【56】思わせぶり満載で楽しさ一杯━━『或る夜の出来事』を観て/2-17

 見終えて3週間ほど経つが、今も記憶に鮮明に残る。実に面白かった。フランク・キャプラ監督の手になる爽やかな喜劇である。米国では「スクリューボール・コメディ」と呼ばれるジャンルに属すそうな。要するにドタバタでなく、ひねりが幾重にもあってためになる楽しい映画ということか。苦しいことのみ多く、楽しいことがなさそうな石破茂さんに見せてあげたい。前回取り上げた同じ監督による『スミス都へ行く』と併せて彼にいま見せると、喜ぶことうけあい(だろうと思う)。父親が嫌う男を好きになって結婚をしようとする娘。どこにでもある話だが、この親父がめちゃくちゃ大金持ちで、娘がとことんじゃじゃウマだと少し様子が違ってこよう。親父お抱えの船の中で娘は軟禁状態だったのだが、咄嗟に海に飛び込んで逃げ出す、てなところから話は始まるのだ◆この娘の逃避行に絡んでくるのが、編集長から「クビだ」と罵倒された、粋メンだけどヘンチクリンな新聞記者。この2人、ニューヨーク行きのバスの中で偶々一緒に乗り合わせる。娘の失踪に多額の懸賞金がかかったこともあり、記者はこの家出話の一部始終を書こうとの下心あってか、何かと世話を焼く。娘は当初、徹頭徹尾避け通そうとするが、やがて、という筋立て。その旅の途上であれこれと気を揉ませるシーンが続出するってしだい。道中、相席の男客からうるさく絡まれ難渋している娘を、「人の女房になにをする」とばかりに助けを買ってでる場面や、長い車中での〝暇つぶし的歌合戦風シーン〟など見応えたっぷり。ちょっと離れたところには航空機、近場は車が通り相場で、列車は勿論のこと、長距離バスも殆ど馴染まない米国での珍しい光景が続く◆この記者を演じるのがクラーク・ゲーブル。家出娘役はクローデット・コルベール。ゲーブルといえば、『風と共に去りぬ』が忘れがたい。あの映画でも、ビビアン・リー扮する稀代まれな(と思える)ジャジャウマ娘を相手にしていた。この役者は、はみ出し女をコントロールする役回りがうってつけのように見える。一方、記者役で思い出すのは『ローマの休日』で、堅苦しい一行から抜け出した王女と一日付き合うグレゴリー・ペックである。大富豪の娘と王家の娘を扱い、その顛末を記事にしようとするところも、この2つの映画はおんなじ。いやそれどころか、男ものパジャマを女が身につけるシーンなどなど、細かい場面で似てる場面が色々と出て来る。比べてみるのも映画の味わい、見どころかもしれない◆もう一つ、この映画で印象深いのは、「ジェリコ(エリコとも)の壁」の登場である。身知らぬ関係の若い男女が一つ部屋で夜を過ごす羽目になって、さてどうなるか。この映画で、ゲーブルがコルベールと同宿することになって、2人のベッドの間にロープを吊るし、毛布をかけて仕切りながら、ジェリコの壁云々と口にする。これは旧約聖書のヨシュア記に由来する伝説の一つで、キリスト教的世界ではしばしば使われる話とのことだが、難攻不落の城=壁を意味する。ラストシーンで、角笛が鳴る云々とのセリフが聞こえるが、それによって壁が崩れるという算段である。こう読んでもわからんという向きは、ものの本ならぬネットで調べて頂くしかない。この映画が発端なのかどうか。以前に見た映画でも同じようなシーンがあったような。漱石の小説『三四郎』にもあった(この場合は畳の上での境界)ぞ、という風に。ひらひらと我が記憶は飛び回るのだが。それがどうしたと言われそうなので、ここらあたりで止めておく。ともあれ、フランク・キャプラはすごい。彼の主な作品で未だ見ぬ『オペラハット』を早く見てみたい気持ちで今はいっぱいだ。(2025-2-18)

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