米朝交渉から見える北朝鮮・金正恩の巧みさ

さる6月12日のシンガポールでの米朝首脳会談とそれを受けての共同声明についての私の見方を示したい。結論からいえば、金正恩・朝鮮労働党委員長及びその周辺の見事な外交手腕が発揮されたものと見る。但し、それはトランプ氏という異端の米大統領が交渉相手だったからで、まともな意味での外交力が功を奏したものではない。政治ショーを演出するのに躍起なあまり、自らの譲歩に気づかぬようにさえ見えるトランプ氏が相手だったことが多いに幸いした。尤も、内外にわたってこれまでの米国政治のスタイルを変えることで、国内の過半の支持を得られると踏むトランプ氏からすれば、十分すぎる手応えを感じている節も見られる。米国内では当然ながら強い批判もあり、一段と世論の二分化が激しさを増す。俯瞰すると、いわゆる民主主義国家の弊害が、封建主義的独裁国家との外交交渉を前に、露呈したということに尽きよう■共同声明の文面を追うと、冒頭に全体を要約したところで、トランプ氏はcommittedし、金正恩氏はreaffirmedしたとの記述がある。片方が約束し、もう一方は再確認したというわけだ。字句通りに判断すると、前者は新しいことを述べているのに対し、後者は前から言ってることを追認したかに読める。つまり、かねて、北朝鮮が求めてきた「安全の保証」(security guarantees)を「提供する」(to provide)から、朝鮮半島の完全な非核化に向けた堅固で揺るぎない決意(his firm and unwavering commitment to complete denuclearization of the Korean Peninsula )を改めて確認するというのだ。このくだりについては、非核化のタイムスケジュールや最終的にどう着地させるかが、事前の最大の関心事だったのに、全く明記されていない。前からの主張を改めて言っただけ。にもかかわらず、「安全の保証」を与えてしまっていいのか、との疑念が当然起こってくる。勿論、これも具体的な方途が書かれてないから〝おあいこ〟だとの見方もあろう。だが、終了後の記者会見の席で、トランプ氏は「交渉中は 軍事演習を行わない」と明言し、ご丁寧にも「莫大な金を節約出来、(北朝鮮に対して)挑発的だ(から)」と理由にも言及した。ある意味、型破りだともいえようが、一般的には、お人好しで、善意に満ちた交渉人にしか見えてこない■米朝会談に至るまでの北朝鮮の動きについては、中西寛京都大大学院教授が興味深い論考を明らかにしていたことが思い起こされる。そこでは、トランプ氏が一旦会談中止を仄めかしたため、追いつめられた北朝鮮が悪あがきを諦め、首脳会談実現のために譲歩を見せ始めたという点を取り上げていた。同教授はこの解釈は浅薄であり、「交渉をコントロールしているのは北朝鮮の方である」可能性も見えてくるとしていた。その例証として、❶平昌五輪への妹・金与正氏派遣❷中韓首脳とそれぞれ二度の首脳会談❸米国政府高官ポンペオ氏をも二度招いたことをあげた。こうした外交活動を演出出来る北朝鮮が経済制裁やトランプ氏の強硬姿勢に音をあげたと見るのは楽観主義にすぎるのではないかとしていた。そう見えたのは「北朝鮮与しやすし」と油断させる戦略だったというものである■今、会談が終わってみて、この中西氏の「北の交渉力を侮ってはならない」(『正論』6-1付け)との指摘のリアルさが際立つ。これまで、長きにわたって、金正恩委員長を悪しざまに罵り、その能力を見くびってきた向きがあったのは、当の本人の言動がなせるワザが多かったにせよ、いささか過小評価だったと思わざるをえない。ともあ)れ、金正恩氏率いる小国・北朝鮮が超大国・米国と対等に渡り合う姿を世界にまざまざと見せつけた事実は覆い難い。日本のお茶の間や床屋談義での会話は、金正恩という人物を「幼稚」で「冒険的、挑発的」な言動に走る異常な指導者といった範疇を出ていなかったのである。ことの是非は、これからの米朝の細かな交渉に待たねばならず、長い舞台の幕開けを見たに過ぎないともいえる。しかし、その初の外交デビューぶりは、これまでの印象を覆すに足りうるものであったことだけは間違いない。(2018-6-16)

 

 

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