「副作用のないがん治療」をテーマに9月4日から二日間、日本ハイパーサーミア学会第43回大会が大阪大学中之島センターで開かれました。かねてがんの放射線治療に私は興味を持っており、姫路市の最北部・安富町にある坑道ラドン浴「富栖の里」にも少し関わって(放射線の電子本も書いてます)きました。さらにハイパーサーミアとの併用でがん治療を推進させることも勉強せねばと、両日とも参加してきました。
⚫︎がんを取り巻く話題あれこれ
胃がんで苦しみながら、夫(私の父)の献身的看護に助けられつつ、60歳前に母は亡くなりました。ほぼ50年ほど前のことです。闘病中の母を抱き上げた時の軽かったことやら、治療の苦しさに耐え難く苦痛を訴えていたこと、父があらゆる民間療法を求めて走り回っていたり、病室にふとんを持ち込んで看病していたことなど切ない思い出が一杯あります。まさに「がんは親の仇にござる」なのです。
昔に比べて胃がんは少なくなったようですが、がんそのものは相変わらず死因の上位を占め、闘病記やら治療法などメディアを賑わせています。つい先ごろ脳医学者の養老孟司氏が「私の往生際」というタイトルでテレビに出(7-6)たり、(テレビで見るほど私は弱っていない)との後日談がラジオで放送(8-8)されたりしました。『文藝春秋』9月号では養老氏の「88歳の僕ががんに教えられたこと」という手記が出る一方、国立がんセンターの垣添忠生名誉総長と放射線治療の専門家・中川恵一氏との「死ぬならがんがいい」という対談も出ています。そんな状況下で開かれた今回の大会ですが、ここではハイパーサーミアの副作用についての相反する報告と、外科医出身の小説家・久坂部羊氏の「末期がん患者の死に方」という興味深々の講演の2つを聴いての私の受け止め方をお伝えします。
⚫︎ハイパーサーミアの「副作用」はあるのかないのか
ハイパーサーミアとは「高温熱治療」のこと。50年近く前から普及しているのですが、まだまだ一般的には知られてはいません。全国からこの分野の専門医や器財を取り扱う産業界関係者が多数参加していました。同じテーマを扱った2日間のランチョンセミナーを聴いたのですが、初日の担当医師は「ハイパーサーミアは決して副作用のない楽な治療ではない」といった総括をされました。スライドの「楽な治療ではない」との部分をわざわざ二重線で消されていました。
一方、2日目の担当講師は「ハイパーサーミアの安全性は高い」との患者の声が大きいことを紹介、副作用のないことが強調されました。初日のセミナーを聴いた結果、ハイパーサーミアって、治療を受ける時の身体の姿勢が前屈みのために苦しくて途中で止めたくなるケースが多く、とても楽じゃないということで副作用ありとするのだと私は理解していました。だがところが2日目は違っており、どっちなんやと、しっくりきませんでした。
よく考えると、前者は「副作用」よりも「検査の仕方」が楽か苦痛かとのアンケート結果に基づくもの、後者は「高温熱治療」による副作用のあるなしでした。異次元の課題を、同じ「副作用の有無」との次元で語られると、聞く方は混乱してしまいます。この辺りの捉え方の基準が統一されるべきだと思ったしだいです。最高責任者の中村仁信大阪大名誉教授(大会長)に伝えましたところ、そうですねぇと、問題の所在を分かっていただきました。
⚫︎AIの時代の医療者の役割と患者の対応━━久坂部羊さんの講演から
医師から小説家に転身した久坂部羊氏(写真中央、左は中村仁信大会長)のお話はとても深みのあるものでした。転身のきっかけは、末期がんの患者と接触する外科医としての苦しさだったといいます。最新著作『あなたの命綱』という本を手にされつつAI時代の医療者と患者のあり方を50分間見事に語ってくれました。以下私の理解した「久坂部発言」の要旨をまとめてみます。勘違いあるやも。詳しく知りたい向きは本をどうぞ。
今や患者が自らチャットGPTなどAIを駆使して自身の病気の治し方の指南を受けることが常態化してきているようです。それでなくても普通の患者はがんを治せない医者を認めません。治すと言わない医者を信用しないのです。AIは本来ユーザーをおだて寄り添うもので、基本的に厳しい見立てとは無縁です。そういう存在は患者のためになりません。患者はどう生きるかを考えずに、死にたくないと考えるあまりに却って命を縮めてしまう傾向が強いのです。治るか、死ぬかの二択ではなく負けないことが大事です。
医師は、そういう患者の方向性をわかった上で人間的繋がりをどう作るかが重要です。人間の生命時間の医療的見立てと現実とは違うことを理解して貰い、目の前にある日々をどう価値ある生き方をしていくかを語るべきでしょう。敢えて言えば山本周五郎描くところの「赤ひげ」のような医師でしょうか。
いま死ぬならがんだと言われていますが私もそう思います。「ポックリ死」はどれだけ死に至る発作が苦しいものかが語られていないし、「老衰」もその瞬間までの10年ほどの寝たきりや床ずれなどがどれだけ辛く耐え難いものかが忘れられがちです。がんは死ぬまでに残された日々を準備に充てることが出来る素晴らしさがあるのです。
勤務医を辞めて外務省の海外大使館付きの医師になりましたが、最初の赴任地サウジアラビアの医師との間で、がんの末期患者との対応の辛さで共感しあいました。ただ彼から自分たちにはアッラーの神の存在があると聞いた時には目の前が大きく開けた感がしました。
⚫︎医師から小説家に転身した人たち
聴き終えて、久坂部さんと話す機会がありました。見事に跳ね上がった口ひげを見ながら、「外科医の現場から離れてしまわれて、後悔はありませんか」と訊きました。「忙しさの中で格闘し続ける仲間たちに負担をかけて申し訳ないとは思います」との応えでした。とても誠実な方だと思いました。
『チームバチスタの栄光』(海堂尊)や、『三たびの海峡』(帚木蓬生)に熱中した頃を思い出しました。2人とも医師で小説家です。海堂さんとは、「ヤマトタケルからペンネームを考えたのではないですか」と訊いたこと、帚木さんには中国大陸で憲兵をしていたという親父さんのその後を手紙で尋ねるなどやり取りをしたものです。
ふと、医師から政治家に転身したあと、再び医療現場に戻った福島豊氏を始め何人かの再転身組を思い出しました。(一部修正 2026-9-7)







