【45】偲ぶ会での番記者たちに万感の思いー平成30年(2018年)❻/8-26

●市川さんを偲ぶ番記者たちの集い

 市川雄一元公明党書記長が亡くなられてほぼ一年が近づく頃、誰からともなく、偲ぶ会をしようとの声が上がりました。当然です。あれだけ一世風靡した政治家が、引退後とはいえ、お葬式も何もないというのはあまりに切ないからです。親しい番記者を中心に、各社の先輩筋にも声をかけて、しっかりした会をしようと企画しました。

11月2日に都内のささやかな会場で、20人足らずの新聞記者たちが集まりました。市川さんが出席されたら喜ばれる集いに、との思いで私はいっぱいでした。ご本人を偲ぶ懐古談では、政治改革への凄まじいまでの執念、PKO(国連平和維持活動)への情熱、共産党との徹底した論争、党の安保政策の一大転換などでの立ち居振る舞いぶりなどが次々に披露されました。市川さんのお陰で、培うことが出来た〝記者人脈総集編〟の赴きがあり、私としては、万感胸に迫って胸も頭もいっぱいでした。

市川さんが自ら生前にまとめられた私家版『市川雄一の軌跡』なる「論文・インタビュー集」(2013年1月25日発刊)があります。私は今も座右に置いて、事あるごとに開いています。この集いのあと、ほとぼりさめやらぬ頃にも紐解きました。その時、紙背から「相変わらず好きなことをやってるなぁ。足下に気をつけろよ」との声が聞こえてきた気がしました。思わず、「みんな会いたがってましたよ、よく集めてくれたなあって、褒めてくださいよ」とつぶやきそうになりました。

●大光会全国県代表者会で、参院選への決意を披歴

翌日11月3日は、公明党の元議員たちで構成される大光会の県代表者会が、党本部で行われました。翌年(2019年)夏の参議院選挙に向けて、必勝を期す会でした。全国屈指の激戦区兵庫選挙区を代表して、私が選挙情勢を述べた上で、自らの戦いを披歴しました。引退後、自治会長として青年部結成やら地域新聞の発行などに取り組んでいること、「異業種交流ワインを飲む会」を毎月開き、そこに毎回新たな友人を参加させて、合計300人ほどにもなることなどです。多くの仲間たちから称賛を受けました。

大光会の全国代表は、神崎武法元党代表。最高顧問が黒柳明元党副代表です。お二人ともかねて尊敬する大先輩であり、党の大功労者です。黒柳さんは、ひとまわりも歳の差があるはずですが、神崎さんを立てられる姿は極めて印象的です。国会での勇猛果敢かつド派手な質問ぶり、時局講演会での天衣無縫な演説ぶりなど、本当に豪快そのものの人でしたが、今も「老将未だ健在なり」と、いつも勇気と強気をいただいています。

●甥っ子たちの集い「おいとこ会」を開く

私には子どもはひとり、娘だけ、残念ながら息子がいません。ただ、姉弟の子どもたちのうち、男の子つまり甥っ子が東京に3人います。この3人(それぞれは、いとこ同士)をいつの頃からか、年末に上京した際に集めて、懇親会をすることにしました。名付けて、「おいとこ会」。それぞれの名前から一字づつとると、「い・と・こ」になり、私の「お」を載せたのです。この発想は、中国の周恩来元首相にあやかったものです。彼は自分に子どもがいなかったので、甥や姪を大事にして、自分の子ども同様に接したということをあるテレビ番組から知るに至りました。それを真似たわけです。

姪っ子もいるので、その会もやりたくて、名前まで「みけの会」と用意しています。二人の姪と私の娘の名前が3人とも「み」で始まり、家内が「け」で始まるからです。残念ながら、皆子育てに忙しく、とても乗ってこないのは残念なことです。(2021-8-26)

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