(14) すぐそこにまできた生老病死の旅路の果て❶

生老病死ー最近、この言葉を改めて実感するようになっています。生死の間に割って入った二文字。老と病。これは、どちらが先にやってくるか。当然ながら、若い頃はどちらも意識しませんでした。しかし、このところ、身体の各部位に痛みやら不都合を感じるようになって、老いを意識し、病いを気遣うことが常態になってきました。未だ、心臓と脳は健全な様子であるかに思われます(実のところはわからないだけでしょうが)。つまり、車で言えば、エンジンは快調ですが、部品が壊れてきているように思わざるをえないのです。部品を直したり、新たなものと取り替えればいいのかどうか、大いに悩むところです。

著しい眼の衰え

まず、眼。20歳前から近眼になり、メガネをかけました。途中、40歳を超えて、コンタクトレンズのお世話になりました。ソフトコンタクトの便利さ。装填したままうたた寝から目覚めた時の心地よさと言ったらなかったです。メガネだとかけないとお先真っ暗ならぬ、ぼーっとした状態ですが、コンタクトをしたままだと、くっきり、ハッキリ見えます。ただ、歳をとって、老眼が入ってきて、近くが少々見辛くなり、メガネに戻しました。いわゆる遠近両用のメガネに。以来、30年近い歳月が流れました。そろそろ、白内障の恐れが忍び寄ってきていることを感じます。先だって、眼科に行くと、早晩手術を、と。それよりも数年前に突然片方の眼に何やら訳の分からぬものが映じ、驚いたことがありました。およそ30分くらいでそれは消えたのですが、その間は実に怖かったことを覚えています。あれはさて、何だったのか。あの瞬間もはや、まともな映像、景色は見られないのか、とさえ思ったものです。

私の眼は左右でかなり視力が違うようですが、今のところ、本や新聞を読むときに、老眼鏡のお世話にならずとも裸眼でいけます。ただ、左右均等でないため、長時間文字を見ていると、段々と平行に見ておれず、左右歪んだ持ち方になってきているようです。そのうち、ものが読めない、見ることが出来ない時が来るのでは、との恐怖感が漂ってきます。五感のトップ・眼は外界の情報を真っ先に取り入れる器官だけに、これの老化による損傷は堪えます。網膜に映じていても、意識が明瞭でないと、それは情報としては頭脳に定着しない。いわゆる〝節穴〟状態といえます。いわゆる「虚ろな眼差し」だともいえましょう。昨今、近視なのにメガネをかけない状態で室内で生活をしていることが多いのですが、虚ろな眼差しから「虚ろな認識」が常態になるかのごとき危惧を抱きます。こういう状態が長く続くと、認知症になりやすいのではないかとの恐れさえも起きて来るのです。

片方は聞こえない耳

次に耳です。私は実は左の耳が子供の頃から難聴でした。原因はハッキリしません。若い頃は左側から話しかけられると、いちいち身体を相手の方に向き直って、正面から聞くように心がけました。そのままにしていると、曖昧な受け答えになり、お互いが迷惑するからです。そのため、かえって丁寧な人だと誤解されたことも。寝る時など、健常な右の耳を下にして休むと、一切聞こえないので、雑音が気になりません。随分重宝したもので、人間何が幸いするかわからないと思ったものです。

しかし、この健常な右耳も最近どうも、不調を感じてなりません。テレビの音や映画館で聞くセリフがどうも聞き辛くなってきました。妻との会話も幾たびか「えっ、何?なんだって?聞こえないよ」と繰り返す自分に気づきます。その上、時々、右耳の奥の方が痛いような、むず痒いような微妙な症状が頻発します。以前に、横浜にある名医といわれる耳鼻咽喉科の医師に徹底的に診てもらいました。その時は左耳を手術することで、一気に回復するのでは、との淡い期待を抱いていたのですが。診断後、その医師は、「貴方の左耳は手術をしても健康な人の耳に比べて、30%ぐらいしか治りませんね。それでもやりますか」と訊いてきました。止める判断をしました。以来、耳鼻咽喉科の門は潜っていません。

姫路に、耳鼻咽喉科の名医で、個人的にも尊敬している藤森春樹先生(今は引退され、医院も閉鎖)がいらっしゃるのですが、その門を潜ることも遠ざかったままになりました。先輩たちも見ていると、75歳あたりを過ぎると、補聴器のお世話になっている人が多いようです。私も時間の問題だろうと覚悟しています。余計なことが聞こえない方が長生きするとかといった冗談半分の言い回しも、所詮は戯れ言に過ぎないものと思われます。(2020-3-23 つづく)

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