心理学と仏法哲理の共通点は「他者貢献」

易や手相などを若い時から時々見てもらってきた。高島易学のコンピューター占いや手相占いをしてもらって、その強運を指摘されたこともしばしばだった。何でも気分よく前向きにとらえる性格が功を奏しているということなのだろう、と勝手に思い込んでいる。先日は、色彩心理学の使い手にヒューマンカラーカウンセリングをしてもらったのだが、面白い結果を得た。「色は心を語ってくれる」「あなたのイメージカラーは」という呼びかけで、クレヨンで紙に6か所、色を塗っただけ。どの色をどこの場所にどの順に塗ったかが判断材料なのだが、後日頂いた見立ての結果は、見事なまでに当たっていた。「正直でまっすぐな性格の人です」とか「急に思い立った言動はさけて、一息入れてから」などといったカウンセリングには、笑ってしまった。いかにもその通りだからだ▼中学校時代からの親友で、今は臨床心理士をやっている志村勝之と私は、昨年『この世はすべて心理戦』なる対談を電子本で発刊した。少々小難しい中身になっているものの、カリスマ・カウンセラーなる異名を持つ彼の発言部分は極めてためになる。カウンセリングについては、現代心理学の先達たちの所産をかなり詳細に追求しているのだが、色彩心理学について触れなかったのは惜しまれる。その彼がフロイト、ユングよりも高く買っているのがアドラーだ。このほど岸見一郎、古賀史健『嫌われる勇気ー自己啓発の源流「アドラー」の教え』を読んだ。これを読む気になったのは、無類の本好きの友人の机の上に置いてあったからだけというのだから、「正直でまっすぐな性格の人」の「急に思い立った言動」にふさわしい▼この本は、哲人と青年の対話形式から成り立っている。アドラー研究者の哲学者・岸見さんと、フリーランスライターでアドラーに関心を若き日より持ち続けてきた古賀さんとの真剣勝負だ。アドラーについては志村との対談で初めて知った程度であった私だが、この本で大いに親近感を持つに至った。現代心理学が哲学、宗教の分野と大いなる共通点を持っていることはあまねく知られている。この本でも結論部分に、アドラー心理学が、自由なる人生の大きな指針として「導きの星」というものを掲げ、その方向に向かって進むことが幸福への道であるとしていることはきわめて興味深い。この星こそ、「他者貢献」だという。日蓮仏法でいうところの「自行化他」における「利他行」に通じる。つまり他人に利益を施す、いわゆる菩薩道的行為を指す。岸見哲人は、「『他者に貢献するのだ』という導きの星さえ見失わなければ、迷うことはないし、なにをしてもいい。嫌われる人には嫌われ、自由に生きてかまわない」とも。「世界とは、他の誰かが変えてくれるものではなく、ただ『わたし』によってしか変わりえない」という記述を読み、私自身が若き日に仏法を知った頃に抱いた確信がよみがえった▼本書の題名の「嫌われる勇気」については、志村と交わしたやり取りを思い起こす。彼は、「他者の評価を気にかけない」というところが、本当の自由な生き方に繋がる最大のポイントだ、お前はいささか他者の評価を気にし過ぎていないか、と迫った。「他者から嫌われることを怖れず、承認されないかもしれないというコストを支払わないかぎり、自分の生き方を貫けない、つまり自由になれない」というのが、アドラー心理学の核心だ、とも。私は、政治家として「他者の評価を気にせざるを得ず」、「他者から嫌われたくない」との思いがどうしても先立ってしまうことを、口にせざるを得なかった。赤松個人としては、他者の評価や嫌われることは一向に気にならぬのだが、政治家としては、と。このあたり、結局は政治家として大成せず凡庸な身で終わったものの”引かれ者の小唄”ということなのだろう、と今は自らを慰めているのはいささかさみしい気もする。(2015・7・15)

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