⚫︎「七人の侍」の感動を呼ぶ3つの角度
幾たびかみて、みるたびに新たな感慨を抱き感動を覚える。紛れもなき時代劇最高傑作の一つである。過去にこの映画を英国の映画関係者がその道に進む予定の若者たちに、様々な角度から講義している記録映像を見たことがある。相当前のこととて細部はすっかり忘れてしまったが、この映画がいかに監督と脚本家たちが考え抜いて作り上げられたものかを礼賛していたことだけは明確に覚えている。ここでは、私自身が感動した3つの角度と4つの場面について述べてみたい。
野武士の群団に襲われ続けたある集落の農民たちが浪人たち7人を雇って、多くの犠牲を伴いながらついに追い払うという物語。第一の感動は、ラストシーンで「勝ったのは農民たちだ」とのセリフを浪人たちのリーダー(志村喬演じる勘兵衛)が口にしたように、無法な盗賊どもに対して傭兵の力を借りた農民たちが艱難辛苦の末に勝利を掴んだことである。このストーリーは弱者の生きゆく道を指し示して印象深い。第二は、7人の侍たちを雇うにあたっての苦労談と、戦闘に備えての綿密な陣立てと、雨中の壮絶な戦いという3つの切り口にみる鮮やかな展開である。映画は休憩を挟んで2部構成だが、実質的には3つの段階があり、そのいずれにも〝農民のしぶとさ〟とその力を引き出す侍との力合わせが光る。第三には、侍と農民双方における老、壮、青三世代の持ち味の発揮が胸を打つ。壮年の凄みと若者の初々しさと年寄りの老獪さがこれほど巧みにミックスされた映像は稀有だと思われる。
⚫︎時と空間を超えて忘れがたい名場面4つ
この映画には忘れ難い名場面が幾つもあるが、4つに絞る。第一は、三船敏郎扮する菊千代が農民集落にたどり着いて、馬に乗ったのはいいものの、この馬を乗りこなせず、落馬するシーン。農民や侍たちが遠くから見ているところ、藁葺き小屋が続く場面で左から右へと走り込むが、出てきた時は馬のみ。しばらく経って菊千代が足を引き摺りながら「おーい待て、こらぁ」と叫んで追いかける場面。閑話休題の笑いが新鮮だ。いつもの剣豪のイメージとは打って変わって、三船が道化役を演じ切る珍しい役どころだがその極めつきシーンがこれである。
第二は、千秋実扮する平八が、農民と侍の連合軍に「旗印」が必要と、六文銭ならぬ6つの丸の下に三角印と、「た」という字を幟に書く。丸は侍6人を意味し、三角は半人前の菊千代とのことで笑いを誘う。「た」の字は田畑のたで、百姓たちを象徴する、とのこと。戦いの最中は皆の心意気を表して翻るものの、平八始め多くの戦死者を出した後はたまらなく切ない思いに駆られてしまう。心に響く音楽と共に長く心に残る。
第三は、宮口精二扮する寡黙で必殺仕事人ともいうべき侍の刀捌き。一貫して不死身の剣術家の佇まいで、若い木村功演じる勝四郎の憧れのまと的存在だが、不覚にも最終場面近くで鉄砲に撃たれてしまう。その時にも敵の弾道の方向を仲間に示した上で斃れる。骨の髄までの剣の使い手を感じさせ、印象深い。雨中、泥の中での壮絶そのものの働きぶりは観るもののこれぞ記憶に永遠に残るに違いない。
第四は、盗賊たちのねぐらを3人の侍と、女房を連れ去られた農民の利吉らが襲う場面。酒池肉林の宴のほとぼり冷めやらぬところに、火が放たれた。燃え盛る火の中から逃げ出てきた女房と利吉の目があった瞬間。彼女の顔が激しく強張り、再び火中に戻る。その両者の心情たるや察して余りある切なさだ。これまた燃え盛る火と共に長く忘れられない。
以上、いたって思いつくままの恣意的な感想を述べてみた。当然ながら人それぞれに印象は異なろう。こういう名作を観ることが出来て、日本人で良かったなどという大袈裟な思いを抱くのは私だけだろうか。(2025-5-5)
※これにて映画録(懐かしのシネマ)はお休みにします。短い間でしたが、ご愛読に感謝します。