昨今の「教育事情」についての三題噺

きっかけは徳島県の美波町行きでした。去年の11月にも行っているのですが、再びこの25-26の両日に行くことに。なぜこうなったかは、この地の地域おこしに携わるNPO法人「雪花菜工房」(東丸慎太郎代表)との関わりに端を発します。この度は、神戸山手大学の男女学生8人(ベトナム人留学生4人含む)と徳島商業高校の生徒男女10人ほどが一緒です。若者の視点から、この地に必要なものを提案して貰おうというのが狙いです。前回同様に、勝瀬典雄前県立広島大客員教授と、鈴鹿剛徳島商業高校教諭に加えて、神戸山手大学の山下さやか講師も参加されました。二日間にわたり、あれこれの遊びや、ものづくり作業、キャンプファイアもどきのイベント、さらには美波町長との懇談などを行いました。それはともかくとして、当方は教育関係者との懇談に意を注ぎました。これがその後の一週間における二つのグループとの語らいに繋がり、期せずして現代教育事情の三題噺に発展したしだいです▼まず一つ目は、徳島での語らいから。ここでは高校生と大学生、日本人とベトナム人、そして男女双方といった3点程に別れた角度から、観察する羽目になってしまいました。かねて徳島商業高校生については付き合う機会があり、そのパワーは存知のことでしたが、まとまった数の大学生については初めて。それによれば、大学生はいかにも大人しいなあ、との印象を受けました。山下講師によると、最近の大学生はいたって従順で、自己主張が殆ど見られないとのこと。それに引き換え、ベトナム人に限らず留学生はとても意気軒昂とのことでした。確かに、私の目に映った日越大学生比較も、その感受性の度合いで勝負ありの感は否めませんでした▼続いて、姫路に帰って翌27日のこと。石川誠兵庫県民間病院協会会長の呼びかけで、中杉隆夫・前姫路市教育長(元県立姫路西高校長)と橋本俊雄・東洋大姫路高校長(中学校長も兼務)のご両人と種々懇談することに。ここでも教育についての話題が当然ながら出ました。私から、現代の高校における受験教育と職業教育とのありようについての問題提起をしました。実業高校の現代社会での即戦力性と受験高校における文系の脆弱性についてが主たるテーマです。橋本さんは元相生産業高校の校長だったこともあり、大いに共感してくれました。併せて、現在の中高一貫教育において、あれこれと仕掛けを試みており、やがてそれが実を結ぶはずと確信を込めながら熱心に語ってくれました▼三つ目は、翌28日の昼、私の住む地域の住人で大阪市大教授の桝田幹也先生と、環境・医療分野の技術研究者で、学習塾を経営する古岡信吾先生の二人と懇談。ここでは数学をはじめとする理系教育についてが話題に。さらに、昨今留学を望まぬ学生がなぜ多いのかについては、親が子供に危険な旅をさせようとしない傾向があることと、留学せずとも日本で事足りるとの思い込みが学生にあることなどが指摘されました。さらに、留学を促す仕組みがないことも。私からは、仕組み作りの阻害要因として、内外の富裕層が社内留保、親族留保にこだわり過ぎ、自分たちが儲けた資金を世のため、人のために提供、寄付する姿勢がないことが大きいと、指摘しておきました。(2019-3-30)

平成における「自公連立政権」の隠し味

平成の終わりに際して、様々な形でその30年を振り返っての論評が新聞や雑誌、書籍で展開されている。そのうち、先日の私の「読書録ブログ」でも取り上げた日経の論説フェロー・芹川洋一さんの『平成政権史』なる本について、その背景を考えてみたい。というのは、平成の30年を振り返って、政権の変遷を追いながら、全くそこには公明党の存在が触れられていないからである。いったいなぜなのか。昭和の後半から平成のはじめは自民党単独の政権だったが、途中から連立政権が常態になり、後半はずっと公明党との連立政権だったのに。しかも、ご丁寧に、その締めくくりに、平成の30年間が終わって、日本の政治は元に戻った、とまで仰る。すなわち、かつて55年体制下の自民党、社会党、公明党、民社党、共産党の5党と比較すると、社会党に代わる立憲民主、民社に代わる国民民主党と名前は変われど、中身はほぼ同じで、結局「30年経って一回りした」というのである▼これはあまりではないか。公明党の入った自公連立政権の意味を無視するにも程がある、と。早速、私は旧知の芹川さんご本人にメールを差し上げた。「30年前に一回りで戻ったとされるのには大いに異論があります。公明党が与党になっても政権は変わっていないと言われるのなら、それはそれで批判するなり、論評してほしい。全く無視されるのではあまりにも寂しい」と。日経新聞の論説を代表する看板男だけに、読書録ブログはあくまで丁寧に感情を抑えて書いたつもりである。返答メールには「平成政治史ではなく平成『政権』史です。ご了解していただけないと思いますが、悪名は無名に勝るです」とあった。うーん。「政権」史だからこそ、連立政権の功罪めいたものがあってしかるべきではないか。悪名云々は、政治家がとみに使うセリフ。開き直りとしか思えない▼尤も、ここは謙虚に行こう。公明党が無視されるのは、存在感がないからだ、と。自公連立の時代は15年(途中の民主党政権時代の3年を除き)に及ぶから、平成のちょうど半分を占める。確かに、公明党の音頭で大きく舵取りが変化したとか、自民党の政治を変えるに至ったとかという場面はすぐには思い浮かばない。「もり・かけ」問題やら大臣、政治家の不祥事でも公明党が安倍首相や自民党に揺さぶりをかけたとの場面はない。政権の「安定」に寄与してはいるが、改革のリーダーシップに目を見張らせるものは見られない。一般的には自民党の補完勢力に甘んじていると見える。しかし、本当にそうだろうか▼例えば、公明党が連立政権下で、自民党に呑ませた政策には、年金制度改革、安保法制への新3要件導入、消費税への軽減税率の導入などがある。これらは、家の建築に例えると、新築ではなく改築といったようなもので、どちらかといえば地味である。しかも、普通の市民にとって年金改革でどんと生活が良くなるわけでなく、消費税の軽減税率で大助かりというわけでもない。できれば消費税は上げて欲しくないというのが本音だ。安保法制に至っては、無用の長物に見えかねない。という風にみると、公明党の政治は瑣末なことにこだわってるかのごとくに思われるのは無理からぬことかもしれない。しかし、である。もしも公明党なかりせば、を考えるとどうだろう。全てが安倍自民党のなすがままになってしまうのを、自公二党間の合意形成を探りつつ、軌道修正させてきた。細かな生活次元の創造的政策提言は、あたかも美味しい料理における隠し味のように、偉力を発揮しているといえないか。ことほど左様に中道政治の役割は微妙で繊細であるがゆえに、普通の市民には理解して貰うのは難しいのかもしれない。(2019-3-26)

浪速の〝ロシア風〟とりかへばや首長選

大阪があれよあれよと言う間に市長、府知事のダブル選挙になった。まさか、と思う向きが私も含め大方だったと思われるが、予測を裏切る展開である。これまでの経緯を追うと、「大阪維新の会」の常軌を逸したと言う他ない「都構想」への思い込みがある。府と市の二重行政が住民にとって不利益をもたらすとの認識には同調出来る。だが、自分たちの案がベストで、それへの様々な対論、異論があるのに、結果として無視してしまう運び方には賛同出来ない。何よりも、2015年に705585人もの大阪市民が住民投票で反対の意思を示した「民意」をあまりにも軽く考えすぎていることには納得がいかない▼維新の掲げる「構想」とは、一言で言えば、今の大阪市をひとたび解体して、5つの特別区に分け、東京23区のようにそれぞれが行政府として自立しながら、大阪府のもとに集約される枠組みである。東京都と似たものなので都構想というわけであろう(府構想と言えばいいのに)。これに対して公明党は、政令市の行政区を「総合区」に格上げし、区の権限を拡大する総合区制度(総合区案)を掲げてきている。現在ある24の行政区を人口20万人程度の統合区に再編するとともに、市議会議員を現行の86から65に減らそうとしている。市を解体せずに、現行の不備を整頓しようというものだが、主にこの2つの案が対立してきている▼こうしたぶつかり合いの解決には、時間をかけての話し合いと妥協、調整しかないと思われる。住民投票の結果と首長選挙の結果とを混同してはいけない。後者での勝利は前者を覆すに足る選択を導くものではないのだ。大阪の隣に位置する兵庫県から見ていると、まるで別世界のように思えてならない。自分たちの意のままにならないからと言って協議を打ち切り、合意を得ぬまま、府知事が市長に、市長が府知事にと、たすき掛け立候補で選挙戦に持ち込むというのは呆れはてる。プーチン大統領が首相になり、メドベージェフ首相が大統領になって選挙戦に挑んだロシアを連想させる。大阪はいつのまに〝維新王朝〟になってしまったのか▼こういう事態になった背後には、維新の中に公明党は選挙で脅かせば、必ず靡いてくるとの読みがあるとされる。衆院選での候補者調整をちらつかせれば、折れる、と。合従連衡は政治の世界の常だが、有権者の総意を睨まずに、庶民大衆の心から遊離した判断は、政党の私物化であろう。「維新」は、西欧風のイデオロギーを連想させない党名である。だが、その名の由来を探ると、水戸藩の藤田東湖が中国の「詩経」の一節(「周雖旧邦 其命維新」)からとったものとされ、東洋風イデオロギーが臭ってくる。日本の政党の中で、その党名にイデオロギー的残滓を残さない唯一の党・公明党の支持者からすると、 その自己中心のゴリ押し的振る舞いは危険極まりないものに写る。いいところもそれなりにある党だけに残念というほかない。(2019-3-16)

おかしなおかしな明石市長選挙

明石市長選挙が10日に告示となりました。泉房穂前市長の市職員に対するパワハラ発言が明るみ出て、自ら辞職したことが事の発端です。ところが、1ヶ月ののちに、再び泉前市長が立候補して選挙をするというのはまことにおかしなことだと思われます。なぜなら、本人が市長としての資質に欠けると明言して僅かに1ヶ月ほどしか経っていないからです。自らの感情をコントロール出来ないことを嘆いていました。その当のご本人が再出馬するには、確たる治癒の手応えがなければならないのではないでしょうか。わずかな期間で市長の資質が身について、正常になったとは到底信じがたいのです▼この人については今回に限らず、今まで幾たびもの奇怪な行動が取り沙汰されてきていました。会合に出席していても、自分が気に入らないと、悪口雑言を周りに浴びせて中途退場したり、自分の誤認識があっても認めずに平気で自論をごり押しするなど日常茶飯事だったと言います。作家の玉岡かおるさんとのトラブルもいっとき話題になりました。市職員も自らの身を守るために、テープレコーダーを常時携帯していると聞きます。パワハラの常習犯であるとは衆目の一致するところです▼今回市長を一旦辞めて、また出てくるという選択も、奇怪な行動です。この1ヶ月間休んでるうちに、市民からの待望論が出てくることを計算して再出馬に及んだというのは、見え見えです。街頭署名を集めた背景には、市長の後援会関係者の手配があるとの指摘も専らです。この選挙のお陰で多くの税金が無駄に使われるということ自体が、市長の資格を問われるに十分な不祥事でしょう▼実は、私の娘夫婦は明石に住んでいますが、泉市長ファンです。その理由には、子育て支援策の拡充を挙げています。「パワハラはあったとしても、反省してるから、ええやん。私らにとってはええ市長や」とまで言います。若い世代にとってこのように、同市長に人気があることはつとに知られています。しかし、だからといって、パワハラの権化のような人を免罪する理由とはなりません。新たな市長に、泉市政の良質部分を踏襲させ、良いところを伸ばさせれば十分済む話です。かつて衆院選で対決した際に、私はこの人を極めて優秀であるがゆえに舐めてはいけない、と警戒したものでした。明石のタコになぞらえて8つの付加価値を持つ有能な人物だからと。それは、①漁師の家に生まれ(庶民派)②身体の不自由な兄弟を持ち(福祉への眼差し)③東京大学を出て(学力特別に優秀)④NHKに就職して⑤弁護士の資格を取り⑥旧民主党の代議士秘書を経て⑦代議士(旧民主党)に当選し⑧明石一有名な料亭経営者の娘と結婚しているーというものです。凄いの一言です。これに新たに、パワハラ発言を超えて市長に再選された人というのが加わると、立派な付加価値が9つとなってしまいます。タコの足は8本です。9本では文字通り奇形となってしまいます。(2019-3-12)

不思議な魅力溢れる中国人実業家との出会い

「神戸在住の中国人実業家・鄭剣豪さんって知ってますか?」「いや、まったく」「今度その人を呼んで起業を目指す若者たちとの懇談会やります。来ません?」ー西山志保里plug078社長からのお誘いである。先日、新神戸駅前のクラウンプラザホテル2階にある会場「078」に向かった。県議選告示まで1ヶ月を切った状況でもあり、事前の予備知識殆どゼロでその場に連なった。旧知の教育関係起業家始め、意欲的な中年・若手の男女が10数人と一緒に▼いやはやこんなに喋りまくる人は初めて見たし、こんな生の中国の話も初めて聞いた。冒頭1時間ほど息も切らず喋りっぱなし。ご自分の55年間ほどの人生のあらましを堰を切ったように。パワー全開。聞いてる方も疲れるので、私がちょっと一息入れてくださいと、水ならぬビールを向けても、ちらっと見ただけで、ちょっと態勢を整えて、また走り出す。ざっとこんな具合▼印象に残った中身をあげるとー天安門事件前後で自分の人生は根本から変わった。政治家志望だったが諦めた。一転、実業家を目指すことに。留学先の神戸大学で教えて頂いた五百旗頭真先生を深く尊敬するに至った。胡春華(中国・国務院副総理)は学生時代からの友人である。東京のある会合で安倍晋三、李克強、日中二人の首相から同時に声をかけられた。仕事は未だ満足していない。更なる上を目指し、頑張り続けたい。神戸での投資先が未だにないのは残念である。息子が自分を相手にしてくれない。女房には頭が上がらないーざっとこんな感じ▼P &G ジャパン(30階)ビルを2014年に買収したという大物実業家。世界中をかけめぐってお金儲けをし、日本中で喋りまくって日中友好に懸命に取り組むパワフルな中国人。私のように、お金は暮らしに間に合えばそれ以上はいらないという、〝痩せ我慢組〟からすると、〝別世界に棲む怪物〟を見るような、なんだか捉えようのない人である。古代中国に畏敬の念を抱くとも、現代中国に疑問を抱き続けている私は、あなたはどっちに共感するかと、不躾な質問を敢えてしてみた。答えは明快。私と同じ側にいる人だった。少しだけ安心した。あらゆる意味で不思議な魅力を持った〝傑物〟との出会いに、いささか落ち着かない気分でいる。(2019-3-7)

〝Nokinawa〟か 〝ダメリカ〟かの 日米論争

沖縄をめぐる米軍基地の取り扱い問題を考えたい。沖縄県の側からすれば、県民の意思は米軍・普天間基地を辺野古に移転するのはノーとの結論が世論調査の結果でたのだから、少なくとも、今後は米国との交渉に沖縄県も交えて三者協議の場を持てとの主張であろう。一方、日本政府側は、対外交渉は政府の専権事項なのだから、そんなことは出来ないということに尽きる。この問題、延々と続いており、解はなかなかでない。以下、極論で非現実的なことを承知で、あえて我論的自論を本音ベースで述べる▼沖縄県の主張の行きつくところは、煎じ詰めれば「沖縄独立」になり、そこを持ってしか解決出来ない、と思う。日本政府の言い分は、米国に首根っこを抑えられている現状の中で、沖縄は勝手なこと言うな、につきよう。独立なんか荒唐無稽、出来るならやってみろ、と。未だ広い意味での米軍占領下にある日本なんだ、分からんのか、とも。米国のスタンスはどこにあるか。一言でいえば、沖縄県はなんでも反対のメディアに支配され過ぎてる。実はOkinawa ではなくて 、Nokinawa ではないのか。日本政府はもっとしっかり統治しろ、といったところか▼これって、私の親しい友人の元米海兵隊幹部で政治学者・ロバート・エルドリッジ氏の主張である。先日私が友人と共催する異業種交流の会で、幾たびめかの議論を交わした際に、私はこの彼の言い分に反論。アメリカではなくてダメリカではないのか、と。ダジャレの応酬だが、私の言いたいところは、日本の置かれた立場は、どう言い繕うとも、米国の占領体制が日本全土にわたって実質的に続いており、日本の本音に対して結局ダメ出しするだけだ、と。さてどうすればいいか▼最近出た吉田敏浩『横田空域』なる書物が改めて描いているように、この国は首都圏上空であってさえ、米軍の航空管制下にあり自由に飛行出来ない。つまり、米軍支配下に未だある。それが本州では普段は見えにくいだけで、沖縄は四六時中そのことがはっきり見えているのだ。「日米地位協定」という名の縛りを緩め、少しづつでいいから、米国には日本の独立を認めるような態度が望まれる。ホストネーションサポートをしている国に、その現場に、ゲストとしてきていながらマナーが無さ過ぎる。そんなダメなアメリカではノーと沖縄は言うしかない。(2019-3-4)