だまし絵が教える視点移動の重要性

「だまし絵」というものをご存じだろうか?一見すると人間のように見えるのだが、よーく見ると様々な道具が積み重ねられているだけ、といったたぐいのものだ。目の錯覚をいたずらに引き起こすとでも言うのだろうか、不思議なほど面白い世界に引きずり込まれる。先日、兵庫県立美術館で開かれている「だまし絵Ⅱ」に行ってきたのだが、楽しいひとときを過ごせた▼通常の美術展にもまして、みんな一心不乱に絵に見入っている。いったいこの絵は何を意味し、何が隠れているのかを見抜こうとして、右に左に視点を移動させながら。遠くから見ると、きれいな女性の顔だと思って近づくと、指紋ですべて描かれていて、その気持ち悪さにぞっとしたり、男性が手を頭にあてて泣いているかのように見えるが、よく見るとものすごい数のオモチャが山のように積みあがってるとか。砂浜と岩山が広がる不思議な景色をじっくりと観察すると、次々と隠れているものが見えてくる。遠くからと近くからとではまったく違うものが見えてくるからおかしい。立体的な絵を右に左に動きながら見ると、絵が勝手に動くかのように見えてくる▼女性の顔だけが大きな像として立っているところで、みな立ち止まって見ていたが、つい私などはそばにいる女性学芸員の顔をまじまじと見てしまった。普通の人間までもが何かだまし絵のように見えてきたのだ。当たり前のものを違う角度から見る楽しさとでもいえようか。つい先日は、ハローウインのお祭りということで、各地で様々な仮装が現れたようだが、これも日常性を打破する意外性が受ける一つのポイントかもしれない▼日常的に経験することだが、扉を押しても開かないので、引いてみたら開く。つまりは押してもだめなら引いてみなということは数限りなくある。先日旅先で離れの部屋のカギを閉めようとしたらどうしても閉まらない。慌てて従業員を呼んだら、なんのことはない。鍵穴が二つあって、もう片方が見えていなかったのだ。また、同じくホテルでお湯を沸かそうとしてもどうしても湯沸かし器の使い方が分からない。これもホテルマンを呼ぶと、いとも簡単なことが気づいていなかった。要するにちょっと見方を変えてみると疑問が氷解することは少なくない。硬直化した捉え方に捕らわれてばかりいると、らちがあかないということを痛切に感じる。(2014・11・8)

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