大坂の狸と狐への大岡裁断ー朝井まかて『悪玉伝』を読む

中西進さんといえば、『令和』の名付け親ということは今や公然たる秘密とも言えようか。万葉集学者にして文化勲章受章者である。私が専務理事を務める一般社団法人『瀬戸内海島めぐり協会』の代表でもある。その中西進さんは今総合雑誌『潮』の巻頭コラム波音に『こころを聴く』を連載中。三年半続いている。42回目となる今月号の「大岡、大坂を裁く」を読むと、朝井まかての『悪玉伝』によって小説化された江戸時代の辰巳屋騒動の話が取り扱われていた。恥ずかしながらこの小説はもちろん、この大疑獄事件のことも、作者の朝井さんのことも何もかも知らなかった。しかし、中西先生に会う必要性(それについてはブログ『後の祭り』に記載)が生じたことから急ぎ読んだ▼この小説、実に読ませる。炭を扱う大坂の豪商が死ぬ。その跡目を巡って、お家騒動が起こる。婿養子が差配できぬまま出奔。代わりに豪商の実弟が登場するも、それを良しとせぬ婿養子の親元が訴える。訴状を受けた大坂の奉行はこれを無罪とする。しかし、これを不服とする婿養子の側は江戸の幕府に直訴。その結果、大岡判決で逆転し、実弟は島流しになる、というのがあらすじ。逆転判決を下したのがかの有名な大岡越前守。小説は逆転に至るまでの獄中における壮絶な状況が実にリアルに描かれる。牢名主以下の何ともはやえげつないの一語に尽きる虐めの数々。女性とは思えぬ、いや女性だからこそか。物凄い迫力の場面が続く。久しぶりに興奮した▼ただ、中西進先生は、今回のコラムにおいて、この贈賄事件の一部始終がこの小説における力点ではないと言われる。「わたしの見るところ、一度大坂の裁判で無罪ーつまり正統と思われるものが、江戸奉行の裁判では有罪になるという、一種の、かけ違いの価値観が小説の中心ではないか」と。しかも、この二つの訴訟における二人の奉行の違いは「江戸が重んじた形式の正しさと、大坂が重んじた実効の大事さ」にあったとされる。「結局、江戸奉行が、大坂で敗訴となった訴えを、血統論理で勝訴にし直したのがこの事件だった」とし、しかもそれを今の時代における皇室の男系男子重視論に敷衍される。「『皇室典範』は武家論理の名残であろう」と。この辺りの展開の仕方は実に鮮やかである▼贈賄事件の顛末に眼を奪われきったわたしなど、この『潮』における先生の一文を読まなければ到底思いつかなかった着想である。いささか深読みが過ぎるのではないかとの思いがせぬでもないほどである。かつて衆議院憲法調査会の場で、女性天皇を認めるべし、との主張を披瀝した身としては、中西先生の指摘に少なからず同調するものではある。「武家論理の名残」が幅を利かす昨今の風潮の前に百万の味方を得た思いも。ただし、大岡裁断の相手はどちらも大坂。かたや大坂そのもの、もう一方は江戸風大坂。で、後者に軍配を挙げたことになる。わたしの見るところは、大坂の狐と狸の馬鹿しあいに対して、喧嘩両成敗をしたかに見える。(2019-5-17)

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