EU本部訪問から帰ってー日独政治動向を比較する

ドイツの生んだ偉大な文豪・ゲーテの作品といえば、私は『イタリア紀行』を思い起こす。齧った程度で読み終えてはいないが、テレビで遥か以前に観たドイツ文学者・池内紀さんと女流版画家・山本容子さんの二人がゲーテの足取りを追った番組がとても印象的だったからである。だが、彼にはもう一つ『ライン紀行』という紀行集がある。過去に何回かドイツに行く機会があったが、残念ながらライン川下りはしたことがなかった。今回、ライン川沿いの古くからの町ビンゲンに住む、尊敬する先輩ご夫妻(ご夫人はドイツ国籍を取得)のお誘いを受けて束の間の旅をしたのだが、その一つの楽しみがこの川下りへの挑戦だった。ゲーテは「つらなるラインの丘へ 恵み豊けき広き畑 水に映りし河中の島 めでたきぶどうの満つる国へ こころの翼うちひろげ いざ 来ませ この書を親しき伴となして」と、この本の冒頭に記している。リューデスハイムから船で2時間足らず、サント・ゴアまでのライン川沿いの風景は、まさにゲーテの描いたような、得も言われぬ素晴らしき流れの連続であった▼今回、ドイツへの旅(フランス、ベルギーにも)に重い腰をあげたのはほかでもない。ビンゲンの元市長(女性)で今はヨーロッパ議会(EU議会)の議員を勤めるコーリン=ランゲンさんが、その地に永年住み同元市長と深い交友関係にある私の先輩ご夫妻に伴われて一昨年秋に来日。その途次に姫路に来てくれたのだ。その際に是非次はビンゲンにと、お招きを受けていたからである。ちょうどその日は米国の大統領にトランプ氏が当選したとき。「こんな人物が世界をリードするなんて。とても危険だ」と、彼女は深い憂慮を湛えつつ呟いたものだった。中東を襲うテロの嵐は欧州にも荒れ狂い、ドイツにフランスにベルギーに、そして英国、スペインにとまさに波状的に起こっている。ポピュリズムの暴風もまた各地を襲う。どこもかしこも「分断」の空気で一杯だ。尤も、EUを支える一方の旗頭・フランスでは、極右政党・国民戦線(FN)の党首ルペンを押さえ、EU支持派のマクロン氏が勝って一息ついてはいる。今回の旅の期間はちょうどドイツ総選挙と重なった。メルケル首相の4選がかかった重要な選挙だった。これは、欧州の中核・ドイツのこれからの政治的行方を占ううえで大事な機会だった。あたかも日本との政治動向を比較し俯瞰する機会を持つことができたのである▼投票日当日の24日に彼女とその夫君(法律家)と会ったのだが、その結果はメルケル首相率いるキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)が第一党の立場を維持したものの大きく議席を減らした。CDUに属しメルケル首相に近い彼女にとって好ましからざるものであった。その表情たるやあまり冴えなかった。敗因は、移民問題をめぐるメルケル氏のブレが響いたようだ。EUからの離脱と、難民受け入れ反対を掲げた新興極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD) が初めての議席を獲得したことがそれを裏書きしている。そのあおりで対立政党の社会民主党(SPD) も歴史的な敗北をした。吉田徹北海道大大学院教授はこの結果を「戦後ドイツが歩んできた民主主義の歴史の大きな転換点」(公明新聞9月30日付け)だと読む。日本とは違って街頭演説などが見られない分、表面上静かな風景の中の選挙戦だったが、ドイツ政治史上の分岐点となるかもしれない日に立ち合えたことは、私にとって少なからぬ喜びであった▼コーリン=ランゲン議員は、ビンゲンに居を構えながら、列車で6時間ほど離れたベルギーの首都ブリュッセルで議会活動をしている。EU本部にお邪魔した翌日(25日)には地元のマインツから来ていた10数人の支持者たちの応対に汗を流していた。自らの使命を果たすべく全精力を傾ける彼女の姿勢には改めて感銘を受けた。忙しい彼女に代わって、若い女性秘書にくまなくEU本部内を案内してもらい、その仕組みの概略を聴いた。アジアにもEUのような全域を横断する国際機構が出来れば、との夢を持つ私にとって少なからず参考になった。コーリン=ランゲンさんとのやりとりの中で、私は、EU がギリシャ危機やら、英国の離脱、トルコ加入問題など、設立当初の勢いに陰りが見えており、今や存亡の淵に立っているのではないかと、悲観的な角度から問いかけてみた。しかし、彼女は「そんなことはない、一段と欧州統合の絆は堅い」と意気軒高であった。この辺りは今後引き続き注視していきたい▼私が欧州を訪問している間に、日本は解散総選挙に安倍首相が踏み切るというハプニングが起こっていた。解散は早くても来年春ぐらいと踏んでいただけに、驚きは禁じ得ない。ただ、よく考えれば、民進党(もはや分裂して無惨な姿になっているが)はじめ野党の体たらくをみていれば、この隙を突かないのはよほどのお人よしだろう。「大義なき解散」とか、「疑惑隠し」という非難は、選挙という「現代の陣取り合戦」に能天気な、政治センスなき輩の戯言だ。選挙に勝たずして政治家の理想は果たしえない。ここは、いささかの問題点なしとはしないものの、鮮やかに野党の虚を突いた安倍首相の早業に軍配を挙げたい。それにつけても、今回の総選挙をめぐる動きは目まぐるしい。焦点である小池都知事による「希望の党」設立の真意は、日本政治の中軸からの社民主義的勢力の残滓排除にある。大阪を中心とした「日本維新の党」との連携は、日本政治の新たな展開にとって少なからぬ期待はできる。つまり、保守二党による政権交代は好ましからざるものではないからだ。世界観を異にするひとが一政党の中に混在した状態は、結局は民進党のような支離滅裂状態を招く。小池氏によって選別された人々は「立憲民主党」という名の政党結成に動いた。リベラル派の結集とはいうものの、内実は旧社会党的傾向を持つ勢力が果たしてこれからの日本に馴染むだろうか。先に見たSPDの凋落というドイツ政治の動向とも関連して、覚束ないと見ざるを得ない。AfDとはくらぶべくもないが、「維新」や「希望」の背後には、「日本ファースト」を待望するムードはなきにしもあらずといえよう。勿論「橋下維新党」(橋下氏はやがて再び表舞台に出て来るはず)と「小池希望党」も大樹と育つかどうかには、大いになる疑問符がつく。そんななか公明党はどこまでも大衆のための中道主義の党として大道を歩む。今は保守の老舗・自民党と組んでいるが、これは決してゴールではなく、あくまで手段だと肝に銘じて。真の意味での日本政治の安定に向けて、たくまざるバランサーの役割を果たすことを期待したい。(2017・10.5)

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