【60】さい帯血バンクの活動支援に関与ー平成18年(2006年)❹

●腰痛とのたたかいー階段とカイロと

5月に入って厚労省の一階エレベーターホールにポスターが貼り出されました。「始めてますか?階段利用」というポスターです。エレベーターを使わず、階段を使って歩くことで生活習慣病を予防しようという狙いが込められていました。

私も厚労省に通うようになって、10階の副大臣室まで歩くことを心がけました。云うは簡単ですが実行するのは大変でした。この頃、私は若き日に痛めた腰がよくなく、身体にいいからとジョギングを暫くしても、すぐに腰痛を併発する有様でした。丁度そんな時に、遠山清彦代議士の紹介で、日本カイロプラクターズ協会の村上佳弘事務局長が副大臣室にやってきました。「カイロは欧米や豪州、アジア各国で正式な医療に位置づけられ、大学医学部の教科にも組み入れられているのに、日本ではそう扱われていない。このため豪州の大学の分校という形をとっている。何とか日本でもカイロが市民権を得られるようにして欲しい」ーこれが要望内容でした。

私はそれまで、腰痛が起こると、鍼灸、整体、整骨院などのお世話になっていましたが、カイロについては全く無知でした。そこで、まずはものは試しに、と村上さんの治療を個人的に受けるようになりました。60歳を迎える年のことです。いらい、多少の紆余曲折を経たものの、腰痛は完治しました。のちに、予算委員会分科会で質問に立ってカイロの効用を説くまでになり、やがて、村上さんと一緒に『腰痛にはカイロが一番』という電子版小冊子まで出版するようになったのです。

●さい帯血バンクの諸活動を支援

さい帯血バンクに関する動きを支援したのも副大臣時代の仕事の一つです。兵庫県には有田美智世さんという永年にわたってこの問題に取り組んできたリーダーが在住しています。彼女は当時、NPO法人兵庫さい帯血バンク(理事長=芦田長司元県副知事)の副理事長でもあり、様々な運動を展開し、公明党が最も支援してくれているとの率直な発信をしてくれていました。

私も搬送ボランティアの皆さんたちと一緒に、採取病院(久保みずきレディースクリニック=神戸市)から、兵庫臍さい帯血バンク(西宮市)まで搬送を体験したうえで、同バンクの視察に行ったりしました。この体験談めいたものを、同バンクの機関紙に寄稿していますので、以下に掲載してみます。

【さい帯血の搬送にボランティアの方々と同行して、三つの感動をした。一つは、生まれたばかりの赤ちゃん7人と会えたこと。みずみずしい生命に無限の活力感じた。二つ目は、雨の日も風の日もたゆまず続けてこられたボランティアの女性たちの努力。持続は力を実感した。三つは、何もないところから今日までに、さい帯血バンクの運動を盛り上げてきた有田さんの努力。当初から知っているが、そのエネルギーには感服した。

搬送に同行させて貰った後、NPO法人兵庫さい帯血バンク理事長芦田長司氏の要望を受け、東京さい帯血バンク理事長の青木氏から保険適用に向けての具体的提案などを聴く一方、厚生労働省の臓器移植対策室長からさい帯血の現状を聞くとともに、さい帯血バンクの運営状況などの報告を受けた。11のバンクの収支状況は、人件費が多大のウエイトを占めていることや、保険適用をめぐる問題の所在が理解できた。引き続き多方面から問題の所在を探っていきたい。】

この運動は、その後10年(2014年に終了)に渡って続けられました。山本香苗、古屋範子、高木美智代さんら公明党出身の女性の厚生労働副大臣たちが先頭に立って、私が関わった仕事を受け継いでくれて確実に実績を残してくれていることは大きな誇りです。

実は、有田さんは「へその緒通信」なるコラムを雑誌『灯台』に連載していました。この年の10月号に、微に入り細にわたって、私のことを書いてくれました。これは、さい帯血事業をめぐっての私に対する厚生労働省の担当官の説明がずさん(同事業は全てうまくいっているという捉え方)であることを見抜き、的確な対応をアドバイスしてくれたことがベースになっています。このあたりについて、以下のように書いています。

【私は公明党の現場第一主義の強みは、現場の人間と直接対話をしているからこそ、官僚にごまかされないということを実感しました。赤松さんにとって、さい帯血の問題は、山のようにある厚生労働省の仕事のほんの一部分でしょう。でもそうした仕事に対しても、正しい情報を手に入れ、素早く矛盾点を糾し、的確な行動をしようという姿勢を貫いてくれています。私は、こうしたフットワークの軽さが公明党の議員の身上だと思うのです。】

有田さんのいうがままに動いた結果に過ぎず、私がボーオッとしていて、危うく騙されそうになったところを彼女に助けられた(見出しは、「現場第一主義であれば官僚にだまされない」となっていました)に過ぎません。恥ずかしい限りの顛末でもありますが、ここは素直に喜ぼうと思いました。

●朝日新聞のコラム「政態拝見」に登場

当時、朝日新聞のオピニオン面に『政態拝見』なる大型コラムがありました。6月6日付けには、「ヤジと怒号」というタイトルのもとに、「『国家』を論じる作法とは」との見出しで、ヤジと怒号ばかりの若い自民党議員たちの態度を嘆き、嗜める一文を、根本清樹編集委員が書いていました。そのコラムの最後の部分に私のことがしっかりと書かれていました。以下にそのくだりを引用します。

【小泉政権最後の通常国会も、会期末が迫ってきた。耐震強度偽装やライブドア事件など「4点セット」が今国会の焦点だと言われていたころ、もう一つの重要な4点セットが存在すると力説していたのは公明党の赤松正雄氏だ。憲法改正国民投票法案であり、教育基本法の改正であり、防衛庁の「省」昇格法案である。

現在は厚生労働副大臣だが、憲法や安全保障を専門とする赤松氏らしい着眼だった。民主党の「偽メール」問題で、本来の4点セットは後景に退いた。赤松版4点セットも、軒並み先延ばしになりそうである。赤松氏はいま、「いずれも簡単に片付けていい話ではない。じっくり腰を落ち着けて議論すべきだ」と話す。

毎年の予算や、時々の政策課題を、政治は日常的に処理していかねばならない。しかし、憲法など「国家のありようそのものに関する問題」については、別途、「恒常的に議論していく場」が必要だという発想である。こうしたテーマを扱う場合には、少数政党の意見によく耳を傾けていくべきだとも言う。「この点、私は共産、社民びいきだ」そのような議論の進め方に、日本の政治が習熟しているとは言い難いが、赤松氏は「ここ数年にわたる憲法論議がひとつのトレーニングになった」と希望を語る。当選一回とおぼしきヤジ議員たちのトレーニングは、これからか。】

これを書いた根本編集委員は、その後政治部長を経て、天声人語子となり、論説委員長となっています。公明党担当、憲法担当として長く付き合いました。私が深く尊敬する言論人のひとりです。(2020-6-29公開 つづく)

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