【16】「安保法制」論議でインタビュー掲載やら解説を展開ー平成26年(2014年)❽

●「安保法制」巡る与党間の激突横目に高まる議論

「集団的自衛権」行使容認は、自民党なかんずく安倍晋三前首相の長年の悲願と見られてきました。政権交代後の無残な政権運営で野に落ちた民主党の姿を見定めた同氏は、首相再就任後1年半、満を持して「安保法制」を閣議決定に持ち込んだのです。平成26年(2014年)7月1日のことでした。以来、自民党、公明党の与党間で、徹頭徹尾の議論がなされました。正式に法案としてまとまるのは、翌年5月14日なのですが、その間、メデイアでは与党間議論を横目に色々な論議がなされたのです。

私はOB議員ながら、新聞、雑誌からインタビューやコメントを求められました。地元紙・神戸新聞には大きな写真付きで、掲載されました(6月23日付け)。これは今読んでも適確なものと自負できます。後半部分を抜粋して転載します。

ー公明党は集団的自衛権の行使容認に舵を切ったとされているが。

「報道では既に白旗を掲げたように言われているが、最終結論は出ていない。ひとまず国会開会中に閣議決定はさせないで、言葉は悪いが、引き延ばそうとしているふうでもある。」

「公明は『9条の下で出来ること、出来ないことを整理する』としている。言い換えれば従来の個別的自衛権の枠内で、まだできることがあると言う意味だ。拡大解釈でも縮小解釈でもない〝適正解釈〟の余地がある、と思う」

ー公明は米艦防護についても「周辺事態の際は個別的自衛権で対応可能」と主張したが、安倍首相はあくまで集団的自衛権の行使容認を目指している。

「集団的自衛権とは他人の喧嘩の加勢を買ってでること。〝お友達国家〟がやられているからと、わざわざ出かけていって武力を行使すれば、かつて歩んだ同じ道をたどることになる。安倍首相は『必要最小限度』の容認という名の下、公明の言い分をある程度聞いて突破口を開け、いかようにでもしようとしている節がある」

ー公明として踏みとどまるべき境界はどこにあると考えるか。

「現時点で具体的に言うのは難しい。イラクやアフガン派遣も非戦闘地域での後方支援だから、「9条の枠内」と言ってきた。それが言えないようなら、公明の敗北だ。〝闇から闇〟で終わらせず、『こういう議論をし、こう整理した』と明確にしないと。『どう考えてもこれは9条の枠内とは言えないと衆目が一致するような結論を容認してはいけない』」

公明党の一員として、曖昧な結論は出すべきでないとの強い意志が表れたインタビュー記事になっています。

●『週刊朝日』にもコラム形式で与党に注文つける

また、『週刊朝日』の7月4日号にも私の発言がコラム形式で掲載されました。以下全文を転載します。

【自公で連立を組んで15年になりますが、重大な局面を迎えています。憲法解釈を拡大しようとする安倍自民党にしっかりブレーキをかけられるか。公明党の真価が問われています。小泉政権の2003年、大量破壊兵器があるとして、米国がイラクに侵攻し、日本の自衛隊も後方支援の目的で、非戦闘地域といわれたサマワに派遣されました。しかし、のちに米国が「そういう兵器はなかった」とその非を認め、日本はいわばはしごを外された格好となった。公明党は09年、党外交安全保障調査会長だった私が中心となり、「アメリカからの情報を鵜呑みにして、自衛隊を派遣したことは否めない」といった内容を含む総括をしました。

自民党がそうした総括をしないまま、集団的自衛権の行使容認を進めていることに危うさを感じる。イラク戦争のように米国に求められるまま、自衛隊を無制限に派遣させる。国防軍をつくり、米国が求めていないことにまで手を出す。そんな怖さがあるから、歯止めの役割が必要なのです。

今の自公協議で大事なのは、平和主義を規定した憲法9条の枠内で何が出来て、何が出来ないかをはっきりさせること。出来ないことは出来ないと、ダメだと主張すべきで、あいまいな言葉遊びは後世に禍根を残す。9条の縮小解釈でも拡大解釈でもない、許容されるギリギリの対応をしてほしいですね】

随分厳しいことを言ってます。私はこのような論調をベースに、連日のように、ホームページのブログ『後の祭り回想記』でわかりやすく問答形式などで解説をしていきました。この法制をめぐる与党間の調整論議は結局10ヶ月にわたって続きました。そしてその結果が国民の前に全貌を現すのは、翌27年(2015年)5月のことになるのです。(2021-4-4)

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