただ、鳩居堂といえば、京都や銀座にある有名な書画用品、香の老舗を想起する。一方、紅葉館が元は東京タワーの立つすぐ傍にあった(戦争で灰燼に帰す)と聞くと、今その近くにある懐石料理店『とうふやうかい』を思い出す。現役の頃、ここを時々訪れ、その庭の美しさに感嘆したものだ。この著作の中に登場する紅葉館の佇まいには遠く及ばないだろうが、ひょっとして、この店の創業者の頭には紅葉館のことがあったのかも。この辺りのことについてこの本で触れて欲しかったとの気はする。ともあれ、自分の無知を恥ずかしくなると共に、著者が羨ましい。野辺に咲く雑草のような無名のご先祖しか持たない身にとって、こんな素晴らしいご先祖の足跡、業績を辿れるなんて、凄いと。ぜひ著者には引き続き新たな歴史散歩風エッセイを書いて欲しいものだ。(2019-4-27)

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