暗い時代の再登場を予感させるできごと

経済評論家の内橋克人さんの講演会『戦後70年を抱きしめて~「再びの暗い時代」を許さない~』を神戸文化ホールに聴きに行きました。さる17日のことです。主催者は「神戸空襲を記録する会」。この会の代表の中田政子さんは長田高校で私とは同級生。この人は1945年の神戸空襲の際に母親のおなかにいましたが、逃げ惑う母親の背中におわれた幼児だった姉が混乱のさなかに死んでしまいました。身代わりになって死んでしまった姉への思い果てず、1971年から発足したこの会の運営に参画。2013年には神戸市の大倉山公園に『神戸空襲を忘れないーいのちと平和の碑ー』を幅広い市民の募金によって建てました。10年前の戦後60年記念の節目にも、内橋さんを招いて同様の講演会を開いています。神戸市出身で、神戸新聞記者を経て経済評論家、作家として多くの読者を持つ内橋さんは反戦・反権力の旗頭的趣きがあります。それだけにこうした講演を託すにはうってつけのひとだといえましょう。この日も場内いっぱいの市民で埋め尽くされていました▼冒頭に映された、神戸市教育委員会が制作したという神戸空襲を記録する映画(「炎の証言ー大空襲の記録ー)はなかなか迫力がありました。これまで広島、長崎、沖縄といった先の大戦での著名な地の惨劇もさることながら、自分たちの生まれ育った地域の戦争被害の現場を映像を通じて見るということは、また異質の胸抉るものがあります。しばしば中田さんの母親(三木谷さん)が登場して当時の惨状を淡々と語っています。私の母親とおそらく同世代(大正6年生まれで、今生きていたら98歳)でしょう。彼女自らの辛い哀しい経験を語っている姿が私の母のそれとダブって見えました。私の亡き母のほうは、姫路空襲に遭いましたが、直接被災して亡くなった人のことは聞いていません。この映画が映されている時に一二度ぷっつりと映像が途切れました。私はあたかも人の人生が戦争や、あるいは地震や津波で中断されるというのはこういうことだろうと想像しました▼内橋さんは講演の最初を「とうとう困難な時代が来てしまった」という極めて深刻な言葉で語られ始めました。基本的には昨今の安倍政権による集団的自衛権をめぐる政治決断を指しているのでしょうが、それだけではなくて各地で「憲法9条を守る会」などが主催する際に、土壇場になって後援団体が開催を断ってきたりするケースが相次いでおり、自由な言論に対する抑圧の兆しが見えるというのです。「緊迫した状況が続いているのです」という内橋さんの表現に只ならぬものを感じました。聴いている私の心の中には、公明党が政権にいる限り断じてそうはさせないと思うゆえ、いささかオーバーではないかとの思いが正直よぎりました。ただ、つい数時間前に語り合った柳澤協二氏も警鐘を乱打していただけに、いい加減に聞き流してはいけないとも思い、わが身を引き締めたものです▼内橋さんは、メディア、マネー、マインドの3Mが現代社会をコントロールしようとしていることに大きな懸念を示していました。これは、かつて戦後の日本社会が、3Sつまりスクリーン、セックス、スポーツでしだいしだいに緩められ翻弄されていったと同様に、危険な兆候だといわれるとむべなるかなとの思いを禁じ得ないのです。ジョン・ダワーの著書『敗北を抱きしめて』をもじった演題に事よせて、戦後70年を経た今日の日本が今再びの危険な道を歩もうとしているとの指摘は私の肩に極めて重くのしかかってきてなりませんでした。彼はNHKの朝6時43分から10数分間の番組「ビジネス展望」のコメンテーターでしたが、この春から番組名が変更になると共に常連出演者から外されたといいます。そのことは、彼の言う暗い時代の再登場とはあまり関係ないと思いたいのですが。(2015・5・27)

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