【34】最も易しいことが最も難しいー小説『新・人間革命』第8巻「清流」の章から考える/10-7

●「敵」に対して常に意識を持て

 1963年(昭和38年)7月言論部が発足し、第一回の全国大会が開かれます。前年の11月に月刊雑誌『言論』が発刊されていました。これは民衆の支配を目論む権力の野望や、「正義の言論」を封じ込めようとする邪悪な動きに対抗する目的を持って作られたものです。かつて私も愛読しました。創価学会批判が大手を振って週刊誌や月刊誌の紙面を賑わしていた頃と違って、昨今は少々様変わりをしています。ただいつ何時、またぶり返してくるやもしれません。

 「常に正確な情報をつかんで、敏速に応戦していく。敵との攻防戦においては、このスピードこそが死命を制する」(202頁)「正義の言論の矢を放ち続けることである。その不屈なる魂の叫びが、人びとの心を揺り動かす」(204頁)とあります。

 現在の「敵」と呼べる集団は、日蓮仏法の亜流派や「日本会議」や共産党のような左右の政治勢力など、より専門化してきています。公明党の与党化とも相まって、以前のような自民党筋からの攻撃は、なりを潜めています。ですが、だからといって、学会理解の深化とは必ずしも一致しません。そのあたりを踏まえて、批判精神をたぎらせて、いつでも応酬できるように「腕」を磨いておく必要があろうと思われます。

●何があっても疑わないこと

 長野市で7月30日に開かれた中部第二本部での幹部会に出席した伸一は、会場で「功徳を受けたという方は手を上げてください」と呼びかけます。そして、信仰は「自分が功徳を受けるためのもの」であり、「そのための仏道修行であり、学会活動である」ことに触れます。さらに、「幸福の要諦は自分の心に打ち勝つことであり、何があっても『無疑曰信』(むぎわっしん=疑いなきを信という)の清流のごとき信心が肝要であることを訴えていった」のです。(208~209頁)

   さらに、ここで、疑いのない信の代表例として赤ん坊が母親のお乳を呑んで成長することが挙げられています。確かに赤ん坊はそうです。お母さんのお乳が気に入らないとか、もっと違うものが欲しいという赤ん坊などいるはずありません。ただ、それと信仰も同じようにせよ、と言われても、これは難しい。ある意味、最も易しいことで一番難しいのが「信じる」という行為であり、ひたすら「拝む」「祈る」ということです。

 普通は、「疑う」気持ちが起こります。私もそうでした。今もなお、そういう気持ちが皆無かというと、それこそ疑わしいでしょう。ただ、言えることは、いわば〝絶体絶命の時〟に、「拝む」と、不思議なことに〝追い詰められた状況〟が一変するのです。勿論、すぐにというわけではありません。それなりに時間はかかります。私の場合、これまでの信仰生活56年の間に、真底から困り悩んだケースが三回ほどありました。

 一度は22歳のときの肺結核、二度目は衆議院選挙の落選後の二度目の挑戦、三度目は、私の身から出た錆とでもいえることが原因で鬱状態に陥ったことでした。議員時代のことです。それぞれ、あれこれ理屈を言ってる場合ではありません。ともかく助かりたい、何がなんでもこの苦境を脱したい一心になりました。他の解決法はなく、もう拝むしかない、という状況でした。そして、3ヶ月から半年くらいの間に、それぞれ地獄の苦しみがパッと消え、平常に戻ったのです。その間、共通しているのは、しゃにむに、無我夢中で拝んだということなのです。文字通り清流のような心境でした。(2021-10-9一部修正)

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