【32】森首相ら閣僚と予算委でIT論議ー平成12年(2000年)❹

●右足親指付け根に激痛で、途中帰国へ

ドイツからスイスを経てイタリア・ローマに入った頃から、なんだか私は右足親指に異変を感じだしていました。これまで、全く経験したことがない痛さでした。ローマの日程は、日中の視察も林大使との夜の懇談会も、前回に述べた塩野七生さんとの会見もなんとかこなしていました。しかし、段々痛くなってきて、次のフランス・パリに行くことは一行に迷惑をかけてしまう予感がしてきたのです。中山団長に不調を訴えました。団長は、すぐさま私に靴、靴下を脱ぐように言って、右足親指付け根を自分の指で触ってみてくれました。「私も医者の端くれだからね」と言いつつ。暫くすると、指で触るのを止め、鉛筆の先端に替えられるのです。「先生、どうして」と訊くと「汚いから」とにやり。これには痛いのを通り越して、笑いました。

大使館には医務室があり、医師がいます。そこで緊急に診ていただいた結果、「通風」だとの見立て。応急の薬を処方していただきました。無理をしたら最終行程をこなせるとは思いましたが、パリ行きを断念して帰国をすることにしたのです。というのも、一人だとなにかと難しかったのですが、なんと、辻元清美さんが「私も党の政調の会があるので、帰国する必要があります。サポート役しますから、ご一緒に」と。ご好意に甘えることにしました。これは助かりました。(彼女はその後天下周知の出来事に直面、2002年3月に議員辞職します。)怖いもの知らずの気が強い女性のイメージですが、日常的には実に優しい人でした。帰国後、主治医に診てもらいましたが、数値も普通。あの症状はローマでだけ。今に至るまで一切再発なし。まるでローマでキツネにつままれたような「通風騒ぎ」でした。

●閣僚に「HPやってる人、手を挙げて」と呼びかけ

森喜朗首相は内閣発足に当たって、IT(情報技術)革命を掲げて出発していました。それを受けて自民党の中にもIT議員連盟なるものが作られる雰囲気が次第に高まっていました。そんな折、9月28日の予算委員会で首相や全閣僚を相手に質問する機会を得ることが出来ました。そこで、私は森首相始め、全閣僚にHP(ホームページ)の開設をしているかどうかを冒頭に聞いたのです。「HPやってる人は手を挙げて下さい」と。予め調べたところでは、19人の閣僚のうち、6人が活用していると判明していましたが、テレビ付きの質疑でもあり、問うことにしたのです。すると、手を挙げた人は5人。一人足りません。森首相は「家族じゃあダメか」などと口にしていました。HPをやってるのに、手を挙げていないのは宮澤さんでした。「宮澤大臣はやってるでしょ」というと、慌てて挙げる始末。人任せがハッキリした面白い場面でした。

IT革命の首謀者がHPを持たないのはおかしいと思うのは自然な感情です。私はそれをネチネチといじめるつもりでした。森首相は、答弁の中で、個人での意見を公表するのはなにかと後に尾を引くことになったりして問題を招くとか、あれこれと言っていました。確かにそういう側面は否定できないのですが、やりようによってはいくらでも発信できるはずです。現に次の首相になる小泉さんはうまく活用していましたし、今では米国のトランプ大統領のツイートが世界で取り沙汰されたりするなど話題を提供、物議を醸す原因になったりもしています。私のいうようなことを受けて、やってれば森首相も良い意味での話題の人になったはずなのですが。

公明党は当時「電子立国」に向けた取り組みとして、衆参国会議員にはHPの開設を義務付け、都道府県議会の議員や政令指定都市議員にも早期に持つように拡大する予定でした。こうしたことを背景に自信を持って質問に使ったしだいです。神戸新聞はこの時の私の質問を取材して、10月4日付けに報道。私のコメントも「政治家にとって、IT革命を進めるというのは情報公開をするということ。そう思って、閣僚に自信のほどを聞いたのに、たった六人とは」と紹介する一方、「拍子抜けの様子」だと伝えてくれました。

●政治腐敗防止に向けて次々と改革が実現

森喜朗首相という人物は、体躯堂々としたいかにも〝太っ腹〟という印象です。彼が首相になって半年余りした頃、11月4日に公明党は党全国大会を開催しました。その時のエピソードを披露しますと、当日壇上脇で、同首相のお相手をする役割を私が仰せつかったのです。壇上の椅子に着席してもらうまで、いささかゆとりがありました。私は「総理、立たせっぱなしで、申し訳ありません」と述べました。すると、彼は「いやあ、僕は学校時代からいつも立たされていたからねぇ、立ちっぱなしは平気だよ」と。本当かどうか知りませんが、こういう一言がこの人の魅力なんだろうと思った次第です。

また、後年、赤坂の議員宿舎で、珍しく上京していた妻と宿舎の食堂で夕食をしたあと、ばったりと森さん夫妻と出くわしました。すかさず彼は、「奥さん、こんなところで食事せずに、もっといいところに連れて行ってもらいなさいよ」と。余計なことを言うと思いましたが、これが彼の真骨頂なんでしょう。要するに一言多いのです。尤も、私も人のことを言えた義理ではありませんが。

小渕政権では、公明党が連立を組んだ証しとして、自民党の積年の病弊である政治腐敗の防止に向けて、公明党は一連の改革を実現するべく主張を強めました。そのうち何と言っても大きいのは政治家個人に対する企業・団体献金の廃止です。それまで、一企業・団体当たり年間50万円まで受けられるようになっていた政治献金を、廃止するよう強く求めました。その結果、2000年の初っ端から実現を見たのです。また、森政権になってからも、あっせん行為(いわゆる口利き)による見返りを、政治家や秘書が得ることを禁止する「あっせん利得処罰法」を制定することが出来ました。同年11月22日のことです。(2020-4-20 公開 つづく)

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