仏法哲理と共に生きて50年余

はじめに

私が日蓮仏法の信者になったのは昭和40年。大学一年の時です。早いもので、54年が経とうとしています。この間に様々なことを見聞し、経験し、考えてきましたが、それをこの辺りで残しておこうと思うに至りました。ひとの一生はその人間の記憶にあるだけ、亡くなれば全て消え去ってしまうというのでは、いささか無念な思いが残ります。仏法哲理の凄さに私は目くるめく思いを抱きつつ、無我夢中に生きて、それなりに思索めいたことも凝らしてきました。自分自身で書き残しておけばそれでいいというものでしょうが、そこはIT時代ゆえ、簡単な手作業で世に同時公開できます。そうすることによって友人、知人、隣人たちに、そして子や孫たちに考える材料を整理して提供できることが可能になります。かつて、新聞記者として社会人のスタートを切った私は、自分の書いた原稿が活字になって翌朝紙面を飾る醍醐味に酔いしれました。やがてそれは、ワープロの登場で、印刷工場での作業を待たずに瞬時に自分の手で印刷されることが可能になりました。それが今では、パソコンの活躍を経て、更にスマホやアイパッドによって活字は空間を自在に飛び交うようになったのです。私の世代より少し前の先輩たちはネットを使いこなせぬままに消えていこうとしています。彼我の差の大きさに息を飲む思いです。戦後世代のトップ、つまり団塊の世代のちょっと先を行く、〝弾頭の世代〟(昭和20年生まれ)のひとりとして、これから少しづつエッセイ風に書いて行くつもりですので、お付き合いいただければ幸いです。(2019-1-5)

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