【116 】ふらつく異教徒へのヒント━━芥川龍之介『さまよえる猶太人』を読む/2-19

 ユダヤ人という言葉から何を連想するか。私たちの世代では、一にヒトラー・ナチスの虐殺の被害民族。二に中東の軍事大国イスラエル。三に、イザヤ・ベンダサンこと山本七平の著した『日本人とユダヤ人』と云ったところか。今はまた、パレスチナ・ガザ地域での戦闘状態が気掛かりだが、私が標題の芥川の短編を手に取って読み、ここに読書録を書くことになったきっかけは、前々回に取り上げた『人間と宗教──日本人の心の基軸』を読んだことによる。寺島実郎さんが第一章「人類史における宗教」で、この書をイエス・キリストを考える中で、突然に思い出したものとしてあげている。ご縁を実感し、読んだ◆芥川はここで、キリストへの2つの疑問について取り上げている。2つの疑問のうち1つ目は、さまよえる猶太人が日本にも渡来したかどうかという事実上の問題。もう1つは、イエス・キリストを十字架にかけられるよう追いやった人間は恐らく数え切れない程多かったはず。「それが何故、彼ひとりクリストの呪を負ったのであろう」か。また、「この『何故』には、どう云う解釈が与えられているのであろう」──この2つの疑問への答えが偶然発見された古文書によって解決された、という。ゴルゴダの丘の刑場に曳かれていく途上、キリストはしばらく息を入れようと立ち止まった。その時に群集心理に悪乗りしてヨセフという男が小突き回した。キリストは「行けというなら、行かぬでもないが、その代り、その方はわしの帰るまで、待って居れよ」と言った。この「一言がヨセフの運命を変えたどころか、人類史を変えたとさえいえる」(寺島実郎)というのだが、その罪をひとりヨセフが何故背負うのか◆古文書によると、「御主を辱めた罪を知っているものは、それがしひとりでござろう。罪を知ればこそ、呪もかかったのでござる。罪を罪とも思わぬものに、天の罰が下ろうようがござらぬ。云わば、御主を磔柱にかけた罪は、それがしひとりが負うたようなものでござる。但し罰をうければこそ、贖いもあると云う次第ゆえ、やがて御主の救抜を蒙るのも、それがしひとりにきわまりました。罪を罪と知るものには、総じて罪と贖いとが、ひとつに天から下るものでござる」という。罪を罪と知るものだけが罪と贖いの所産を一緒に得られるというのなら、皆こぞって自身のおかした罪と向き合うことになるというわけだろう◆アイルランドのノーベル賞作家であるサミュエル・ベケットの作品に『ゴドーを待ちながら』という戯曲がある。ポストモダンの究極と云われる作品で、ただひたすらゴドーという存在がやってくるのを待つと云うだけの芝居である。かつてこの読書録でも取り上げたが、いささか戸惑いが残った中身だったように思えた。だが、今この短編を読んで、「ゴドーを待つ」と云うのは、ヨセフに触発された「さまよえる猶太人」から始まって、世界のイエス・キリストの再誕を信ずる人々の心理を表現したものかもしれないと、思わないでもない。日蓮仏法徒の私にとっては、法華経を信じるか信じないか、その罪と罰を巡って、大いに悩んできたテーマと共通する。信じている者が不信の罪を蒙り、信じていない者には無縁だというのはどういうことかとの疑問である。異教とはいえ、原理的には同じ仕組みのもとにあるといえよう。このヒントを得て、豊かな心持ちを抱くに至った。(2024-2-19)

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【115】「国体の本義」は蘇るのか━━佐藤優『日本国家の神髄』を再読する/2-13

●正統派保守思想の源流からの読み解き

 2017年3月。安倍政権が復活してから4年ほど経っていた頃のこと。日本史の表面から消えていたはずの「教育勅語」が蘇った。「憲法や教育基本法等に反しないような形で教育勅語を教材として用いることまでは否定されることではない」という「閣議決定」がなされたのである。「教育勅語」が誕生したのは明治22年(1890年)の明治憲法の発布と同時だった。以後、軍国日本の精神的支柱となった「国家神道」の具体的な展開の手立てとしての役割を果たすのだが、1945年の敗戦によって、天皇の人間宣言と共に、その奉読は禁止(1946年10月)され、その存在は消えたかに見えた。しかし、米国による占領主体のGHQによって強制的に差配されたものの、その根源は断ち切られていなかった。象徴天皇制や戦後民主主義が新たな憲法によって、広く知られても国家の神髄とでもいえるものは埋み火のように社会の地層に残っていた。「教育勅語」は中軸で、その実体こそ昭和12年(1937年)に文部官僚らによって編纂された『国体の本義』だったのだ。

 元外交官で作家の佐藤優氏が類い稀な思想家であることはよく知られている。その佐藤さんが国家神道の魂的存在である『国体の本義』の解説に取り組んだ本がこれである。出版は冒頭に触れた閣議決定の3年前。安倍首相再登場の1年後だった。キリスト教プロテスタントの彼が北畠親房の『神皇正統記』を中心にいわゆる右翼イデオローグたちと議論を重ねていることは、私も見聞きするに及んでいた。が、『国体の本義』にまで関心が及ばず放置していた。佐藤氏がこの書を読み解く必要性を痛感し、行動に移したのは日本のこれからの有り様に大いなる危惧を抱いたからに違いない。「新自由主義」の台頭や、ヘイトスピーチ、排外主義などの伝統的保守思想に潜む病理への危機意識が引き金となった。「正統派保守思想」の源流に立ち返り、誤れるまがい物的保守の生きかたを糾そうとしたのだと睨む。

●外来思想を土着化する重要性

 『国体の本義』の中で、天皇については、「高天原の神々と直結して」おり、「重要なことは知(智)、徳、力という世俗的基準で皇統を評価してはならない」うえ、「そのような人知を超越する存在なのである」と位置付けている。この書が基盤にあって、天皇の軍隊が行動を起こした。軍隊と天皇の関係にどう触れているかが気になるところだが、最終章に僅かに論及されているだけ。物足りない。読み解く対象としての「国体の本義」に、「軍事に関する記述は短い」のなら、そこは補ってほしかった。「高天原に対応する大日本がその領域である。従って、日本の軍隊は世界制覇の野望などそもそももっていない」といわれても、現実の動きに照らして困惑は禁じ得ない。天皇と軍隊にまつわる基本的な疑問の解消には結びつかない。

 ただ、日本の思想史的課題についての言及はわかりやすい。日本文明の特徴は、外来の思想を取り入れて、これを換骨奪胎し、日本風のものに取り込んできたことにある。仏教や儒教もインド、中国から外来思想として入ってきた。それが同化され日本独自のものへと変容していった。明治維新以降の近代化においても、西洋列強による植民地化の脅威をかわしつつ、その思想を懸命に取り入れ同化する取り組みに励んできたのだ。その結果はどうだったか。「国体の本義」の書き手たちは、遡ることほぼ半世紀の間における、個人主義、自由主義、合理主義の徒らな氾濫を厳しく自省する。既に1931年(昭和6年)の柳条湖事件からいわゆる「15年戦争」に突入していた日本は、その戦意を高め戦闘態勢を整える上で、自堕落な人間形成をもたらす西洋思想の受容の失敗は我慢ならなかったと思われる。

 いらい、敗戦を経て90年余。佐藤氏は「1930年代にわれわれの先輩が思想的に断罪した『古い思想』(すなわち、個人主義、自由主義、合理主義)が二十一世紀の日本で新自由主義という形態で反復した」という。日本お得意の外来思想の受容が、うまく行かず失敗した。ではどうするか。佐藤氏は、日本人と日本国家が生き残るために日本をどう捉えるかが焦眉の課題であるとし、「日本の国体に基づいた外来思想を土着化する必要がある」と強調するのだ。要するに、西洋思想を日本風に捉え直す作業を急がないと、国家神道の再起をもたらすだけだと言っているように、私には聞こえてくる。

【他生のご縁 『創価学会と平和主義』で私の発言が引用される】

 佐藤氏は、私を『創価学会と平和主義』(朝日新書)を始め、『世界宗教の条件とは何か』サイト版(潮出版社)などの媒体で取り上げています。いずれも鈴木宗男衆議院議員(当時)や佐藤氏との関係についての衆議院予算委員会証人喚問での私の発言に関するものです。

 「あやまちを改めるに憚ることなかれ」を私が実践したことを過大に評価されたわけで、面はゆい限りです。世界宗教としての創価学会SGIが世界広宣流布の展開に本格的な取り組みを強める上で、この人の「キリスト教指南」が一段と重要性を増すに違いないと思われます。

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【114】不気味な国家神道復権の動き━━寺島実郎『人間と宗教 あるいは日本人の心の基軸』を読む(下)/2-7

 

 著者は最終章「現代日本人心の所在地」の中で、「憲法改正の動きと関連し、令和日本のテーマに『国家神道への郷愁と復権という難題』が浮上しているから」、その教科書としての、昭和19年(1944年)文部省編纂の『高等科國史』(復刻版)を読むよう薦めている。ここには明治期日本の教育の基軸であった「教育勅語」が反映し、「外来思想排除」の論理が繰り返し登場する。この問題の淵源は、江戸時代中期の本居宣長の「やまとごころ」を恣意的に使ったことに起因する。明治維新の背景的思想へと変化し、やがて戦前の「皇国日本」の基軸になった。江戸期国学から国家神道への一本道が鮮やかに描かれて、興味深い◆戦後日本は敗戦から米国占領を受け、一転して経済中心の国家運営になり、宗教性は極端に希薄となった。勿論、この間に日蓮仏法を基底に持つ創価学会によって宗教的「中道」の展開が浸透していったのだが、筆者はそれにはまったく触れてはいない。時代の潮流としては未だ記述するだけに至っていないと見ているのだろう。むしろ、「宗教性の希薄な日本の間隙を衝くように、国家神道を掲げた戦前への回帰を志向する勢力が天皇親政の神道国家を再興しよう」としていることに警鐘を鳴らす。(2024-2-7)

【他生のご縁 憲法調査会での参考人質疑から】

 寺島実郎さんとは、衆議院憲法調査会の参考人に来ていただいた時に(2002-5-10)、冒頭私がお互いに団塊の世代前後の人間だとして、親近感を抱きますと述べました。その時の彼の笑顔がとても印象的だったことを明瞭に覚えています。そのあと、次のようなやりとりをしました。まず。一問目は、かつて私が米国に行って講演をした際に、日米間に「二つの失望」があると述べたことから始めました。一つ目は、在日米軍基地縮小政策が滞っていることへの、日本の米国への失望です。もう一つは、安全保障分野において、これ以上、日本は米国の期待に応えられないと言う意味での米国の日本への失望についてです。

 つまり、日米同盟のもとでの協力体制について、両国の国民が抱く認識と期待の間に相当の隔たりがあるとの考えを寺島さんはどう捉えていますか、と訊いたのです。

 これ対して、同氏は非常に大事な質問をいただいたと述べた上で、「安保というものに対する相互リスペクトつまり敬愛がない仕組みを、お互いに変えていかなきゃいけないということが、まず重要なポイントだ」と述べる一方、「日本における米軍の基地のあり方だとか、地位協定の改定だとかいうものをしっかり持ち出して、相互に敬愛できるような仕組みに近づけていこうと、言い出すべきだ」と強調されました。とても、大事な視点だと、思ったものです。

 第二に、国連のアジア本部を沖縄に設置する構想は21世紀前半においてとても重要なことだと思うがどう考えるかと問いました。これには、「例えば、経済協力に関する機関だとか、アジア太平洋地域のエネルギーとか、食糧の国際機関だとかを粘り強く積み上げて誘致して、国連アジア本部というものを日本に引っ張ってくる考え方は実に意味があると思う。要するに、年間40万人の国連関係者が訪れるようなところには、例えば核攻撃はできません。そう言う意味も含めて、今言われたポイントは極めて大事だ」との見解でした。

 あれから21年余。昨年暮に発刊された総合雑誌『世界』の1月号で、寺島さんは、この時の発言とほぼ同じことを「21世紀・未来圏 日本再生の構想」の中で、提案しています。残念ながら、私たち2人のやりとりは実現せぬままに時が過ぎてしまったのです。これで諦めずに、これからも頑張りたいと思っています。(この項終る)

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【113】宗教なき社会の再構築━━寺島実郎『人間と宗教 あるいは日本人の心の基軸』を読む(上)/2-3

 寺島実郎さんといえば、三井物産を経て現在は日本総合研究所会長であり、多摩大学の学長でもある。時に応じて世界の今を切り取り、解説し分析する能力たるや抜群の冴えを見せ、多くの人を惹きつけてやまない。その彼が総合雑誌『世界』に「体験的宗教論」を書き、3年前に出版された。1947年生まれ。いわゆる「団塊の世代」の旗手の一人。若き日より世界を駆けめぐってきた人が思い入れたっぷりに、「宗教の現場」に足を運び身を寄せて論じた。宗教者ではなく、特定の宗教に帰依しているわけでもない、ビジネスと社会科学の世界に生きてきた人が、なぜ宗教か。「世界は宗教に溢れており、本気で意思疎通するには相手の思考回路と精神性を理解する必要があり、宗教は避けて通れない」からだ、という書き出しは迫力十分である◆読む方の私といえば、浄土真宗の門徒に生まれながら、19の歳に日蓮仏法に改宗し、いらい60年が経つ。ほぼ全ての時間をその宗教のリーダーが創始者となった政党の人間として生きてきた。寺島さんを宗教の回遊観測者とするなら、こちらは定点観測者であろう。100を越える国々を深く歩いてきた人と、およそ列島以外を歩いたとは言い難い私は、それでも同時代人として様々な思いを共有する。宗教そのものと格闘してきた時間において、引けを取らないはずとの思いのみを頼りに、「日本人の心の基軸」に肉迫した〝寺島的作業〟に伴走ならぬ後追いをしてみた◆私にとっての「宗教の60年」レースの出発点は「日蓮と親鸞」で、ゴールは「仏教とキリスト教」である。この本の核心も前半のスポットライトは3章「仏教の原点と日本仏教の創造性」と4章「キリスト教の伝来と日本」にあると、読めた。親鸞は妻帯し6人の子どもに恵まれ、長生き(89歳没)をした。弱さと非力。微笑みと人間臭さ。愛欲と名利。筆者の親鸞像は「大地を生きる人間の体温」を感じさせ、どこまでも優しい。一方、日蓮像は人間味を感じさせない。法華経の行者。末法の救済者。国のあり方を問う宗教者。といった風に、世の変革に取り組む修行者イメージ一辺倒である。唯一、「日蓮を心に親鸞を生きた宮沢賢治」という表現に心和む思いを抱く。私は高校時代までは父の背を見ながら念仏を唱えた。やがて法華経を学び親をも改宗させた大学時代。それ以降の自らの宗教体得への道を思うとき、退廃を続ける〝時代の子的側面〟を感じざるを得ない◆阿弥陀仏を口ずさむ者と、妙法蓮華経を唱える人びとの鍔迫り合いが展開されるなか、日本にキリスト教が伝来した。筆者は「それからのキリシタン」において、斬首、火炙り、吊るしなど、ありとあらゆる残酷な手段で、「壮絶な棄教と殉教」を迫られた神父たちの過酷な運命を描く。キリスト者への大量殺戮と集団的狂気に走った日本人をどう見るか。「教義には融通無碍だが、時代の空気には付和雷同するという意味で、日本も恐ろしい国である」との記述は胸に重く響く。戦前の国家神道全盛期に、正法流布に一歩も退かず、弾圧された創価学会の会長ら先達の戦いと対比させつつ読み進めた。あれから80年。宗教から離れたかに見える日本。そこに「国家神道の復権を希求する存在が根強い」との指摘は聞き捨てならない。(2024-2-3 以下続く)

 

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【112】《改訂版》混沌さ増す世界の焦点に肉薄━━高橋和夫『中東の政治』を読む/1-23

 「中東」とは具体的にどこを指すか。著者は一通りの説明を加える。「現在の国名でいうと、北はトルコ、イラン、南はアラビア半島南端のイエメンまでを含む。西地中海から東はイランまでの範囲に入る国々は、全て含まれる。この範囲にイラク、シリア、レバノン、イスラエル、サウジアラビアなどが含まれる。問題はその外側の国々である」と筆をすすめたあと、「北アフリカは含まれる」としながら、具体的に国名を挙げて、入るか入らないか曖昧であるとして、結論的には「中東とは混乱し混沌とした地理概念なのである。曖昧でぼんやりとした弾力性に富んだ地域の広がりを意味する」と半ば放りだす。そうした概念の混沌ぶりを裏書きするかのように、昔も今も「中東」情勢は混沌とし続け、〝世界の火薬庫〟のように見られ続けてきた。

 私がこのほど読み終えた本は、放送大学名誉教授の高橋和夫さんの手になる。高橋さんは知る人ぞ知る放送大学の看板教授である。私は「放送大学の存在」を偶然に知ってより、この人の講座をテレビで繰り返し観るようになり、とりことなった。なぜか。ひと言で言えば、講義が圧倒的に面白く惹きつけられる。時に中東に、アメリカにと現地に足を運び、講義もスタジオだけでなく、あちこちと転戦し、音楽を取り入れ、種々の楽器を持ち込み専門家に演奏させ、聴視者に提供する。変幻自在に飽きさせない講義ぶりに大概の人はファンになる。この本はその講義のテキストだが、放映と必ずしも一致しない。私はこの2年あまりテレビで見聞きした上で、今回漸く紙媒体も制覇した。大いに満足している。

●なぜかパレスチナ問題に言及がない

 ただし、難点が一つある。5年前に出版され、映像は2022年のもの。残念ながら、日進月歩というか日遅月退というべきか、移りゆく国際情勢の最先端を反映していない。つい昨年に、パレスチナのハマスの仕掛けたイスラエル攻撃に端を発した惨状言及がない。テキストは仕方ないにせよ、放送にあっても古い映像内容が出てくるのは口惜しい。元々著者は「パレスチナ問題への言及が比較的に少ない」とまえがきで断っていて、その理由は、これまで既に多くを語ってきている上、「中東の政治=パレスチナ問題」ではないと、明言している。とはいうものの、物足りないのは否めない。だが、15章(放送は45分ずつ15回)の講義には、私もめくるめく思いでページを繰ったと言っても決して言い過ぎではない。国際政治の移り変わりを大学時代から追いかけて60年近い私ゆえ、循環する人間の業とでもいうべきものを学ぶ無意味さを知る一方で、率直に言ってその面白味を捨てられない。あたかも血湧き肉躍る日本の戦国史や国盗り物語を読むのと似ているからである。

 ただ、日本史と中東史の最大の違いはユダヤ人にイスラエル建国の苦闘と、クルド人たちの悲劇の2つが日本史にはないことだといえよう。著者は「民主主義を実践してユダヤ人国家を止めるか、ユダヤ人の支配を続けてアパルトヘイト国家になるのか」と問いかけ、「ユダヤ人国家で民主主義を続ける限りあり得ない。イスラエルが直面するジレンマである」と結ぶ。13章の冒頭に掲げられたイスラエルのリベラル紙「ハーレツ」のブラッドレー・バーストンの「占領がイスラエルを殺す。イランでもハマスでもヘズボッラーでもない」との言葉が重く響く。

 一方、最終章の「クルド民族の戦い」は、イスラエルが国土を持つだけ、まだしもだと思わせる。「死ぬ国ある人はよし クルドらは 死ぬ国を求め今日も死にゆく」と。クルド民族は、3000万人とされ、「国を持たない最大の民族」だという。イラン、イラク、シリア、トルコの国境地帯に国境をまたいで生活している。このクルド人の自治や国家を求める願望は、第一次世界大戦後の英仏を双頭の頂点とする列強の線引きに外されて以来、クルド人の土地は山分けされたままになって、もう100年有余を超えている。ユダヤ人のシオニズムに比べればまだましとはいうまい。「クルド問題はエネルギーを蓄積しながら、次の爆発の時を待ち続けるだろう」との結末の記述もまた暗く重い。(24-1-23)

【他生の縁 放送大の教師と潜り受講生】

 高橋和夫さんの講義をもぐりで受講してきた私は、著者を身近に感じます。講義の感想を手紙で書いて送ったことに対しハガキで返事をいただきました。放送大学開校いらいの講師として、「中東の政治」だけでなく、「現代の国際政治」や「世界の中の日本」など複数の講座を担当されてきました。しかも「中東の政治」は一人で全講義を受け持ってます。

 若い講師が講義ペーパーにしょっちゅう目線を落とすのと違って、全部を誦じての講義ぶりは聞いていて安心できます。かつて議員時代に、イラクに行く機会があったのに、逃してしまった私には中東政治を語る、高橋さんの臨場感溢れる講義が楽しみです。

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【111】「令(うるわ)しく平和に」の思いと共振した『77年の興亡』━━『潮』2月号の対談から/1-16

 新しい年が能登半島大地震と共に明けて1月も中旬。早々に私にとって嬉しい話が飛び込んできました。東京の友人が総合雑誌『潮』(2月号)を電車の中で読んでると、対談の中で私のことが触れられているというのです。急ぎスマホでそのくだりを画像で送って貰いました。連載40回目の『高島礼子の歴史と美を訪ねて』に、中西進さんが登場され、『万葉集』と『古今集』の違いを、国際主義と国粋主義の違いと捉えた上で、自由さと多様性を持った『万葉集』の時代は国際主義であるとの議論を展開されています。今回はいつもと趣向を変えて、この対談から考えたことをまとめてみます◆高島さんは、中西さんの議論を受けて「令和の時代は『万葉集』の時代と同じように、世界に開かれた自由な時代、多様性が輝く時代になっていくかもしれませんね。「令和」という元号の二字自体が『万葉集』の一節から取られていますし‥‥」と発言。中西さんは「そうあってほしいものです。時代というのは螺旋階段のように、同じことをくり返しつつ進んでいくものですから」と続けて、私の著作を持ち出されます。「公明党で長らく代議士を務めて引退された赤松正雄さんが、最近、『77年の興亡』という著書を出されました。これは明治維新から敗戦までが77年で、敗戦から2022(令和四)年までが同じく77年であることに注目して論を進めた内容です」と◆このあと、中西さんは、「いまは、次なる77年の始まりに当たる」わけで、「令和の始まりはまさに日本にとって節目で、戦後の昭和や平成の時代とは大きく変わるのかもしれません」と、ご自身の「令和」という年号にかけられた「希望の光」に言及しています。私は自著において、次なる時代の明るい展開にむけて、その源泉こそ日蓮仏法に裏付けられた中道思想にあることをさりげなく盛り込みました。中西進さんという16歳上の偉大な国文学者が、時代の変遷の中に大いなる期待を込めて、私の着想に共振していただいたことはとても大きな感動を覚えます◆時代の先行きは想像はでき得ても、確たる見通しは持てません。螺旋状的展開を繰り返すと、見定める先達も同様でしょう。そこは「どうなるだろうか」との予測ではなく、「こうしてゆくのだ」との確信が新たなる歴史を形成しゆくカギを握るものと信じます。かつて池田大作先生が、普遍性と土俗性のあいだを往来してきた近代日本の歴史を俯瞰された上で、「第三の偉大なる蘇生の道」を歩み行くことへの展望を後継たちに託されたことを思い起こします。今からちょうど50年前のこと(昭和49年3月3日第15回学生部総会)です。その講演の結論で、先生は「庶民生活の中で風雪に耐え、個人の「真我」の確立を説き、人類普遍の道を開き、現代人の心に巣くう虚無感からの脱出を導く仏法にこそ、新しき確実なる活路を見出すべきだ」と訴えられました。これを銘記して、私もこの一年元気に生き抜きたいと思っています。(2024-1-16)

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【110】時代の変化と人間の英知との格闘━━宇野重規と聞き手・若林恵『実験の民主主義』を読む/1-8

 正月早々にテレビで『令和ネット論━━2024年大予測』(NHK・Eテレ1-3放映)を観た。イーロン・マスクと生成AIが世界をどう変えるかについて、若い専門家を中心に討論する番組だった。AI研究家、IT評論家らによる発言を聴いていて、言い知れぬスピード感で世界が変化しつつあることを、改めて脅威を持って聞きかじった。方向は真逆だが、津波が一瞬にして町の姿を一変させてしまったと同じように、デジタルが社会の有り様を一変させている現実をグイと突きつけられた。これとほぼ同時に、標題にあげた本を毎日新聞の『今週の本棚』(1-6付け)で発見して購入、正月三連休第二弾の最終日に丸一日かけて読破した。テレビで観たものの背景と意味するものを活字で解説されたように思えて、確かなる手応えを示されたような気(これからの思索が大事だが)がした◆民主主義研究の重鎮である政治哲学者とデジタル文化に造詣が深い気鋭の編集人との〝やりとり〟は、実にユニークで読みやすい。この本は、歴史の知恵(トクヴィルの思想)を紐解きつつ、目の前で息詰まる民主主義の現状を、最先端の技術を使った実験をするかのように読み解き、打開する方向を模索したものである。その魅力は、通常見られるような学者の一方的な知的所産の披歴だけに終わっていないところだ。トクヴィルがアメリカ民主主義をどう見据えたかについて、宇野さんは深い洞察力を遺憾なく発揮して解説しながら、民主主義の現状打開への糸口を提示する。それを聞き出しながら、現代最先端のデジタル事情をファンダムなどの動きを通じて若林さんが巧みに議論を広げ、まとめゆく。学者へのジャーナリストのインタビューではなく、時代を超えて姿を現したあたかも知的モンスターとの付き合い方を、相互方向で論じあうという趣きがある。知的興味を掻き立てられ考えさせられたことは間違いない(正解はわからないのだが)◆民主主義に対する一般大衆の不満が日本中に充ち満ちてきていることは周知の通り。このところ私は世界、日本におけるコミュニティ作りへの挑戦や、くじ引き民主主義の取り組みなどについて示唆に富む本を読み、現状打破への道を探しつつある。この本においても著者たちは、民主主義の理想とでも言うべきゴールに向かって思考実験を披露しており、2つの重要な問題提起をしている。1つは、執行権(行政権)の民主的コントロールの可能性だ。つまり、選挙だけではなく、行政に対する直接的な影響力の行使へのアプローチである。もう一つは、新たなアソシエーション(結社)としてのファンダム(支持者グループ)に着目している点である。芸能人やアスリートたちへの無数のファンたちが自発的に情報を共有して「推し活」をサポートし合うのと同様に、政治参加の新たなモデルを見出せないかというのだ◆切り口は確かに斬新である。立法権行使より行政権のあり方の改革を迫るというのはユニークである。また、旧来的な政党よりもファンダムの方が何だか楽しそうで魅力に溢れている。しかし、現実の実効性はどうか──などと野暮なことは言わない方がいいだろう。ここは、能登半島の地震被害者たちをどうするかとの問題設定からスタートするのが手っ取り早いかもしれない。今そこに倒れ、途方に暮れている人びとが助けを求めている。それを目の当たりにしながら、今行政は悪戦苦闘し、政党、政治家は混乱の最中で妙案を見つけ出し得ていない。影響力を行使するチャンスだ。今こそ、無償の善意の持ち主たちがファンダムのように、知恵を出し合い、救済の手立てを講じる仕組み作りができるかもしれない。ここに新たなる民主主義のスタートに直結する一つのヒントが隠されているように、私には思われてならないのだが。さて。(2024-1-9)

 

 

 

 

 

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【109】ポストモダン風〝自分探しの哲学〟作法━━諸井学『マルクスの場合』を読む/1-1

 読み進めて、ああこれって前に読んだアレと似てるなあと思った。アイルランドのノーベル賞作家・サミュエル・ベケットの代表作『モロイ』に。ちょっと似てるものの、結構分かりやすいところが違う。自転車に乗った犬が海を見つめているかわいい表紙の『マルクスの場合』を読み終えての私の印象だ。犬、自転車、ビー玉おしゃぶり‥‥。登場する小道具が酷似している。しかも出だしのフレーズが最後にまた登場して、と。だが、あの作品を読み終えて感じたわけのわからなさへの苦痛と苛立ちは不思議にない。曖昧で不可解な人生へ挑む勇気が今ごろ湧いてくる。「ん?俺っていつからこんな本に感じるようになったんだろう」──な〜んて。ベケットの『モロイ』に感激して、そこから学ぼうと、筆名を諸井学(もろいまなぶ)とした人から直接手ほどきを受けた。その効果が出てきたのか、それともこれは初夢なのか◆かつて、あれこれ講釈を聞き、ポストモダンなる分野の小説を齧って数年が経った。諸井はモロイを超えた──これが私のやや無謀な実感である。現代世界文学の水準から、日本文学は遠く離されたところにある、遅れているというのが諸井さんの口癖だ。しかし、その挑戦はとりあえず成功したのではないか。ストーリーを追うんではなく、そこにある表現全体を感じとれればいい、理解しようとするのではなく、と幾たび聞いたことか。それからすると、理解できる、分かったは邪道なのだが。で、私は何故に諸井学に従順になったか。ひたすら和歌文学への彼の造詣の深さに感銘を受けたからだ。縦横無尽にあの手この手を使っての「新古今和歌集」を料理し尽くした『神南備山のほととぎす』にはたまげた。かの丸谷才一の『後鳥羽院』における誤りを謝らない同氏に、文中で挑みかかった度胸に痺れた。今度は現代世界文学への挑戦なのだ◆色んな受け止め方ができようが、私はこの本を著者の意図とは別に「自分探しの哲学奇行」と見た。愛犬マルクス・アウレリウスを相棒にその旅に自転車で出かけ、途中での数々の出会いと、思考の所産が散りばめられて飽きさせない。この人は工業大学に進みながら、文学への思い絶ち難く、ひたすらに古今東西の本を読みまくった。その遍歴の一端は第8章の「旅路の果て」に詳しい。知的興味を唆られる。専攻した「金属工学」にも、余技として熟達した「文学」にも、結局道は繋がらず、実家の電器商を継ぐことになった男。自らの生涯を〝わざとややこしく〟辿りみている。その道は、しばし出てくる「三叉路」にも似て、「自らを認識し歩む人生」だけではなく、「他者がわたしを観察しながら関わる人生」と、「私がそうありたいと望んだ人生」や「ありたかったと悔やむ人生」といった風に、幾つもある、と。思えば私も同じだ◆この本を読みつつ私は沖仲仕の哲学者エリック・ホッファーを思い起こした。そう、この人、電気屋の哲学者なのだ。随所に、犬ではない皇帝マルクスの自省録の一節や三十一文字の句を折り込みながら、人生の考察を展開し、哲学する作法をさりげなく披露しゆく。頁を繰ると、突然に三倍くらい大きい活字で「おかあちゃーん」とか「うるさい!」やら、「貴様!本官をバカにしとるのか!」「!?」と出てきたり。また文末に英語による一語や一文Yeah!、that is the  question.などが登場したり、1ページ丸々英文が出てきたり、音の大小に応じて活字を変えてみたり、数行丸ごとゴチック表示などと、読み手の感情の起伏に合わせるかのように。千変万化する手練手管の数々は、追うもなかなか忙しい。読者へのサービス精神旺盛なのである。こうした表現のあれこれを総じて一括するのは、「『Merdre!(クソッタレ!)』 現代芸術はこの言葉によって幕が開けられた。以後、演劇は条理を失い、絵画は具象を失い、音楽は旋律を失い、文学は物語を失い、わたしはしばらく気を失った」とのくだり。こう書いてきて、私は、昨今の世界も同様に、政治は人格を失い、経済は節度を失い、社会は安定を失った、と言いたくなる。そう、誰も彼も己が踝(くるぶし)の傷が疼き、前途の視界が怪しくなってきた。『77年の興亡』から1年が経ち、77+2年の新年に突入したいま、ゆっくり何かを待ついとまはない。(2024-1-1)

 

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【108】「文化と観光」は対立的共存?━『五木寛之の金沢さんぽ』を読む/12-26

 金沢を松江、京都と共に推奨してやまない高校後輩のT弁護士の強い引きで、1泊2日の年末旅行に妻共々出かけた。かねて私には、金沢の文化への〝確証なきこだわり〟があった。劇作家の山崎正和さんは、評論家の丸谷才一氏との対談本『日本のまち』の中で、「京都人にとっては文化即観光、観光即文化ですね。ところが金沢の人にとっては、文化と観光は対立概念だというところが面白い」との比較論を展開している。私はこれまで2度ほど金沢を訪れたものの駆け足で撫でた程度だった。今回の旅では「文化と観光は違う」説の裏を取ろうとの目的を持っていた。日本海側に大雪が降るとの天気予報がドンピシャで的中。お昼前に駅を降り立つやいなや、小雪混じりの強風のお出迎えとなった。元は油屋だったという古い佇まいの台湾屋台でお粥を啜ったあと、元は銀行だった円筒形の「金沢文芸館」に入った。ここには五木寛之氏の著作が全て陳列されているコーナーがあるということも知らずに◆この地が泉鏡花、室生犀星、徳田秋聲らの作家を生み出したところだとは知っていながら、五木氏とのゆかりは全く分かってなかった。彼は九州・福岡の出身だが、苦節の若き日にこの地で暮らしたことで、第二の故郷と位置付けているという。一階受付横に置いてあった2冊が目に飛び込んできた。表題作と『蒼ざめた馬を見よ』である。後者は直木賞を受賞した彼の代表作で、その昔に手にしたことがある。迷わず散歩中の粋な写真が表紙の方を選んだ。まるで観光パンフレットを手にするようなノリで。このエッセイ集との出会いが「文化のまち」の由来を手繰り寄せる手引きの役割を果たしてくれた。旅から帰ってきて読み進めるなかで、こういう語り部を持たない土地の不幸を思いっきり感じたしだいである◆この本における金沢が生活の中に文化が根付いたまちであるとの裏付けを挙げてみたい。まず、まちの佇まいだろう。筆者が友人に宛てた手紙で「兼六園を抜けて、旧制第四高等学校の赤煉瓦の建物前をすぎると、もう香林坊。(中略) 本屋さんを順ぐりに回って、竪町の古本屋にたどりつく。帰りには『郭公』だの、『蜂の巣』だのといった喫茶店でコーヒーブレイク、というのがワンセットなったぼくの日程でした」とある。また「主計町は大橋から中の橋へかけて、浅野川にひっそりと寄りそうように暗い家なみが続く一画である。古風なお茶屋さんや、鍋料理の店や、旅館や、スナックなどが営業している」など、とも。さらに、堂々たる博物館や格調高い美術館、そして文学館から蓄音器館までといったような建物が優雅に立っている。市内を流れる犀川と浅野川という二つの川とその間にある起伏豊かな坂の存在も、と言った風に、挙げ出すとキリがない。そして、加賀百万石の礎を作った前田家の歴史と伝統であろう。戦争時の空襲を受けていないという僥倖もある。五木さんの思い入れたっぷりの散歩紀行を読むと、いっぱしの金沢通の気分になった◆実は、五木さんについては、デビュー作『蒼ざめた馬を見よ』での印象的な男女の絡み合いが災いして、彼のエンタテイナー的側面ばかりが気になった。そのおしゃれで粋な顔つきをやっかむかのようなある作家のデマゴーグに撹乱されたこともある。また、先年には友人から、名医・帯津良一さんとの「健康談義本」を勧められた。五木さんが自分の足の指10本に名前をつけて、1日の終わりにそれぞれの名を呼びつつ一本づつ愛おしみながら揉みほぐすというエピソードには、虚をつかれた思いがした。この人を多情すぎる作家と誤解していたことは否めない。今回の本もその傾向なきにしもあらずだが、上っ面だけで、人間の本質を私は見誤っていたのかもしれない。金沢に行って、人間・五木寛之に出逢った感が強い。(2023-12-27  一部修正)

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【107】現状の政治打開に打つ手はこれだ!──吉田徹『くじ引き民主主義』を読んで/12-16

 総合雑誌『潮』の23年11月号の【特別企画】「政治の使命とは何か」での吉田徹同志社大教授による論考『「くじ引き民主主義」で停滞する政治を打開せよ」』(同名の著書は未読)は、燃え盛る「政治家たちの犯罪」のなかで読むと、極めて示唆に富んだ面白い内容である。こんな政治、政党、政権ではどうしようもない、と嘆いてばかりではいけない。打つ手は未だあるのだと強く感じた。実は、さきのブログNo.101で、ジェレミー・リフキンの『レジリエンスの時代』を取り上げたが、その中にあった今世界各地で広まりつつある「分散型ピア政治」なるものの日本版が「くじ引き型民主主義」と呼ばれるものだからだ◆吉田さんは、この論考で「主権者たる国民が自らを統治するにはどのような形がいいのか」「多様な意見を政治にどう反映すべきか」「そうしたビジョンを実現するには、どのような制度や仕組みが求められるのか」との自問を投げかける。そして、民主主義の再起動は、こうした構想や議論があってこそだとすると共に、「くじ引き民主主義」を答えとして挙げている。彼は、「市民の中から無作為抽出で、地域や国の構成員の属性(男女比や年齢)に似た議員を選ぶ仕組み」を「くじ引き民主主義」だと定義づけている。先に私が見た「分散型ピア政治」なるネイミングがわかりづらいのに比して、そのものズバリでわかりやすい◆現在のような犯罪者まがいの政治家の体たらくを見ていて有権者の間には、政治の現場をこんな連中に任せるなんて、呆れる、もう嫌だとの声がじわり広まりつつある。かつて私が学生時代に、遠くない将来に、政治家無用論が起きてくると言い放った教授がいた。曰く、高い予算を投入して選挙で議員を選び、また彼らに高額の報酬を与えても、ろくな結果が生まれないどころか結局無駄の限りを尽くすだけ、それなら自分たちでやれるのではないかとの議論が必ず出てくるといったものだった。政治家はいなくても、民衆の決定に応じてそれを遂行する役人(事務遂行人)がいれば済むはずとの主張だったと記憶する◆今、日本以外の世界の随所で展開されている分散型ピア政治(くじ引き民主主義=裁判官員制度が類似)は、くじ引きで選ばれた素人たちが決めた一定の指針を出すのが基本的スタイルであるが、それをどう法律にしていくかは、今まで通り、議会や官僚(役人)など行政が担っていくことになる。だから完全ではなく、まだ進行形に過ぎない。これは発展途上だからであって、そのうち、今のくじ引きで選ばれる〝一般的議会人〟が、常設の議会に取って代わる時がくるに違いないと思われる。吉田さんは「共同体と個人関係をアップデートしていかなければ、日本の民主主義はやせ細っていくいっぽうです。公と個の関係を結びなおすことのできる構想や仕組みが求められています」と強調している。実際、その通りである。国会では今後、自民党を非難し攻撃する野党や国民に対して、政府与党は「再発防止策」を練り上げるだろう。しかし、そんなことですまされるのか。それは結局対症療法であり、抜本的な問題の解決にならないと、私は確信する。打つ手が違ってるのだ。(2023-12-18 一部修正)

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