【7】「顧問」という名の〝お助けマン〟ー平成25年(2013年)❼

●淡路島と明石港を結ぶ船会社の顧問に

淡路島の北端・岩屋港と対岸の明石港を結ぶ航路を約20分ほどで走る船を持つジェノバライン。この会社のトップ・吉村靜穂社長は、破格の構想力を持つ胆の座った経営者として、淡路島界隈ではつとに知られています。その吉村氏は、かねて海外からのインバウンドを受け入れる一大拠点として淡路島を位置づけ、瀬戸内海を縦横無尽に動く船会社へと飛躍させたいとの壮大な夢をもっていました。その夢を現実のものにするための構想実現化の担い手を求めていたのです。

先に大学の教員などの道を模索するもうまくいかず、いささか不本意な日々を送っていた私の前に、ジェノバの副社長であった豊田一義氏から連絡があったのは2013年の初夏の頃でした。豊田氏を通じての吉村社長からのお話は、私にとって文字通り〝渡(わたり)に船〟のラッキーなことでした。地域に根ざす船会社の顧問として、精一杯の力を発揮して、社会貢献しようと決意を固めたのです。

以後、つい先ごろまで、紆余曲折をあれこれと繰り返しながら、苦労を重ねるのですが、その辺りの細かなお話はこれからおいおい語ることになると思います。まずはともかく、引退後の主たる仕事が見つかったのです。就任後間もなくして、国交省からの支援を受けるテーマが浮上、懸命の交渉努力の末に、見事に功を奏することが出来ました。早速に吉村氏に恩返しが出来たことになり、まさに幸運以上のものを感じたしだいです。

●従来からの顧問業も着実にこなす

私が現役時代から就いてきた顧問職は、主に三つ。今も続いています。一つは、「AKR共栄会」です。これは、大型スーパーのために地域の市場が次々と姿を消してしまう現状を何とかせねばとの目的のもと、弱小の市場が共同でものを仕入れ、共同でそれを配送し、共同で保険をかける仕組みを持つ、一般社団法人です。この団体の知恵袋たる河田正興専務理事とは30年来の友人ですが、二人してまさに中小企業の守り神としての役割を果たそうと頑張ってきました。

彼は本業がビジネスファーム研究所所長で、実に様々な人々の起業のお手伝いをしてきています。私も必要に応じて駆り出され、取り組んできました。忘れ難いのは「全国防災・減災設備点検協議会」なる一般社団法人を立ち上げ、某大手運送会社と組んで防災の仕組みを作ろうとしたものです。消防庁に掛け合い、それなりに尽力しましたが力及ばず、今では沙汰闇になっているのは残念です。

実は盟友・河田氏はまことに無念なことに昨年晩秋、新型コロナウイルスのために尊い生命を落してしまいました。志半ばで逝った彼に報いるためにも、後継の若い専務理事を支えて、中小零細企業のために頑張りたいと思っています。

●熊森協会との20年こそ誇り

二つ目は、一般財団法人・日本熊森協会です。この団体は人と熊の共存こそ、森を守ることに通じるとの主張を展開している日本最大の自然環境保護団体です。熊が人里に出てきて人間との間でトラブルが起こるのは、一言で言えば、食べるものがないからです。原因は杉やヒノキといった針葉樹林ばかりが育ち、ブナやナラなどの広葉樹林が極端に少ない、昨今の森林事情に最大の問題があるのです。

私はこの団体の顧問になって、もう20年以上経ちます。最初は、「人間と熊とどっちが大事なんや、人間に決まっとるやろ」と、陰口を頂きました。しかし、私は「人間至上主義」は東洋の思想、仏教と相容れないと思います。大型動物との共存こそ、実は人間社会を破滅から救い、持続可能な地球社会を可能にするものだと確信しています。その理想を具体的に実現するこの団体に長く関わっていることこそ、私の誇りなんです。

三つ目は、一般社団法人・日本カイロプラクターズ協会です。現代人は腰痛、膝痛、肩痛を始め様々な肉体疾患と闘いながら生きています。かくいう私も社会人になると同時にぎっくり腰を患い、40年近く悩みました。ところが、ひょんなことからこの協会の存在を知ったのが幸しました。日本では鍼灸師、按摩・マッサージ師、柔道整復師、整体師などといった伝統的な東洋医学が幅を利かせています。西洋由来のカイロプラクターズは、殆ど市民権を得ていません。なんとかして欲しいとの要望を受けたのです。

そこで、わたしは自らの腰痛に効き目があるかどうか試すために、同協会の指導者・村上佳弘氏の施術を数回に渡り受けました。すると、まさに地獄の苦しみがパッと消えたかの如く、長年の腰痛が解消しました。直ちに顧問を引き受けたことはいうまでもありません。以来、今日まで、15年あまりこの協会の普及に関わっています。

 これら以外に、議員辞職後は、顧問という肩書きはなくとも、日常の人間関係の中で、頼まれるといやと言わずに次々と様々な団体、企業と関わっていくことになります。まるで「お助けマン」というわけですが、大衆の中に生きる政治家の〝嬉しくなるほど悲しい性(さが)〟とでもいうべきものかもしれません。(2021-2-25)

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