【39】沈黙は拒否するとの呼びかけ——岡部芳彦監修『魂の叫び ゼレンスキー大統領100の言葉』読む/6-13

 「セルフィーマン」──この本の監修をした岡部芳彦さん(ウクライナ研究会会長、神戸学院大教授)は、ゼレンスキー大統領から、こう呼ばれたとのエピソードを「はじめに」で紹介している。3年前の9月にウクライナ版ダボス会議と称される「ヤルタ・ヨーロッパ戦略会議」に出席した主要ゲストの集合写真の撮影のあとのこと。岡部さんが同大統領とツーショットを撮りたいと頼んだものの、シャッターを切ってくれる人がいなくて困った。その時彼が岡部さんのスマホを取り上げて自撮りしてくれた。1ヶ月経ち、即位の礼に来日した同大統領は、出迎えの列の中にめざとく岡部さんの姿を見つけ、冒頭の言葉を発したというのである。この最初の出会いの時のゼレンスキーが自撮りしてくれた写真を、2人で持ったショットがこの本の監修者紹介欄に掲げられており、微笑ましい◆当時、ヴォロディーミル・ゼレンスキーも岡部芳彦も日本ではあまり知られた存在ではなかった。だがロシアのウクライナ侵攻から100日が過ぎ、ゼレンスキーを知らない日本人はいないようになり、岡部さんも単なるウクライナ好きの大学教授だけではなくなった。この本は、ゼレンスキー大統領が口にした短いが魂のこもった100の言葉を岡部さんの解説と共に紹介した本である。恐らく編集スタッフが集めた語録の中から岡部さんが選びだし、それに解説を加えたのだろう。同大統領をめぐっては率直に言って、「喜劇俳優上がりの政治の素人が世界の人々の心を揺るがす名政治家になった」との評価が一般的である。この戦争がなければちょっと変わった平凡な政治家に終わったはず、とのしたり顔の解説も出回っている。未だ戦争が続いている中で、歴史がどう評価するか未決着の中での、危うい試みであることを百も承知で出された本だが、何はともあれ読んだ。その結果、深く心を揺さぶられた◆色んなことを考えさせられる。今も、そしてこれからも、たびたびこの本は開くことになるに違いない。100の言葉の中で、私なりのキーワードを一つ挙げる。それは「沈黙」という語句だ。3箇所に登場する。最初は、【043 悲劇は繰り返される】で「同じバビ・ヤールの地に砲弾が落とされても、世界が沈黙しているならば、80年間、『二度と繰り返さない』と言い続けてきたことに、いったいなんの意味があるというのだ。少なくとも5人が殺された。歴史は繰り返す‥‥」(2022-3-2 twitter の投稿より)    二つ目は、【069 沈黙は拒否する】で「われわれを支援してほしい。どんな方法でも。しかし、沈黙以外でだ。」(2022-4-3 第64回グラミー賞でのオンライン演説より)  三つ目は、【074 沈黙のナチズム】で「ナチズムは沈黙の中で生まれるのです。だから、民間人の殺害について、叫んでください。ウクライナ人の殺害について叫んでください。」(2022-3-2 大統領公式HPより)  岡部さんの解説で、キーウ近郊バビ・ヤールで、先の大戦下に僅か二日間で34000人ものユダヤ人が虐殺され、このたびロシア軍によって同じ地にあるホロコーストの被害者たちの追悼施設が爆撃の被害にあったことを知った◆「沈黙以外の方法で支援をしてほしい」これがこの本でのゼレンスキー大統領の言いたいことのエッセンスに違いない。彼は、グラミー賞授賞式の場で、「音楽とは真逆のものは何か」と自問し、「破壊された都市と殺された人々の静寂である」と自答し、「戦争では誰が生き延び、誰が永遠に静寂にとどまるのか、自分たちでは選べないのだ」と付け加えた。そして、集まったアーチスト達に「『あなたたちの音楽で』で、ロシアの爆撃がウクライナ街にもたらした『沈黙』を埋めてほしい」と呼びかけたという。感動せずにはおられない。日本の国会でのオンライン演説では「非難した人たちが、故郷に戻れるようにしなければならない。日本のみなさんもきっと、そういう気持ちがお分かりでしょう。住み慣れた故郷に戻りたい気持ちを」の言葉が選ばれている。あの時の演説では、日本の支援への感謝の言葉が目立ち、チェルノブイリ原発への言及が印象に残った。世界唯一の被爆国日本へのメッセージとしてはインパクトが弱く、物足りない気がしたものだが。(2022-6-13)

 ※参議院選挙が終わるまでしばらく休載します。

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