何をするかがすべてー上甲晃『人生に無駄な経験などひとつもない』を読む

野田佳彦元首相が民進党幹事長を辞任する一方、前原誠司元外相が代表選挙に出馬するとか、細野豪志元環境相が同党を離党し、新しい政党立ち上げを模索するといったニュースに接すると、改めて民進党という政党を構成するメンバーの大きな柱が松下政経塾出身者であることに気づく。故松下幸之助翁の肝いりで作られた「政経塾」は果たして成功したのか、それとも失敗したのか。総理を始めそれなりに優秀な政治家を輩出したということでは当初の狙いは十二分に達成したというべきだろう。しかし、松下翁に見込まれ、かつて塾頭を務めた上甲晃氏(志ネットワーク代表)のその後の闘いを見ていると、どうも違う感じがしてならない。「お前さんたち、何をしてるんだ。大臣になることが目的ではなく、何をするかではなかったのか」との叱声が聞こえてきそうだ▶上甲晃『人生に無駄な経験などひとつもない』を読むといいよ、と薦めてくれたのは前高砂市商工会議所会頭の渡辺健一氏(ソネック相談役)。この人がいかに上甲氏に入れ込んでいるかは、先年姫路に上甲氏率いるネットワークの仲間たちを全国から招いての集会をもたれた時に心底からわかった。「理屈ではない。行動をすることでこの世におけるひとの志が分る」ということが彼らを貫く心意気に違いない。衆議院選挙に私が出るという頃ー今から30年前ーから陰に陽に激励を受けているが、このひとの思想と行動の軌跡は大いに心震わせられる。「戦争の20世紀」から「平和の21世紀」へとの転換ままならぬ今を生きる人生の伴走者として▶この本から伝わって来るメッセージは、逆境こそ飛躍するチャンスであるとの一事に尽きる。事態は受け止め方次第でどうにでもなるとの信念を持ち、志を高く掲げよとの松下翁の教えを微に入り細に渡り説いている。「難あり」を「有難い」に変えるのも「志」の力だとの言い回しを始めとして全編に筆者の強い意欲がひしひしと迫って来る。思えば、私も50年前から、これとほぼ同じ考え方を学んできた。ここになく、我々にあるのは祈る力である。一念次第でいかなる逆境も乗り越えられると教えられ、また伝えてきた。あらためて共通するものを感じる中で、特定の信仰を持たぬ指導者としての松下翁の凄さを思う▶あとがきで、筆者は①右肩上がりの経済➁資源浪費型社会③お金万能社会④他人依存型社会⑤ふやけた贅沢病ーこの5つときっぱり別れることを提案している。そして➀質的に掘り下げた経営➁資源エネルギー節約型社会③足元の生活をしっかり励む④自分のことは自分でする⑤質実剛健の生き方をするーことへの転換を説いている。現在只今の一瞬においてこうした生き方が日本社会そのものに問われており、志が問われている、と。松下政経塾出身ではない私にも、様々な意味で耳が痛い提言として聞こえてくる。今再びの思いで、大いなる志を掲げ、経験を積み上げようと決意するに至った。(2017・8・11)

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『チーム・バチスタ』いらいの凄い医療ミステリーー岩木一麻『がん消滅の罠』を読む

厚生労働省の官僚が登場する医療ミステリーと云えば、海堂尊『チーム・バチスタの栄光』。あの小説が出たばかりの頃、海堂さんと講演会でお会いして、名乗ったところ、「読書録に取り上げていただき、有難う。感謝します」との言葉を賜った。厚労省の仲間にも面白いと薦めまくった。懐かしい思い出だ。それ以来の今再びの感動を伴う本を読んだ。岩木一麻『がん消滅の罠 完全寛解の謎』である。ここでも患者のひとりが厚労省の役人。尊敬する先輩の元郵政大臣から勧められて一気に読み終えた。確かに引き摺り込まれる。この著者、今は医療関係出版社に勤務しており、医師ではないが、医療研究者だった。医師不足が取り沙汰される今日、人材流出がちょっぴり心配にされるというのは、オーバーだろうか▼この役人を含む4人が立て続けにがんで余命いくばくもないと宣告されながら、保険の生前給付金を受け取った途端に、まるで魔法にかけられたように病巣が消えてしまう。「殺人」ならぬ「活人」といえる奇妙奇天烈な事件の連続。そこに、生活弱者層と富裕層の双方をターゲットにしたかのような謎の病院の登場。影の主人公である黒幕と思しき「先生」の復讐譚も絡んで……。「私、失敗しないんです」の名セリフを生み出した米倉涼子主演の人気テレビ番組『ドクターX』をも連想させるほどドラマティックな展開。前半は人が死なないから、ある意味爽やかに読めるが、最終盤は一気に血も見る壮絶な展開を見せるなかで、謎解きは急展開。とりわけ最後の一行があっと言わせる大逆転。夏休みの読書計画に是非入れてみたら、とお勧めしたい▶褒め過ぎばかりでは能がない。かといって粗探しはもっと品がない。とはいうものの海堂さんのものに比べるとコクがないように感じられ、少々筋立てが粗っぽいかなあと思った。で、最後の解説を心待ちにして(人はどう読んだか、と気になって)捲ってみたら、第15回「このミステリーがすごい!」大賞の選考委員たちの選評が並べられていた。「前代未聞、史上最高のトリック!医療本格ミステリーの傑作登場!」「日本医学ミステリー史上三指に入る傑作」などと絶賛の見出しがずらり。その一方で、「もろもろの小説的な弱点は枝葉末節」とか「随所で専門的な説明に傾きがちなのも難か」「会話など小説的完成度に若干の不満が残るのは惜しまれる」などとケチも忘れられていない。著者にとって最も気になる励ましは「デビュー後が大変だと思うものの、書き続けることで実力をつけてほしい」との言葉だろう。余計なお世話だろうが▶私が厚生労働省に御厄介になっていた頃の事務次官は辻哲夫さん。歴代次官の中でも卓越した能力の持ち主だと思われる。この人と引退後も時々会っているが、「医療の道も含めて日本の諸課題解決に向けて、医師たちがどう活躍するかが日本の未来を決する」といって憚らない。金儲けに関心を持ちがちな開業医、ただ忙しいだけの勤務医。こういった医療現場の実情はともあれ、間違いなく日本の知的水準の最高位にある職業は医師だろう。それだけに、彼らが日本の最前線で課題解決に仁王立ちになってくれるようなインフラ整備をしたいし、してほしいとの意思を吐露される。すごいミステリー小説を読み終えて、むしろ解決多難な現実問題の謎解きが気にかかっかってならない。(2017・8・3)

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自衛隊取材の環境はなぜ激変したかー杉山隆男『兵士に聞け 最終章』を読む

「あしたフライトがないときは、とりあえず、あしたは死ぬことはないな、と思います」ー27歳のパイロットは、こう言ってフライトがない前日は思いっきり吞むという。「もし自分たちが乗った飛行機に何かあったら、十人の部下の家族を一軒一軒たずねて、機長の妻として頭を下げてくれ」ーP3C機長の夫は、結婚にあたり妻への最初の頼みとして、こう言った。「任務の特性上、必ず帰ってこられるという保証はどこにもありません」ーそれでもよろしければ結婚させてください、といきなり最悪の話から切り出した。何れも、杉山隆男『兵士に聞け 最終章』にある。この本を読みつつ、私は姫路
の第三特科連隊(当時)付近での懇談会の場でのある母親の発言を思い出した。それは、ほぼ30年前のこと。自衛隊がPKO任務を初めて帯びてカンボジアに派遣されるというニュースで持ち切りのとき。「そんな危ないことをさせるために自衛隊に息子を入れたのではなかったのに」という慨嘆の声であった▼こうした自衛隊員をとりまくありのままの姿は知られているようでいて、意外に知られていない。私は20年間の国会議員時代の大半を安全保障委員会に所属していたので、それなりに分かっているつもりだが、それでも表面上だけで、隊員の生活ぶりなどは全くと言っていいほど知らない。兵庫県なら伊丹市に方面の拠点があるし、宮崎の新田原航空基地や、沖縄の那覇基地など全国各地の自衛隊基地を訪れたり、米軍基地も僅かながら訪問した経験も持つ。しかし、所詮は上っ面だ。であるがゆえに、自衛隊員の日常を描いた本には興味を持って追いかけてきたつもりだ。この本には冒頭に挙げたようなものから、災害派遣の現場で、低体温症や高山病で”戦列”
をやむなく離脱する若い隊員の赤裸々な姿まで”様々な真実”があぶり出されて興味深い▼杉山隆男『兵士シリーズ』はこれで7冊目。取材を始めてから足かけ24年になるという。最初の頃から読んできたが、自衛隊をめぐる問題の貴重な情報源だといえた。題名からもわかるように、今回で最後の作品になるというが、残念なことだ。なぜ今回で終わりになるのか。著者はあとがきで「取材環境が激変したこと」を一番の理由に挙げている。今までは隊員と一対一で話を聞くことができたのに、今回は、「自衛隊の広報が絶えず立ち合い、私が歩くところには必ずお目付け役のようにして基地の幹部がついて回った」というように、一変したというのである。このため個別のインタビューなどもできにくくなった、と。このあたり実際はどうなのか。自衛隊の側の言い分もあろうし、単に杉山氏がもう自衛隊を追いかけるのに疲れたのだけかも知れない▼それよりも、気になるのは日米同盟の名のもとに、自衛隊の中でアメリカの存在がさらに大きくなっていくことへの危惧を述べているくだりだ。「神は細部に宿り給う」という最後の章で「まわりに漂う匂い」の一片として、「3・11」の一か月後のトモダチ作戦の日米間の連絡調整の場で偶々同席した時のことを挙げている。場所は仙台だが、およそ日本ではないような空間であったことに強い違和感を感じた、と。作家・開高健がベトナム戦争のさなかに、「本質はしばしばそのまわりに漂う匂いの中に姿をあらわしている」として、様々な「細部」を書きとどめていったひそみに倣って、杉山氏が追い続けてきたことが明かされる。杉山氏は、日本における米軍の存在がこの24年間でいやまして大きくなってきていることを痛切に感じていると述べる。かつて「自衛隊は日本人にとって、鏡の中のもう一人の自分」と書いたが、あと何年かすると、「鏡をのぞいたら、見たこともない他人が見つめていることになるのかもしれない」と結んでいて、思わせぶりだ。南スーダンにおける日報をめぐる稲田防衛相、黒江事務次官らの一連の対応は文字通り目を覆うばかりだった。ようやく退任を決断したが、もはや遅すぎる。自衛隊の最前線と最高幹部との大いなるズレこそがすべての元凶と思われる。杉山氏の懸念も正鵠を射ているように思われてならない。(2107・7・27)

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読まぬ阿呆に読むあほうー中路啓太『もののふ莫迦』を読む

「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃソンソン」ー読み進めながら、ご存じ阿波踊りの一節をしきりに思い出した。読まぬ阿呆に読む阿呆、同じ阿呆なら読まなきゃソンソン、と。久方ぶりに、「巻を措く能わず」と形容したくなるホントに面白い小説に出くわした。中路啓太『もののふ莫迦』である。滅法面白いからあっという間に読み進めると言っておきながら、「読む阿呆」とはなんだと訝しがられるかもしれない、その理由の一端は後に触れる。この小説、実は私が青春期に記者をしていた『公明新聞』に連載された小説である。これまでも同新聞は、火坂雅志の「安国寺恵瓊」ものや、葉室燐の「赤穂浪士」にまつわるものなどの歴史小説で数々のヒット作を世に提供してきた。今度のものは「加藤清正」と対峙する架空の人物・岡本越後守が主人公。中路さんという作家は東大の人文社会系研究家博士課程を中退し、38歳頃に作家デビュー。この10年余りで、吉川広家、毛利勝永らの歴史上の武将を取り上げたり、「槍の勘兵衛」や「もののふ越後」などの新しい武士像を作り上げてきた。これだけ面白い小説を登場させながら、新聞小説の場を提供しただけの媒体は、本になっても全く世間に紹介されないというのはちょっぴり悔しい思いもする▼小説の時代背景は、豊臣秀吉による統一がなる直前から「関ケ原」辺りまで。前半の舞台は九州は肥後の国で展開。主人公「越後守」がとある村で破天荒そのものの、ものふぶりを発揮、作中世界に一気に引込まれる。後半は朝鮮に場所を移し、秀吉の命を受け半島に出兵した加藤清正らの壮絶な戦いぶりが手に汗握らせる。しかも、加藤配下から朝鮮側に寝返った「越後」との息詰まる死闘が繰り広げられ、みじんも飽きさせない。この流れの中で、「もののふ」をめぐっての生き方の是非が繰り返し提示される一方、男勝りの姫・たけと二人の「もののふ」との愛憎が基底部を深く愛おしく流れる。誰もが歴史上の史実として大まかに知っているストーリーが壮大な筆致で語られる。と、同時に作りごととしてのお話が巧みに織り込まれて息を吞みつつ推移する。いやはや、たまらなく面白い筋立てだ▶さて、「もののふ莫迦」で作者・中路さんは何を言いたかったか。ただ単に面白いといって済ませられないだけの芯の強さが読後にずしりと残る。この小説の前半の山場、清正と越後守との対決場面。「聞かせてもらおう。そちがさきほどから申しておる、そのもののふの道とはなんだ」と清正が訊く。これに対して越後は「恥を知ることにござりまする」と。この小説に一本通る太いテーマが、今の世の中、「恥知らずが多すぎるということ」だろうと、つまり「もののふ」がいないことに尽きるとの問題提起である。中路さんは、現代における「恥の喪失」を憂え、ほんものの人物を見いだせない社会状況への警鐘を乱打したかったのではないか。倫理観が問われるような事件がおきても、弁明の中で「恥ずかしい」という言葉を聞くことは稀だ。教師や警察官としてあるまじきことを行っても、また大学教授や医師として本来してはならないことをしても、彼らから出て来る言葉は「申し訳ない」。「恥ずかしい」という言葉は殆ど出てこない。「申し訳ない」とは、周りへの迷惑に謝ったとしても、自らのあるべき姿に言及していない。かくいう私が生きてきた政治家の世界でも、ジャーナリズムの世界でも同様だ。この小説を読んでいて、ただただ無性に恥ずかしくなる自分を感じた▼肥後・熊本での加藤清正の人気は圧倒的だ。姫路はお城が世界文化遺産であっても、関係する歴史上の人物で、清正を上回る武将や城主を持たぬ点で劣る。そう思ってきた私だけに「清正」が一層まぶしく見える。この小説で「清正」を既成の、出来合いのリーダーとしておき、それのアンチテーゼとしての「肥後守」と比べてみる。最後のクライマックスにおけるヒロイン(男勝りの女性、たけ)の両者への思いー「越後守がもののふの道を極めるには、清正もものふの道を極めなければならない。(中略)越後守と清正の話し合いは、ある種の和解とならなければならないのだ」は、作者の「清正」に代表される既存のリーダーへの妙な気配りのように思えてしまう。結局は舞台回し役の「粂吉」(正念坊)という、もののふならぬ、”ふ(歩)そのもの”のというべき状況追従型の男に、私を始め通常の読者は自分のありのままの姿を投影せざるを得ない。はらはらドキドキの戦闘場面や、越後守とたけの「戦場での恋」に興奮しつつ、魔法にかけられたように読み終えた。魔法がとけると、なぜか悲しく虚しい思いにもなってしまうのは何故か。作者が創作した「物語部分」がいささかリアルさが欠けるところに起因するのかも。このあたりが、読まぬ阿呆に読む阿呆というフレーズを思いつくことに関係してくるのかもしれない。とはいうものの、朝鮮半島を舞台に、豊臣軍と明軍との攻防は、今の東アジア政治を想起させ、想像の翼が新たに羽ばたき始めてやまない。                            (2017・7・21)

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孫悟空を追い続ける西域ひとり旅ー浅野勝人『宿命ある人々』を読む

『宿命ある人々』ー耳慣なれない言い回しのタイトルの本に出会った。宿命とは何か。辞書によると、その環境から逃れようとしても逃れることができない、決定的な(生まれつきの)巡りあわせを指したり、立場上そうならざるを得ない泣き所を意味するという。運命と同義で、一般的には厳しい経緯を経て、暗い結末へと至る身の上を意味する。ここでは「人智では動かしえない定めある人たち」と云いたいのだと思われる。この本の著者・浅野勝人さんは、元NHK解説委員にして、元官房副長官、元外務副大臣(衆・参両議院議員)を経験した政治家。7年前に勇退してから、一般社団法人「安保政策研究会」の理事長を務めるかたわら、日中友好に深く貢献していることでも知られる。著書も数多く、この読書録でも『日中秘話ー融氷の旅』『北京大学講義録』などを取り上げてきた。私には仰ぎ見る先輩のひとりだ。しかも現在、当の「安保政策研」でお世話になっており、宿縁浅からぬ人でもある▼この本は三部形式。一つは、比叡山延暦寺大阿闍梨・酒井雄哉師の生の講話集。二つは、「孫悟空」を追いかけて一人旅をした西域記。三つは、大相撲横綱・白鵬との交友録。全体を通じて「宿命ある人を追っての西域ひとり旅日記」の趣きだが、味わい深い話が満載されており、読み応えたっぷり。最初の酒井雄哉師の講話は、序文に「ことばに尽くせない鬼気迫る貴重な人生訓」とある。7年かかって延べ1000日修行する千日回峰行。話には聞いていたが中身は知らなかった。以下にほんのさわりを。まず最初の4年間は毎日32キロほど、堂塔、霊蹟、野仏、草木を礼拝する行をしながら、嵐だろうが病気や怪我だろうが休むことなく歩き続ける。もし「行」に失敗すれば、山を去るか、自害するかが掟だ。決死の難行。5年目に入って700日終わると、「お堂入り」をする。これは無動寺谷明王堂に籠り、9日間、断食、断水、不眠、不臥で不動真言と法華経全巻を唱える荒行のこと。このあと、赤山苦行、京都の大廻り(毎日84キロ歩く)などと続く。この修行、病に倒れず、死にもせずにやり通すことは至難の業という他ない。口の渇きのために、舌の上の一滴の水の処し方など、克明に記された体験記は是非直接読んでほしい。酒井師はこの千日回峰を二回やった人だが、淡々と語る姿は筆舌に尽くしがたい。こうした修行を経たうえでの「『生きている』とは何なのか」のくだりなど、読むものはただただ息を吞むだけ。「今日の自分は今日でお終い。明日はまた新しい自分が生まれて、明日の新しい生活が生まれてくる」と。『一日一生』というこの人の代表作の題名が浮かぶ。さてさて、これほどの超人的な修行をしないと悟りの極意には到達できないものなのか。ただただ溜息が出てくる▼浅野さんは少年時代「西遊記」の孫悟空に憧れた。如意棒と筋斗雲を持ったスーパースターに、79歳の今も魅力に取りつかれている。孫悟空に関心を強く抱いた浅野さんは「三蔵法師、西域、インドの旅」に関する中国古典や資料、著書を読み漁るうちに、「孫悟空ってほんとは誰なのか」との謎解きに嵌っていく。そのきっかけが慈覚大師・円仁が著した『入唐求法巡礼行記』。それをベースにやはり巡礼行をした酒井師の後を追いながら、「悟空」に迫ろうというのだから凄い。西安では、薦福寺、興福寺の二か寺を訪れ「悟空」との接点を探すも得られず、敦煌へ。そこでは「敦煌研究院」の特別の計らいを得て、有名な「莫高窟」を見学。非公開の「第17窟」に入り貴重な石窟の数々を目にする。写真撮影が禁止されているために、悪戦苦闘したいきさつがなんともハラハラどきどきさせられる。さらに敦煌から東にタクラマカン砂漠の東端を越えて「楡林窟」へ。そこで、遂に「玄獎取経図」と出逢う。そして現地での学者、研究員らとの白熱の討議。念願の孫悟空に逢ったのだが、そこからがまた難行苦行の連続。「ホントのところは孫悟空とは誰なのか」を追うことはとてもスリリングだが少々難しい。答はあえて秘しておこう。読んでいて酒井師の千日回峰を思い起こさせられるほど。かの肉体的修行に比してこちらは精神的苦行になぞらえられよう。で、この「西域ひとり旅」はいつ始まっていつ終わったのか。探してみたが、今のところ発見できていない。あたかも狐ならぬ猿に鼻でもつままれたような気分になってしまった▼白鵬関と深い付き合いのある浅野さんは「横綱はチンギスハーンの生まれ変わり」というほどの入れ込みよう。「強い人が大関になる。宿命ある人が横綱になる」との白鵬関の発言。この言いぶりはいかにも日本的だという感じを抱く。実は私は鶴竜関の姫路後援会の一員だったことがあり、現役時代には毎年春の大阪場所前に、彼や井筒親方(元逆鉾)らと一緒のテーブルを囲んだものだ。白鵬関とは違ってカリスマ性には乏しいものの、折り目正しいその佇まいは日本人そのものに思われ、私にはとても好ましい人だ。横綱だから、この人もまた宿命ある人と思いたい。尤もこのところ休場続きなのが心配される。ところで、私は71歳の今日まで、宿命はあるとかないとかの次元ではなく、元々誰しもにあるものと捉えてきた。つまり、人間はすべて宿命ある人々だ、と。ここでいう宿命とは、人間の持つ最高の能力という意味、つまり仏の命を指す。ただ、人としてその仏の命の現れ方(宿命の在り様)が千差万別なのである。ということから、己自身が自覚した宿命が、仮に弱くボロボロのものだったら、これを力強く颯爽としたものに変えねばならない。「宿命転換」の原理なのだが、これは、今の仮の姿から、本来の姿としての仏の命に立ち戻らせねばならないというわけだ。その立ち戻らせ方を教えてくれるのが「日蓮仏法」だと確信している。この辺り、一般的な「宿命論」を覆す新たな座標ではある。(2017・7・12)

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不安定な筋、頭がこんがらがる内容 を噛み砕くー丸谷才一、大野晋『光る源氏の物語』下巻を読む

『源氏物語』を私に読むように勧めてくれた尊敬するお医者さんのことは先日少し書いた。長きにわたり読めないでいたのだが、解説本とはいえようやく読み終えたことを報告できるまたとない機会を得たことも。その日までに丸谷才一、大野晋『光る源氏の物語』上下二巻を読み終え、その読後メモを用意することを密やかな企みとして、当日を迎えた。「知的巨人」としての地域の大先輩に”ご恩返し”するまたとない機会を私らしく工夫したしだいだが、かの源氏の読み方(a系b系さらにはc系d系と分けられるということ)を同先生がご存知かどうか。これはもう五分五分と見るしかなかった。この説を認知する向きは、「源氏学会」においても少数派であるとはいうものの、竹田宗俊氏の発表以来65年程が経っているだけに、である。知っておられたらあまり面白くはない話だが、仮にご存じなかったら、これはもうぞくぞくするくらい興味深い、と▶それにつけても、この物語を解説する二人の対談は変てこりんという他ない。なぜかといえば、(下)でいうと、「若菜」では「これを読まなければ、源氏を読んだことにならない」と絶賛したかと思えば、そのあとに続く巻では「この巻では作者がくたびれてる感あり」(鈴虫)とか、「不明なところがままある」(幻)し、「筋が不安定で安心して読めない」(紅梅)やら、「頭がこんがらがる」(竹河)とも。挙句の果ては「題があるだけで本文なし」(雲隠)というのだから(中身はタイトルの如く雲隠れしたのか)。そのくせ、「浮舟」では「俄然事態は動く。本当に見事な巻」とくるので、油断しているととんでもないことになりそうだ。せんじ詰めれば、いわゆる「宇治十帖」なるものは、「宇治は憂路に通じ、光が死んでしまったあとの光のないくらい世界」のことで、「女にとって男との間に幸せはないという主題」が込められている、と。そして「宇治十帖」は「どうも文章がズルズルと続いていて、力強さがない」し、「美が乏しい」と強調されている。こうくると、なぜ『源氏物語』が世界文学の最高峰なのか、理解に苦しむのだが、そこはもう随所に目くるめく様な仕掛けが施されていると思うほかない▼そのあたり、あとがきの大野晋氏と丸谷才一氏のツーショット解説が抜群に読ませる。大野氏は『源氏物語』には、「光源氏と数多くの女性とのことが描かれていますが、第三十三番目の「藤裏葉」という巻で」区切られ、そこまでに登場する4人の女性(空蝉、夕顔、末摘花、玉鬘)とのかかわりの部分を全部抜き去ってしまっても、残りの部分は一貫した物語としてよく読める」、いやそれどころか「その方がむしろ明瞭に筋がたどれるというめずらしい事情がある」というのだ。加えて「本書を読まれるときに、まず谷崎潤一郎さんの現代語訳でなり、ともかく最初に執筆された十七帖(a系)をまず読み通してみて頂きたい」と。そのうえで、この対談本を読むと「お互いが響き合う」とおっしゃる。確かに、この対談では、「閨房のこと(男色を含む)についてまことに熱心に討議して」(丸谷)おり、実に味わい深い。そこは瀬戸内寂聴さんの「学者と実作者の源氏物語の斬り口」なる解説が何よりも裏付けていよう。「私の引用が閨房のことばかりに偏したのは、この点をお二方が最も熱心に扱われたからで、私が特に好色のせいではない」とは、よくぞまあ。彼女が好色の塊であることは天下周知の事実なだけに大いに笑える▶さて、冒頭の疑問に戻ろう。私の尊敬するお医者さんは当初、そんな説(abcdの4系列に源氏物語が分れるという)って、いつ誰が言ったのですか、と訝しげだった。そう、ご存じなかったのだ。私はそこで長きにわたってのこの物語への疑問を投げかけた。「で、先生は『源氏物語』を読まれてすっきりと筋立ては解られてたのですか」と。「いやあ、解らんよ」、大体そういう読み方はしないんだよという意味のことを続けられた。これですべては解けた。これだけ私にはちっとも解らん小説なのに、なぜ愛読しているひとがいるのかとの疑問が。寂聴さんが「いかに自分がこの名作をかいなでにしか読んでいなかったかを、肝に銘じてほしいものである」と結んでいるが、恐らく源氏物語読者の99%までは解らないまま、その魅力に嵌っているに違いない。ようやくスタートラインに立った私が、どうこれからこの物語に立ち向かうか、新たな喜びに胸がときめいている。
                                              (2017・7・5)

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日米中関係ーここまで書いてええんかいなー柳澤協二、伊勢崎賢治、加藤朗『新・日米安保論』

先日、読売テレビ系の人気番組『そこまで言って委員会』を観た。財務、厚労、経産、外務などの元官僚8人ほどが出て、いつもながらの言いたい放題だった。ここで注目したのは元防衛官僚で内閣副官房長官補だった柳澤協二さんの登場であった。辛坊治郎氏に司会がバトンタッチされるまでは、殆ど見たことがなかったので定かではないが、彼の登場は初めてのはず。今兵庫県知事選に出馬しているK氏などはかつてこの番組に出ていたもののあまりにひどい発言連発から降ろされたという。テレビ局としてはそこはきちっと自制を効かせているものと思われる。で、柳澤さんについては、彼が現役時代にあれこれと議論し、助けてもらった仲である。これまで彼の本を幾たびか取り上げても来た。防衛庁、自衛隊の後輩連中からは、「裏切り者」との汚名を浴びせる向きもあるようだが、本人は一向に意に介さない。着実にいい仕事をしていると私は高く評価している。それだけに今の防衛省をどうとらえているかの評論の開陳を期待したが、この日まな板に乗せられたのは前記4省だけだった。宮家邦彦氏が元外務官僚として、外務省を擁護すべきはきちっとしていて好印象だったが、防衛省が対象になっていれば、恐らく彼も同様だったに違いない▼その柳澤氏が、伊勢崎賢治、加藤朗の両氏と組んだ鼎談『新・日米安保論』をこのほど読み終えた。トランプ米大統領の捉え方から始まって「尖閣問題」「対テロ戦争」「北朝鮮と核抑止力」「日米地位協定の歪み」「日本の国家像」の6つのテーマをめぐり、彼の問題提起を受けて、縦横無尽に議論している。文句なしに面白く大変に啓発を受けた。尤も、ここでの真摯な議論の展開の仕方に惹きつけられはしたが、結論めいたものには必ずしも同意できない。そのうえで、印象深かったと言えるのは➀対中国観と今後の東アジア情勢にどう立ち向かうか➁日米地位協定の歪みをただすことの意味の大きさの二つである。中国については、その海外展開の実態と、中国主導の秩序下に日本が入ることが平和をもたらす、としていることに驚いた。まず、中国の対パキスタン戦略。「現在国際社会が固唾を吞んで見守るタリバンと対峙する外交フォーミュラは、アフガン政府、パキスタン政府、アメリカ、そして中国の『四者会議』」であり、パキスタンを「陸の回廊」にすべく着々と手を打ってきている中国は、その首根っこを押さえているという▶パキスタンの南端にあるグワダル港への中国の進出ぶりはかねて注目されてきたが、今やインドを封じ込めるに至るほどの実態だという。この港を使うことで、「直接アフリカ市場、アラビア海にアクセス」できるうえ、その上部にある「黒海、カスピ海の石油市場にアクセスする、中央アジアを突っ切るパイプライン」に直結することが可能だというのだ。この中国の現実を「スーパー・パワーとして認識せよ」という伊勢崎氏は「中国がくしゃみするだけで、アフリカ大陸が風邪をひく、つまり地球規模の人道的危機を引き起こす」し、「アメリカの対テロ戦略を左右する影響力がある」ことを強調している。ある程度知ってはいたが、改めてこう指摘されると、日本の存在などこの地域には皆無なだけに焦燥感が募ってこないと言うと嘘になる▶一方で、中国が今のところ武力を使ってアフリカを軍事占領していない事実を指摘し、かつての欧米諸国に比べて非常に非軍事的なことを力説する。そして、東アジアにおいて中国の軍事力に勝てるわけがない日本が、アメリカの協力がえられないとするならば、平和のためには中国的秩序に入ることを認めるしかないことを強調している。そういう流れに日本が唯々諾々と応じるとは考えにくいのだが、突き詰めていけば、そうでなければ、新たなる日中戦争に突き進むしかないことも論理的には分かる。この結論に至る前提としての「日米同盟の危うさ」が述べられているだけに、なかなか説得力がある。また、いわゆる護憲派が「平和」を振りかざすのなら、例えば、「尖閣」での問題勃発にあたっては身体を張ってでも行動をおこせというくだりは興味深い。この加藤発言にあとの二人が「過激すぎる」と言い合うところなど三者の呼吸が面白い。日米地位協定をめぐる問題は、「後の祭り回想記」に書く予定。ともあれ、「日米安保」が新たな局面に直面した今日において、この分野に関心を持つひとにとって、この本は必見だといえよう。(2017・7・1)

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科学者の「天風哲学」に基づく老いへの備えー合田周平『晩節の励み』を読む

 システム工学を専攻する著名な電気通信大の名誉教授。『海洋工学入門』なる著作で毎日出版文化賞を受賞されたひとーこういった人物紹介ではこの方、合田周平さんの表部分をとらえたことにしかならない。精神形成の深いところに関わるものは、財団法人「天風会」の元理事長を務めたひと。その団体の創始者で実践哲学者の中村天風の高弟と紹介すべきだろう。こう述べてくると、およそ近寄りがたいうるさい御仁を想像されるかもしれない。しかし少なくとも私にとっては違う。初めて知り合い、語らったのはもう20年ほど前に遡る。台湾での日台交流の場(「アジアオープンフォーラム」)であった。「天風会」をめぐって大いに話が盛り上がったことを覚えている。先年、実に久しぶりに東京でお会いしたが、80歳を有に超えておられるにも関わらず、颯爽として見えた■先日、FB上のやりとりで合田さんが『晩節の励み』という本を出版されたことを知り急ぎ読んだ。読みやすくて、生きるうえで大いに役立ちそうな本である。若者にも、そして年老いたひとにも。人生の指針たりうる言葉に満ち溢れている。晩節を汚すことのないようにするための手引きの書でもある。実は、私は高校に入ったばかりの頃に、親しかった友人の故西園寺健弘の紹介で「天風会」に入会した。中村天風そのひとにも一度だけだが、目白・護国寺の天風会館で聴衆のひとりとしてお会いしたことがある。天風会の実践をする研修会にも参加した。というのも西園寺の叔父貴(国際基督教大学の教員だったと記憶する)がやはり天風先生の弟子のひとりだったから、それなりの影響を受けざるを得なかったのだ。後に創価学会に入会していらい、そちらの方とは疎遠になった。この本には「座標軸としての『天風哲学』」、「こころみイズムとは何か」といった門外漢には、少々なじみが薄い切り口が並ぶ。しかし、現代中国で人気を誇る京セラの稲盛和夫氏の講演録のさわりが紹介されているあたりから俄然身を乗りすことになる。そう、このひともまた天風門下。合田さんとはいわば兄弟弟子なのである■後半には「八十路の哲学」や「晩節の励み」として「健康長寿」や「逝去の覚悟」といった高年齢者のたしなみめいたものが満載されており、その語り口は万人に適応しそう。例えば「悲観的な言葉を発すれば、自分自身も悲観的な気分に沈むことになる」「自他ともに、楽しく愉快になる言葉を口にしよう」といった、どこでも目にする呼びかけから始まり、鏡の前で自分の顔を見ながら「お前、病気を気にしなくなる!」と声を出して強く訴えよ、との自己暗示法に至るまで実に多彩だ。そんななかで「クンバハカ」は一般的にはまだまだ知られていない天風の訓練法のエッセンスである。「肛門を締めながら、肩の力を充分に抜いておろす。そして同時に下腹部に力を充実させる」ーつまり、「尻・肩・腹」の三位を一体として事に当たれ、というのだ。これは簡単のようで意外に難しい。若き日に学びながら未だに身についていない私はよほど不器用なのかもしれない■ところで、つい最近のことだが面白い”警句連作もどき”のようなものを、日本で唯一の坑道ラドン浴「富栖の里」(姫路市)の食堂の壁で発見した。「18才と81才の違い」と題した作者不詳のものだが、思わず笑った。「道路を暴走するのが18才、逆走するのが81才。心がもろいのが18才、骨がもろいのが81才。偏差値が気になるのが18才、血糖値が気になるのが81才。受験戦争を戦っているのが18才、アメリカと戦ったのが81才。恋に溺れるのが18才、風呂で溺れるのが81才。未だ何も知らないのが18才、もう何も覚えていないのが81才……」まだまだ続くが、この辺でやめておく。合田さんに怒られそうだから。尤も、笑いは身体に悪くないから許してもらえるかも。そういう老人にならぬためにも、この本を読む必要があろう。ついでに「17才と71才の違い」と置き換えても、ほとんど似たようなものと、気づくのにあまり時間はかからなかった。そうだ、西園寺が心臓弁膜症で死んだのは17才、高校生のときだった。あっという間に54年ほどが経った。いつまでも17才のままの友を想い続けているから、私は71才になっても、精神年齢は彼と永遠に別れた歳と同じままなのかもしれない。                                               (2017・6・23)

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中道を待望する思い高まるー青木理『日本会議の正体』を読む

とある会場で安倍晋三首相とすれ違ったときのことだ。「赤松さん、こんな会合に来ていいのですか」と、ニヤリと笑いながら彼が私に投げかけてきたことを10年近くたった今、おぼれげながらだが思い出す。私は「日本会議」主催の尖閣列島問題についての対中国・抗議集会に公明党を代表して出席していた。安倍さんとは、故中嶋嶺雄先生がコーディネートしていた「新学而会」なる学者、政治家との懇親・勉強会でときどき一緒になる関係だった。「余計なお世話だ」と思わないでもなかったが、あの時の会場での居心地の悪さが、安倍さんの冒頭のセリフと共に、今もなお私の脳裏に影を落としていることは間違いない。これが「日本会議」と私の出会いなのだが、その後の歳月のなかで、着々と存在感を増しつつあるこの集団が気になっている。そんな折に、書店で見つけたのが青木理『日本会議の正体』である▼元共同通信の記者がフリージャーナリストとして、この集団を追いかけたルポだ。「極右」であり、「超国家主義団体」ではないか。「安倍政権の中枢でますます影響力を強め」ていて、「内閣を牛耳」ってるような組織なのかどうかを探ろうというのが目的だーとプロローグにある。結論はどうなのか。「戦後日本の民主主義を死滅に追い込みかねない悪性ウイルスのようなものではないか」というのが著者の出した答えである。昭和40年代に大学生活を過ごし、人生の曙期を経た私の世代は、良いも悪いも「戦後民主主義」の只中で呼吸してきた。「左翼暴力革命」を夢見る「日本共産党」や「極左」「新左翼」などといった集団、さらにそこに影響を受けてきた「日本社会党」などのイデオロギーに凝り固まった塊とどう対峙するかが常に頭にあった。いらい50年の歳月が流れた。戯画化を厭わずに述べれば、「左」との対決に一応の決着がついたと安堵した瞬間、今度は一転「右」が大きな存在として立ちはだかっているというのが現実である▼「日本会議」は、初代会長がワコールの元会長の塚本幸一氏。今は4代目の田久保忠衛氏。元時事通信の記者で現在は杏林大名誉教授だ。メンバーは硬軟取り混ぜての印象を持つ文字通りの多士済々の面々。元をただせば、宗教法人「生長の家」をルーツに持つ。今はほぼ完全にその手からは離れており、神社本庁があらゆる面でバックアップしているとみてよいようだ。草創の頃は紛れもなく創価学会・公明党の存在を意識していたことは間違いない。今は政権与党の一翼を公明党が担っている分だけ、事情は複雑だが「日本会議」の構成メンバーの深層心理が「公明党嫌い」にあろうことは、言わずもがなであろう。双方がお互いの思惑で利用し合っていると見るのが自然だと思われる▼日本政治史を振り返るときに、左右対決のはざまにあって塗炭の苦しみを味わった民衆の救済に立ち上がったのが創価学会であり、公明党という存在である。今の政治の表面的在り様を見ていると、左翼勢力が立ち枯れている印象は隠しがたく、右翼勢力の鼻息が荒いことは否めない。その根底部分に「日本会議」があることは間違いない。しかし、肝心なことは、民衆の生活安定であり、人生の安寧、安心にどう心を寄せうるかということである。「左」の没落の後に来るものが、「右」あるいは「極右」の戦前回帰の国家主義などになることは真っ平ごめん蒙りたい。左右双方を止揚したところに立脚した中道主義。そこに原点があることを片時も忘れずに、日常的な政治、政策展開をしていかねば、と深く心に期している。憲法改正論議のリードの仕方など強かな印象を強める安倍晋三首相を思うにつけ、右急旋回を用心し、ストッパーの役割を公明党は忘れてはならぬと自戒したい。(2017・6・15)

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こういう本がなぜベストセラーかの謎ー呉座勇一『応仁の乱』を読む

つくづく現代日本は歴史好きが多いのだと思う。いや、正確に言うとごく一部の歴史好きの連中を大きく引っ張ろうとする出版ジャーナリズムの策謀が根強いというべきか。呉座勇一『応仁の乱 戦国時代を生んだ大乱』なる新書がベストセラーになっているとの噂を聞いて、読もうとしたのだが、私としては、およそ歯がたたないために辟易したと告白しておく。いや、これも正確を期すと、日本史とりわけ室町期に明るくない普通の読者にとっては、という注釈が必要だろう。それというのも私の先輩筋の友人で、歴史に明るいと自他ともに認めるF氏においては、「この本は凄い、奈良から見た応仁の乱はこれが初めて。実に面白い」と絶賛していたからだ。で、この本の読後録をスタートするにあたって、正確を期す。室町時代に関心を持つなら、この本の前に改めて、「応仁の乱」前後の歴史をおさらいしてから読まれるべきだ、と。それをした後なら、面白い。確かに■実は、先週末、上京する機会があり、昔ながらの友人数人と久しぶりに会って懇談した。その余韻を残しつつ東京を離れたのだが、京都で途中下車してこれまた古くからの友人O夫妻(夫は鳥羽、夫人は横浜在住)と会うことにした。この友人たるや奈良、京都を訪れること500回をくだらないという大変な御仁。彼に連れられて、私も善光寺参りならぬ諸々の寺社詣りに手を染めた。しかも10回は優に超える身であることもまた告白しておく。今回は、また偶然ながら(つまり彼は私が『応仁の乱』を読んだ直後の京都旅だとは知らない)、上七軒近くの料理屋で落ち合った。食後に足を運んだのがすぐ傍にある大報恩寺。西陣地区のど真ん中に位置する通称「千本釈迦堂」である。今までもそうだが、私は過去にこの友人に連れられて名だたるお寺や神社に行っても、自慢じゃないが殆どその由来やら歴史的価値を知らない。恥ずかしい限りだが、これまで関心を敢えて封印してきたのだ。このお寺のことも勿論知らなかった。彼も私の”神社仏閣音痴”を知り抜いているゆえか、深いところを説明せず、「おかめ塚」についてのみあれこれと紹介してくれた■京都から帰って、私は思い直して井沢元彦『逆説の日本史➇中世混沌遍』を改めて読み直してみた。数年前にこのシリーズにはまりしゃにむに読んだものだが、この大乱をめぐるくだりを含めて、ものの見事にきれいさっぱり忘れていた。大法恩寺がなぜ国宝なのか、大乱時にどういう役割を果たしたのか、全部丁寧に書いてあった。つまりかつて私も読んでいたのだ。すなわち、大乱で洛中のほとんどが焼けつくし、このお寺ぐらいしか残らなかったということ、そして山名宗全率いる西軍が陣をしいたのがここであったことなどなど。国宝になった由縁である。誰も訪れる人がいなかった数日前の静寂そのものお寺を、550年前の往事を偲びながら思い起こしたのも一興ではあったと述べておく■そうしたこの時代の歴史的背景を頭に入れて読むと、私のようなド素人でもそれなりに噛み砕ける。とはいうものの、やはり相当の歴史マニアでないとよくわからない。この本は新書ではあるが、学術書の雰囲気が滴るからだ。というのも随所で歴史学者たちの、つまりは呉座氏の学者仲間たちの通説やら見立てについての評価が顔を出す。曰く、誰々氏はこう述べているが、「単なる性格の問題ではあるまい」、むしろ恐らくこうであろうとか、これまでの歴史学上の見方を批判的に捉えたりする見方を提示している。たとえば、近年の研究成果として、戦国時代の幕開けは「応仁の乱」(1467~1477年)後よりも「明応の政変」(1493年)後であるとの見方に対して、明確に否定しているくだりなど首肯せざるをえない説得力を持つ。こうした分野での仕事なら当然なのだろうが、数多の原史料(当時の日記やら寺社の史料の類い)を読み込んだうえで、煩雑さを厭わずいちいち、文章の後ろに()書きで付け加えることを忘れていない。こうした本がベストセラーになるなど、日本という国は凄いと妙に感心してしまう。ホンマかよ、と。実際は出版界の仕組んだ罠ではないか、などとあらぬ疑いさえ抱くのだ。自らの勉強不足を棚上げにして。わたし的には、「中華人民共和国の国連加盟問題のようなもので」(49頁)、とか「スイスの武装中立のようなものだ」(223頁)といった比喩の仕方が興味深かった。次の著作では日本中世史にみる国際政治史との類似点などに焦点を合わせてほしい。(2017・6・10)

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