嫌韓と親韓の間に佇むだけの存在を超えて

韓国をめぐる様々な問題がまたしても浮上、連日メディアを賑わせています。どれをとってみても解決不可能と思わせるほど難題に見えます。これから数回にわけて、日韓対立の奥底に横たわる「歴史認識」について考え、ことの成り立ちを追っていきたいと思います。まず、普通の日本人にとって韓国という国はどういう国なのかという点から入っていきます。今、私は普通の日本人という言い方をしましたが、これは嫌韓、親韓に偏らない、通常の学校教育を受けてきた平均的日本人という意味です。

戦後生まれの私がことし74歳になります。純粋に戦後民主主義教育を受けて育ってきた団塊世代(厳密に言うと私はほんの少し前の世代です)の韓国、北朝鮮両国への認識は、「極めて遅れた国であり、まともな近代化をしてきていない国」というものです。朝鮮民族は、古代の昔から大陸の漢民族をはじめとする近隣の異民族に常に侵略され、隷属状態に置かれてきた哀れな人びとだ、との捉え方です。こうした認識が我々の世代に芽生え育まれてきた原因は、ひとえに日清戦争を通じて培われてきたものと思われます。清国の隷属下にあった朝鮮半島に生息してきた民族は、独立した存在ではなかったのです。それからすると、清国を倒し、ロシアも曲がりなりにも倒すに至った明治日本は、朝鮮など数のうちに入っていず、眼中になかったと言っていいといえます。日本帝国主義のもとに35年間にわたって植民地状態に置かれていた朝鮮に対する日本人の認識は、結局そういうところからくる優越感以外なにものでもないのです。

そういう日本に対して、朝鮮民族の側は、近代以前における、自分たちの役割を強調します。朝鮮半島を通じて大陸からの文明の流れが伝来し、その恩恵に日本は浴したのではないのか、と。かつては彼我の関係が逆転していたというわけです。過去の恩義を顧みず。豊臣秀吉以来の傍若無人的振る舞いの連続は許せぬとの感情があるものと見られます。先の大戦での日本敗戦までの35年に及ぶ朝鮮支配についても、屈辱の歴史としての負の側面を見るだけで、近代化助長という正の側面を見ようとしない傾向があります。というわけで、海を隔てて存在する半島と列島の関係は、相互理解が進まぬ不幸な間柄になっています。

日本と韓国は、隣り合って位置しているものの、内実は全く似て非なるもので、韓国、朝鮮半島こそ極東の存在で、日本はむしろ極西に位置するとの古田博司氏(筑波大教授)の主張があるのをご存知でしょうか。地球儀をどちらから見るかで、正反対に捉えられ、間に横たわる海溝は想像を絶する深さだというのです。これは流石に極端な見方でしょうが、ことほど左様に日韓の関係は難しく、修復不可能だとする捉え方が昨今のメディアを通じて流れる情報では、専らだと思われます。私は三年ほど前に、大学同級の小此木政夫氏(慶應大名誉教授)と対談し、『隣の芝生はなぜ青く見えないか』と題して、電子出版しました。彼は親韓の中心的存在と言えるかもしれません。嫌韓のトップを行く古田氏と親韓の中心的存在・小此木氏の間に立って、迷うだけの存在に終わりたくないというのが私の長年にわたって続く偽らざる思いです。(2019-9-10)

 

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