【39】小泉首相との真剣勝負とハプニングー平成14年(2002年)❸

●小泉首相への初質問に立つー「季節外れの大雪現象」論を披歴

小泉純一郎首相に対する質問をする機会がようやくやってきました。5月9日のことです。武力攻撃事態法案などのいわゆる「有事法制」3法案を審議する特別委員会の場で、私は二日目のトップバッターとして立ちました。これは40分間、テレビ放映されました。実は、この質問は小泉さんが首相になってほぼ一年後に実現したもので、私としては満を持しての出番でした。冒頭に大要以下のような趣旨の発言をしました。後々このくだりを、色んな場面で使うことになります。自分としてはよほど気に入っていたに違いありません。

ー小泉総理の登場は、昨年の4月26日でしたが、様々な意味で話題を呼びました。それは、あたかも季節外れに大雪が降ったようなものでした。古い自民党政治の汚さをあたかも白い雪が覆い隠すかのように思えるものでした。しかし、雪はいかに積もろうが、必ず溶ける時がきます。雪は溶けると、かえってそれまでよりも汚い姿が露出してきます。今まさに一年が経って、当時の雪は溶けてしまい、かえって汚い姿、つまり自民党の醜い政治がむき出しになってきています。それを今度は大水で流さねばなりません。総理がそうされるなら、公明党はしっかり支えていきます。ー概ねこんな感じでした。

一年前の華やかなデビューは、季節が外れてから降る大雪のようだったけれど、結局私が懸念した通り、汚い地肌が出てしまい、自民党本来の姿がむき出しになってきたではないか。ここで一気に、大水で流しさる必要がある。その場合のセーフティーネットを張る役割は公明党が果たすから、やるべきことをやれと言いたかったのです。ただし、小泉さんだから(小さな泉の意)、あまり(流れは)大きくならないか、と余計な一言も忘れずに付け加えました。

●国際情勢をめぐる三つの視点を提示

有事法制関連法案に入る前提として、私は小泉首相に❶米国に言うべきことをきちっと言うべし❷アジアへの心配りを忘れるな❸日本独自の外交を展開せよーの3点を強調しました。❶については、日本はとかく米国にはものを言わないで追従する傾向がある、と。そうであってはならない。これはあたかも自民党と公明党との関係に似ているとの声があると、日米と自公とを対比させて質問しました。小泉首相は、自席から「そんなことない、公明党は言いたいこと言ってるよ」とヤジっぽく発言をした後、答弁席に立って「日本政府は米国にもどこに対しても言うべきことは言っている」と強弁しました。❷について私は、靖国神社への首相の参拝が「対中緊張」感をもたらしているとの観点から、配慮を怠るなと言ったのです。首相は、日中互いの立場があり、靖国神社に参拝することが、「日中友好を妨げるものではない」と述べました。❸については、具体的には、公明党がかねてから国連機関を沖縄に誘致するよう提案していることを挙げ、実現への努力を求めました。首相は、難しいが検討を重ねたいと従来からの姿勢を強調するだけにとどまりました。

本題の法案審議については、福田康夫官房長官とやりとりをしたあと、小泉首相に集団的自衛権問題については、「やれること、やれないこと」の整理をきちっとするべし、との私の持論を述べたうえで、首相の見解を求めました。首相は、人それぞれ色んな解釈や考え方があり、自民党内でも様々な角度から研究して欲しいと言っていると述べました。初手合わせは、私があれこれと持論の披歴をするばかりで、あまり噛み合った議論にはならなかったとの記憶があります。ただし私としては、言いたいことを言った満足感はありました。

●ハプニング招いた二度目の首相質問

二週間後に開かれた衆議院予算委員会(5-22)で、再び小泉首相とTV中継付きで質問することになりました。ロシア支援委員会問題と瀋陽総領事館事件の二つをテーマにした集中審議でした。前者は、鈴木宗男氏のロシア支援にまつわる証人喚問などを受けてのもの。後者は、中国の武装警官が瀋陽にある日本の総領事館に立ち入り、亡命を求めた北朝鮮住民を連行した事件です。実はこの時の私と小泉首相とのやり取りは少々変でした。実はその辺りについて、日刊ゲンダイの記事(5-24 付け)が、「小泉首相 飛び交う重病説」との見出しでこう報じたのです。

小泉首相のきのう午前の国会答弁は、誰が見てもおかしかった。公明党の赤松正雄衆議院議員が、「鈴木宗男問題は特殊な人物がたまたま起こした出来事なのか、それとも他に原因があるのか」と、〝宗男問題〟について質問。小泉首相の答弁は、こんな調子だった。

「鈴木問題と、今回の瀋陽、ロシア支援委の外務省の対応は相手国も違うし、いろいろ問題もあるが、私はご指摘の対応ぶりというか‥‥(沈黙)外務省の‥‥(沈黙)大きな問題もあるとの指摘については、私は確かに指摘の点もあると思うが、要するに、普段から‥‥(長い沈黙)非常事態にどう対応するか、心構えが必要だ」いったい何を言いたいのか支離滅裂。さすがに「何を聞かれているか分かっているのか!」とヤジが飛び、質問者の赤松議員が「総理、ちょっと、お疲れのようで」と気遣ったほど。

この記事、議事録と照合しても、(見出しはいささかオーバーですが)、ほぼ正確。こうした夕刊紙に特有の誇張や誇大表現が使われているわけではありません。いやむしろ現実はもっと深刻で、新聞は少し自制を効かせすぎているとさえ思えました。なぜかというと、小泉さんは二つの問題を取り違えてしまっていました。私が鈴木宗男問題を訊いたのに、瀋陽総領事館事件についての外務省の対応ぶりを答えていたのです。私は限られた持ち時間(35分)なので、それ以上こだわることは避けようとしました。すると、後ろの野党席から「きちっと答えろ」「(質問)止めるな」「もっと分かりやすく質問しろ」と猛烈なヤジが飛び交いました。

あまりにうるさいので、私は「後ろのヤジに答えるわけじゃありませんが、もう一度今の前半部分のことにお答えいただきたい」と再質問しました。すると、小泉さんは「私ははっきり答弁しているつもりですよ。具体的に言っていただければ、はっきり答弁しますし、抽象的な点だったら、抽象的に答弁します」ーこの答弁で私は少々切れてしまいました。自分がでたらめな答弁をしておきながら、開き直って、はっきり答弁してるといい、そのうえ、「具体的に」という。要するに、私の質問の仕方が抽象的だと言わんばかりだったのです。しかし、その後は態勢を立て直して、最後まで質問しました。ですが、終わってから、私の気分が収まらなくなってしまったのです。5日ほどが経っていましたが、ホームページに心情を吐露してしまいました。それが飛んでもない波紋を呼ぶことになってしまったのです。(2020-5-6公開 つづく)

 

 

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