官軍が滅ぼし、賊軍が救ったー半藤一利・保坂正康『賊軍の昭和史』

幾つになっても、世の中には「へーぇ、そうなんだ」ってことが結構ある。「薩長史観」なる言葉を知っていても、明治維新以降、先の大戦が終わるまでの約80年の間、薩摩、長州を中心にした官軍と幕府側についた賊軍との攻防がずっと続いていたことはあまり知られていない。薄々気付いていたことを白日の下に晒された。半藤一利・保坂正康『賊軍の昭和史』を読み終えて、まさに「ふーん。そういうことだったのか」と感嘆するばかりである。半藤さんと会ったのはもう10年以上も前のこと。娘婿である北村経夫さん(当時は産経新聞政治部長、現在は参議院議員)の誘いでお会いした。初対面でいきなり「あなたは随分とくだらない本をたくさん読む人ですね」と言われた。私の『忙中本あり』に目を通されたうえでの感想だった。「先生の本も入ってますよ」と切り返しにもならぬことを口走った頃が懐かしい。それ以後も半藤さんの本はちょくちょく手にするが、この本は飛び切りくだらなくない本である▼「官軍と官軍史観が昭和の戦争を起こし、この国を滅ぼしました。そして、最後の最後で国を救ったのは、賊軍の人々だったのです」ーこれはこの本で半藤さんが言いたかった本音だろう。ただ、これだけでは正確さを欠く。近代日本を作り上げたのは、まぎれもなく戊辰戦争で勝利した薩長を中心とする官軍であり、この勢力の力であの日清,日露の両戦争も勝つことができた。しかし、その後は官軍の驕りもあって、その力が弱まるなかで、賊軍が台頭してきた。だが、結局は昭和の戦争を起こすに至った。最終的にこれに終止符を打った力は賊軍だったということなのだ。ここでいう官軍とは、山口、鹿児島両県を中軸とする反幕府勢力で、賊軍とは江戸幕府側についた諸藩の流れをひく人々である。半藤さんは長岡にルーツを置く人だけに反薩長の意識が過剰なまでに強い▼この本で改めて気付かされたことは少なくない。米内光政(盛岡)、山本五十六(長岡)、井上成美(仙台)の海軍の3人の指導者は、ある意味クールな英雄として位置づけられてきた。だが、それは阿川弘之さんが書いた小説による虚像であり、実際にはそれほどの存在ではなかったという。石原莞爾という人物についても、彼が庄内という賊軍出身であったことを押さえると見えてくることが多い。保坂さんの「(石原莞爾の)評伝をきちんと書けるかどうかに,実は、次代の日本人のメンタリティというか、次の世代の能力が試されている」といわれるほどの石原の多面性に興味が向く。この本を通じて、西郷隆盛の偉大さと鈴木貫太郎の凄さも改めて気付かされた。また、「贖罪の余生を送った稀有な軍人」といわれる今村均陸軍大将の存在もあまり知らなかっただけに胸打つものがあった▼このような官軍と賊軍という古くて、新たらしい視点で、あの戦争の真相に迫るという試みは読み物としてはまことに面白い。戊辰戦争以来の80年の歴史に終止符が打たれたことに、先の大戦の敗北の意味がある、と私は思う。実際この70年生きてきた私たちには、官軍も賊軍も意識下には全くない。あるのは、戦後民主主義の有難さだけだった。で、戦後の新たな対立軸として、米ソ対決の冷戦構造の国内版としての、自社対決があり、資本主義対社会主義の争いが続いた。それがソ連崩壊、東西ドイツの壁の消滅で姿を消した。冷戦後の今の日本にはどういう対立があるか。あるのは、欧米礼賛派と日本自立派とでもいうべきものの葛藤であろうか。私の見るところ、双方に欠けているのが日本固有の思想と欧米思想とを融合させたうえで新たなものを築きあげようという情熱である。この壮大な作業こそ今に生きる日本人に最も求められていることだと思う。(2015・9・9)

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