気が狂うか、自殺か、それとも宗教を選ぶか

若い日の記憶にある言葉に、「人生を徹底して真剣に生きようとすると、気が狂うか、自殺することになりかねない。それをさけたければ、宗教をするしかない」というものがある。狂気、自殺、宗教の三択とは、いかにも極端すぎる。宗教を進める側からの陰謀ではないか、との疑念を持つ向きもあるかもしれない。ま、それはさておき、日本の小説家の群像を歴史的にたどると、悪戦苦闘しながら真剣に生き抜いた人々に出会い感慨深い。去年から読み続けているドナルド・キーン『日本文学史』(徳岡孝夫、角地幸夫他訳)。その近代・現代編(全9巻)のうち、今月は一気に3巻から6巻へと進むなかで、そうしたことを痛切に印象付けられた。キーン氏といえば、今年の朝日新聞の新年3日付けだったかに詩人の金子兜太さんとの対談が掲載されていた。90歳を優に超えるお二人の語らいは、人生の風雪を感じ読みごたえがあった。「この歳になって時代を脱却したね」との発言は、実に意味深長だと思えたものである▼この『日本文学史』は、一人ひとりの作家の人生を作品を通じて露にしていく試みで、まことに味わい深い。すでに知っていたことも少なくないが、未知のエピソードもふんだんに発見でき新しい感動の連続だった。全ての作品を自分で読み明かすことがとてもかなわないとなれば、キーン氏の道案内で全貌をともかく手中にできることは得難い経験だと思われる。ニューヨークで生まれたのち、31歳の年に京大大学院に留学していらいおよそ60年。その蓄積は深く貴重なものである。ご本人は先の対談で「日本文学の素晴らしい時代は、平安朝、元禄期、そして戦後期の三つ」と語っている▼その戦後期を代表する作家の一人は三島由紀夫だろう。いかに生き、どういう風に死ぬかという課題を突きつけてきたひととして忘れがたい。昭和45年11月25日の市ヶ谷での自衛隊員を前にしての演説や総監室での割腹自殺。あの当時は私自身の人生の曙期だっただけに、より印象が濃い。この本の訳者の一人である徳岡孝夫氏は三島との親交も厚く、自決直前に檄文を渡された人だ。その彼が、先日NHK総合テレビ番組「日本人は何をめざしてきたか」で、インドへの旅から帰ってからの三島が全然変わってしまったと述べていた。「輪廻を悟った」というのだが、どう悟ったのか。彼の最後の作品『豊饒の海』四部作に明らかにされているのだろうが、私には未だに判然とおちないところがある▼キーン氏は「三島が小説家として学んだことのすべてを『豊饒の海』に投入した」と書き、「完成後はもはや何物も残っていないから死ぬほかない」と友人たちに語っていたことを明きらかにしている。「三島由紀夫45歳での死」を私自身が見聞したのは25歳の誕生日の前日だった。「事実は小説より奇なり」に驚き、感じ入ったものだ。ひよわな文弱の徒がのちにボディビルで体を鍛え上げ、美しい印象をひとに与えたままにしておきたいとの三島の思いに、分かったような分からないような気分を抱いた。それから45年後の今がある。「長く生きれば生きるほど人間は醜くなるという自説を、彼はだれよりも自分に対して、きびしく適用した」という著者の言葉に同意する思いと反発する思いが交錯する▼三島由紀夫の他にも川端康成、太宰治、芥川龍之介らが自死の道を選んでいる。彼らがどう生き、なぜ自殺を選んだのかはキーン文学史を通じてある程度分かる。夏目漱石、森鴎外両巨人の正反対ともいえる生き方、谷崎潤一郎、永井荷風両耽美派の似て非なる姿などについても時を忘れて読みふけることができる。それにしても冒頭にあげた三択のうち宗教を早くして選んだものにとって、名だたる小説家のなかに宗教と格闘したひとがあまりいないように思われるのは残念である。(2015・2・27)

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