【79】落選しながら当選という〝おかしなおかしな大奇跡〟ー平成21年(2009年)❸

●近畿比例区順位五番を自ら申し出る

衆議院議員の任期切れが近づいていくなか、前哨戦ともいうべき東京都議会選挙が7月12日に投開票を迎えました。その結果、民主党が54議席を獲得。前回を15議席も上回りました。それに対して自民党は38議席と、前回よりも10議席も減らして、第一党の座を民主党に譲りました。公明党は前回同様の23人全員当選で面目を施したことになります。自民党の都議会第二党への転落は、都議会史上歴史的な〝黒い霧解散〟となった昭和40年(1965年)以来のものです。実はこの年に大学に入ると同時に創価学会に入会、公明党員にもなった私としても選挙権は未だなかったのですが、忘れがたい出来事でした。

この自民党大敗の翌日13日に、麻生首相は7月21日に衆議院解散をし、8月30日に投開票することを表明します。首都での大敗北の余韻覚めやらぬなかでの衆議院選挙日程の公表。なんとも気勢の上がらぬことおびただしいものがありました。加えて、解散当日の自民党両院議員総会の場で、同首相は反省とお詫びを口にするなど、タイミングの悪い遅すぎる釈明を行うのです。野党民主党にとっては、好都合この上なく願ってもない上昇気流に乗る追い風ムードがグングンと漂いました。

実はこの総選挙では後々に至るまで私の記憶に残ることが三つもありました。一つ目は、私の比例名簿順位のことです。これまでの比例区での4回の総選挙では、事前に何ら打診めいたこともなく、公示当日に党から順番が伝えられるだけ。ところが、この時に限って支持団体のトップ・西口良三総関西長から呼び出しがあったのです。7月20日夕刻のこと。神戸でお会いした(兵庫の得田昌義さん同席)のですが、近畿比例区の五番目の話では、との予感がしました。面談が進むも、本題らしきことに中々触れられないので、私の方から頃合いを測って、「名簿順位五番目にしていただくことで、結構ですよ」と発言しました。

西口さんは「そうか、そう言ってくれるか。それはありがたい」と、ホッとされた顔で言われました。私は続けて「落選中の竹内譲君をぜひ当選圏内に入れてやってください。私は五番で構いません。兵庫県の同志の皆さんにはご苦労おかけしますが、五番目でも必ず通してくださるものと確信します」と不思議なくらい強い口調で断言しました。加えて、「比例区の選挙って、本当に面白くも何ともないですね。自分の名前で出られる小選挙区の方が大変でも、やりがいがあります」と、いささか余計なことも口にしたのです。西口さんは「そうか。面白くも何ともないか」と言いつつ、「名簿順位五番でも必ず当選させるから」と激励してくれました。

●民主党政権の座へ、自民、公明は大惨敗

二つ目は、投票日の三日ほど前のことです。「あなたの当選は恐らく間違いないですよ」と、ある親しい記者から電話があったのです。実は、選挙期間中の世論調査で民主党の圧倒的強さが報じられていました。この総選挙は、「政権選択」に焦点が絞られ、自民党への逆風は猛烈に吹き荒れていました。民主党に対して「一度やらせてみては」との空気は日に日に強まっていきました。自民党を中軸に据えた長期連立政権は制度疲労的現象を随所に抱えていたのです。

そんな状況を背景に、メディア各社は事前に当落予想をします。その予想結果を秘密裏に教えてくれた記者からの電話でした。民主党が小選挙区で圧勝するが、比例区の候補者数(民主党)が足らない、そのため、公明党に議席が回ってくる公算が強いというのです。民主党が圧倒的に強いということは、自民党、公明党の小選挙区候補が弱く、落ちるということが前提です。これはもう素直に喜べない極めて困った結果予測です。仲間が落ちた時のみ自分は通るー複雑怪奇な気持ちを持ったまま、奇妙奇天烈な三日間を過ごしました。

投票日当日の30日。不安は的中し、続々と民主党は当選、自公候補は次々と落選する結果となったのです。地滑り的勝利との表現が相応しく、民主党は308議席を獲得。なんと、公示前の3倍にも及ぶ伸びを示しました。一方、自民党は公示前の300議席から119議席に激減。公明党も8小選挙区で、太田代表、北側幹事長、冬柴元幹事長ら8人全員が枕を並べて討死する結果となりました。尤も比例区は805万4007票で、辛うじて21議席を獲得し、前回より2議席減らしただけで済みました。

三つ目は、私はひとたびは落選と報じられたのですが、一夜明けると当選していました。開票日の夜、近畿比例区の公明党は4議席で決まり、だったからです。ところが、民主党の比例区候補者数が3人足らず、2人が自民党、1人が公明党へと議席が回ってきたのです(いわゆる比例復活ではなく)。おかしなおかしな選挙制度です。足らないならその分を空席にせず、相手方から回して埋めるというのですから。自民党の繰上げ当選者は小選挙区に出ていて次点だった人たちです。私の場合は単独比例候補です。こういうケースは全国で私だけ。まことに〝奇跡〟という他ない〝摩訶不思議な勝利〟だったのです。真夜中に、冬柴、赤羽両候補の落選という沈痛な事態を横目に、落ちたのに通るという、6回目の当選を果たしました。喜んでも喜びきれない、悲しいなかでの喜びという正直いって、複雑な心境でした。

●鳩山首相が誕生。公明党は山口、井上の新体制に

民主党の大勝利で、新しい首相に鳩山由紀夫氏が就任(9月16日)しました。民主、社民、国民新党の民民民の三党連立政権です。政権交代がついに実現した、という高揚感が国中に溢れました。それから40日も経ってからようやく所信表明演説が行われました。私はその日のブログに、「情緒に流れすぎ、具体的政策提案がないのに、なぜか聴かせた首相演説」と持ち上げています。そのくだりを以下に、引用してみます。

【(鳩山首相の演説は)率直に言って悪くはなかったとの感想を持つ。情緒に流れすぎて(「あの暑い夏の日」といったフレーズの繰り返し)おり、具体の政策提案がなさ過ぎる(「日米間の懸案を解決する」との発言)など、言葉だけとの批判は十分なされる余地はある。しかし、今までの自民党の総理大臣の〝総花的政策の羅列〟に比べれば、かなり聴かせる中身ではあった。

民主党の政権運営の切り口は、今のところ鮮やかであることは認めざるを得ない。徹底した政治主導による予算における無駄の排除をはじめとして、前の政権の全てを否定するかのごとき手法には恐れ入る。(中略)鳩山首相や小沢幹事長の政治資金をめぐる疑惑を強調しても、そんなことよりもこれまでの政治の仕組みを変える方が先決だろうとの空気が巷には充ちていると思われる。自民、公明はよほど気合を入れて取りかからねば、KY(空気が読めない)と言われかねない。首相の演説の区切りごとに、沸き起こる耳をつんざく大拍手に手で耳を押さえながら、これからの対処に思いを巡らせた】

一方、 公明党は、9月8日に臨時全国県代表者会議を開催。新代表に山口那津男政務調査会長、幹事長に副代表の井上義久氏を選びました。清新なコンビによる新たな出発です。(2020-8-6 公開 つづく)

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