「都をどり」の歴史を通じて観光の極意を知る

私は現役時代にC型、B型肝炎に悩む人たちに様々な角度から接触してきました。党の肝炎対策プロジェクトチームに関わってきていたからです。引退してからも、地域で肝炎に悩む知人を肝炎訴訟弁護団に紹介したこともあって、より一層綿密な関係が生じています。一昨年からは、弁護士、患者、厚生労働省の担当者らと懇談の機会を得ることができました。のど元過ぎれば熱さ忘れる、といった例え通りに肝炎問題は問題山積ですが、風化しがちです。改めて自分の今の立場で支援をしなければならないと痛感したしだいです■先日はそのメンバーたちと、旧交を温めると共に、「都をどり」を観てきました。京都の春を彩るこの催しに参加したことは過去にもありますが、観光を通じて地域おこしに今関わっているものとして、あらためて大いに刺激を受けることが出来ました。京都は観光地の王者の風格があります。京都駅はもとより四条通りはじめ、外国人客で市内のどこもかしこも大賑わいでした。従来の舞台は祇園甲部歌舞練場。しかし、ここは震災対策に着手するため一昨年の10月から休館となっており、去年に続き今年も京都芸術大学春秋座に舞台を移しています。ここでも観客席の一角は外国人で埋められていました。六景仕立ての演舞は「続洛北名跡巡」と題して洛北の美しい山や川、ゆかしい寺庵をめぐるものでしたが、つくづくと京都の奥深さを満喫できました■六景のうちで、印象深かったのは三景の「盂蘭盆会五山の送り火」です。かつてテレビで詳細な「送り火」の風景を観たことがありますが、現地に足を運んだことはありません。尤も、祇園祭も葵祭も観たことがないのですから、何をかいわんやですが。借りたイヤホンを通じての解説を聞きながら観ていて、つくづく京都の文化のもつ味わいを感じました。これまで京都の祭りは人ばかり多くて、と尻込みしてきた自分を大いに恥じた次第です。四季折々の風景を現地で味わうべきであったな、と。四景では、「詩仙堂紅葉折枝」と題して秋の詩仙堂の紅葉が登場、これまた惹きつけられました。詩仙堂とは、江戸初期の漢詩人・石川丈山によって建てられた山荘です。この人は徳川家に仕えた武人ですが、後に退隠の志を持ち、仏門に入り、学問に精進し詩作に励みました。90歳で亡くなるまでの30年程を詩仙堂で過ごしたと言います■実は京都好きの友人に勧められて、先年にこの詩仙堂に行ったことがあります。紅葉の季節ではなかったこともあり、訪れる人は殆どなく、まことに静謐そのものでした。中国の漢や晋、唐、宋の詩人36人の肖像が4隅の壁に掲げらていたのが思い起こされます。庭に出て散策した際に、流れる水が竹筒を動かす”鹿威し”の音に驚いたほどでした。かつて、丸谷才一さんと山崎正和さんが対談本『日本の町』で「京都は文化を売り物にしているが、金沢は文化の中に生活している」と述べていたのを読み、なるほどなあと思ったものです。しかし、静寂そのものの詩仙堂にいると、改めて京都はいいと感じ入りました。恐らく秋に行っていると、また感想は違っていたかもしれませんが。ともあれ、兵庫・淡路島へのインバウンドに今取り組む身からすると、やはり文化を売り物に出来る地はいい、と思ってしまいます。(2018・4・10)

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