自衛権をめぐる綱引き報道 に疑問

集団的自衛権をめぐっての与党協議での結論が、憲法解釈で容認するということになったと早くも報じられていることには納得しがたいものがあります。協議そのものは未だ結論は出ていないし、憲法解釈については大いなるズレがあるのですから、それを今整理する必要があるのです。新聞記者たちの早とちりに騙されてはいけないのです▼日本の憲法は制定いらいいわゆる明文改憲というのはされたことがありません。条文の規定、書きぶりを変えたことはない。つまり文章を直したことはないということです。しかし、どう解釈をするかについては、この70年近い歳月の中で変化をしてきました。例えば、最大の焦点である9条をどう解釈するかは、立場の違いによって最初から大きな落差があったのです▼自らを守るための武力行使は勿論、それを保持することさえ認められていないという極めて厳格な解釈。それから始まって、海外におけるPKO(国連平和維持活動)への自衛隊参加や多国籍軍の後方にあっての人道支援は認められるという今日の解釈に至るまで、実に幅広く解釈は変遷してきています。それをすべて憲法の拡大解釈であるとするのか。それともそれは、縮小解釈であって、もっと9条の範囲内で出来ることはあるはずだとするのか。この線引きをめぐる整理が大変に重要なのです▼いわゆる旧左翼勢力は、基本的には自衛隊違憲論に立っていますから、解釈をあれこれ変えるのは反対です。一方、自民党はじめ伝統的保守勢力は、9条そのものを書き換えたいとしてきました。公明党は、その両者のはざまにあって、9条をめぐっては、自衛隊合憲のものと昭和56年の段階で解釈してから、30数年間、「行動する国際平和主義」の旗のもと、積極的な国際貢献を推進してきました。カンボディア、イラク、アフガンといったところへ、武力行使をするためではなく、後方支援のために自衛隊派遣をするのは憲法の範囲内だとしてきたのです▼今回、集団的自衛権の行使が出来るようにしたい、その突破口を開きたいというのは、自民党の9条の枠を越えてしまう拡大解釈だといえます。そうではなく、個別的自衛権でぎりぎり出来ることを明確にする、つまり、9条の枠内で出来ることを整理するところに意義があると私などは考えます。それは、極端な縮小解釈に留まるのではなく、また極端な拡大解釈に身を委ねるのでもなく、むしろ適正解釈への不断の試みだと思うのです。未だ、時間はあります。安倍自民党の留まるところを知らぬ拡大解釈に歯止めをかけ、旧左翼勢力の一国平和主義の縮小解釈の迷妄を打ち破ることが出来るのは公明党だけなのです。(2014・6・17)

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