山口対安倍の党首討論こそ聴いてみたい

日本の外交・安全保障に関する問題を、新聞記者として、政治家として、そして一市民として、40年あまりも追い続けていると、このところの安保法制にまつわる論議はひときわ感慨深い。そのうちの一つが中道政党への理解を得ることの難しさだ。いわゆる左の勢力からは、かねて保守の補完的存在として位置づけられ、右からは手かせ足かせになる厄介な存在として、公明党はうとましい政党とされてきた。今回も政権の内側にあって、安倍・自民党の嫌がる歯止め策を講じてきているはずなのだが、自公ともに大人の作法に徹しているのだろう、それが表に出てきていない。ということが、結果として今回の問題をより分かりにくくしているというのが私の見立てだ。「集団的自衛権の行使を限定的に認めても、それは憲法9条の枠内に収まるもの」だということを巡っての論議は、去年の閣議決定に至るまでの自公の協議の中にすべて出尽くしているはず。それを露わに出来ずに反対勢力がいくら自公政権を批判しても、包装の出来具合をあげつらってるだけで、中身の収まり方を無視しているようなものだ。同時に与党の側も国民に、あるいは支持者にわかりやすく説明をするといっても、ここを封印したままでは、あまり実効あるものとは言えないのではないか▼元内閣官房副長官補で防衛省幹部だった柳沢協二氏から、七月初めに二冊の本が送られてきた。一冊は『新安保法制は日本をどこに導くか』という小冊子で、もう一冊は、『新・自衛隊論』という名の新書である。これらと、以前に送って貰った『日米安保と自衛隊』という遠藤誠治氏責任編集になる本を共々に合わせ読んだ。かつて公明党が自衛隊の存在を巡って、「違憲の疑いがある」といっていた頃に、親しくお付き合いをした、懐かしいジャーナリストの前田哲男さんや、紛争処理屋としての実体験をしばしば聴かせて貰った伊勢崎賢治東京外大教授らが登場する本で、なかなか読みごたえがある。このうち、小冊子で、私が注目したのは、安倍政権に対抗する力をつけていくうえで大事なことは、「護憲派が戦争のことをリアルに語ること」であり、「防衛戦略を持つ護憲派になっていくこと」の二つを挙げて、締めくくっている点である。言い換えれば、彼がこのところ付き合っている「護憲派」が、戦争を机上で語るだけで、防衛戦略を持っていないことを痛感してるのに違いない。恐らくは彼らを啓蒙することに、新たな生きがいを燃やしておられるものとお見うけする▼その柳澤氏はもう一方で「自衛隊を活かす:21世紀の憲法と防衛を考える会」(略称「自衛隊を活かす会」)の代表としての仕事に余念がないようだ。去年の6月に発足して以来、元幹部自衛官や安全保障論の専門家と議論を重ね、日本防衛と国際貢献という二つの分野での自衛隊の役割を明確にする試みに取り組んできているという。『新・自衛隊論』にはその会の構成メンバーによる議論の中身が明らかにされるとともに、巻末に「変貌する安全保障環境における『専守防衛』と自衛隊の役割」という「提言」が収録されている。柳沢さんは相当にこの提言に入れ込んでいる風がうかがえて興味深い。私としては文字通り固唾をのみつつ熟読したが、覚醒させられることはあまりなかった。⓵21世紀はどういう時代か⓶日本防衛のあり方⓷国際秩序に対する日本の貢献⓸日米同盟における日本の立ち位置ーの4つのパートに分けて、その認識が示されている。それぞれ評価してみよう。⓵では、「米国の覇権の終わりと国際テロの広がり」という変貌する世界情勢の中で、日本は相も変らぬ冷戦時代の思考で対処しようとしていると、批判の矛先を向けたうえで、⓶では、相手国が攻めてきた場合にのみ、しかも外交で解決しない場合にのみ、相手国の侵入を阻止するためだけに武力を行使する、としてそれこそ日本の持つべき力としての「専守防衛」が強調されているだけ。⓷でも、武力の行使以外の別の道を考えることが求められているというだけで、民間におけるNGOの活躍が提示されていても、具体的な自衛隊の活かし方には殆ど触れられていない。さらに、⓸では日本は日本としての立場を確立し、アメリカとの間で戦略的な議論を闘わせることを指摘するといった平凡なことに終わっている▼これを読んでいて私は、公明党が約40年前に世に問うた『領域保全力構想』を思い出した。領土・領海・領空の領域を保全するために、日本列島の水際で、敵の攻撃を防御するときにのみ武力は行使されるべきだというものである。「合憲の自衛隊像」を描いたものとして当時は注目された。今回の安保法制における、日本防衛のイメージは、公明党のかねての構想にいう水際が少し外縁に伸び、領域概念が拡大した感は否めない。このあたりの説明はもっとなされていいだろう。また、柳沢さんらに問いたいのは、「非戦のブランド」を守ることが必要だといいつつ、いくつかの場所で武力行使の必要性にも触れていることだ。「(武力行使について)そこまでは否定しませんが」というのでは、「非戦のブランド」が泣く。それなら「不戦」とするべきである。よもや「非戦」は比喩に過ぎぬ、とは言わせない。ともあれ、参議院での野党の安保法制批判が実のあるものになることに期待したい。尤も、野党議員の質問力に期待するよりも、憲法学者対国際政治学者の学者論戦やら、朝日新聞社対読売新聞社のメディア対決の方が面白いかもしれない。しかし、それよりも山口那津男公明党代表と安倍晋三首相の安保法制を巡る党首討論こそ聴いてみたい。去年の両党間の協議録も公開してもらいたいが、それが無理だというなら党首討論か、特別委員会での両氏の対決でもいい。自公両党の主張は、どこがどう違っていたか、違っていた主張をどういう過程を経て合意形成に持ち込んだのか、はっきりさせてこそ真に成熟した連立政権といえるのではないか。そして、それがなされれば、一気に国民の安保法制理解は進むと確信する。(2015・7・31)

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