[9]「日本沈没」とダブる恐怖ー高嶋哲夫『EV』を読む/12-2

 久方ぶりに面白くて怖い小説を読んだ。『EV』ー電気自動車。著者はあの『首都感染』で今日のコロナ禍を10年前に予言した高嶋哲夫さん。神戸でもう8年続いている「異業種交流ワインを飲む会」で出会ってから、親しく付き合って頂いている。その高嶋さんから、先日「自信作なんで読んで欲しい。とくに政治家の皆さんには」と言われた。読まないわけにはいかない。先週末上京した新幹線車中の往復を中心に読み終えた◆実はご本人に「読めというなら、贈呈してくれなきゃあ」と、おねだりした。してしまってから、いささかせこい自分を恥じると共に、実際に頂く(直接会う約束をしていた)前に自分で買って、読み終えて、驚かせてやろうとの悪戯心もあった。かくして読み始めたのだが、ぐいぐい引き込まれた。気になるところに付箋を貼りながら、読んだのだが、前半の100頁ほどはまさに付箋だらけになってしまった。自動車をめぐる情報量がまことに多いのだ◆つい先日、NHKスペシャルで、急速に「EV」への転換が迫られている日本の自動車産業の実情が放映されていた。550万人を越える関連企業の労働者。それだけに、一気にガソリン車からの転換は極めて難しい。何もかも変わってしまう。悩む業界の姿がその放映では赤裸々に描かれていて中々興味深かった。私の頭にはそれがベースにあったので、益々面白く興味津々で読めた。高嶋さんは、EVへの転換は止められない流れで、ぐずぐずせずに一気にいかないと、世界で取り残され、とんでもないことになるとのスタンスだ◆偶々民放でリメイク版の『日本沈没』が放映されており、欠かさず見ている。このテレビ映画では、省庁から選抜された若手官僚たちの奮闘ぶりが描かれている。それにそっくりの場面がこの本にも登場してくる。中国と米国の狭間で日本が悪戦苦闘する場面も似ていて、イメージがダブル。かたや地球そのものの異変がもたらす「日本沈没」。もう一方は産業構造の根底的変換がもたらす「日本社会の沈没」。見事なリアルさを伴って恐怖感が迫ってくる。高嶋さんと会い、種々語り合った。ご本人は「売れていない」「読まれていない」と残念がっていた。真面目過ぎる日本人には「ミステリー経済小説」は馴染まないのか。超ベストセラーになって欲しいものだ。(2021-12-2)

 

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[8]「女系天皇」への謎解きー大前繁雄・中島英迪『皇室典範改正への緊急提言』を読む/11-26

 一冊の本を読む気になるには、色んな動機があるが、タイトルも大いに関係してくる。標題に挙げたものは、堅苦しい感じがして、いささか〝読欲〟が湧いてこなかった。むしろ、第一部の見出しにある「瀬戸際に立つ日本の皇室」とか、第二部の「日本は女系天皇を公認すべし」の方がいいのではないか。著者の一人である大前繁雄さんから贈呈していだいておきながら、長く放置していた言い訳かもしれないが。総選挙が終わって読んだ。重要なテーマが見事に料理されており、為になる素晴らしい本だ。食わず嫌いだったことを恥じる。大前さんとは、かねて兵庫県下の政治家同士とし、また公益財団法人「奥山保全トラスト」での同僚理事として「共戦」してきた仲だが、改めてリスペクトの思いを強めることになった◆韓国、ネパール、ブータンの旅行記から説き起こして、皇室のかけがえのなさを述べて、上皇陛下のビデオメッセージの持つ意味を解読してみせる。大前さん担当の導入部は実に手際がいい。結論としての、「女性宮家創設と旧宮家の子孫の一部皇籍復帰」を主旨とした、皇室典範改正を緊急に行うべきだとの主張もストンと落ちる。文明批評家の中島英迪氏による第二部は、天皇にまつわる難題を12に分けて、問答形式で解き明かす。天皇制度にいかなる価値があるのかとの基本から入って、女系天皇に理論的な根拠あり、と示したうえで、男系・父系こそが日本の伝統に叶うものとする議論を完膚なきまで論破している。論理展開の小気味良さに痺れる思いだ◆男系主義を主張する人たちの理屈とは何か。「歴代の全ての天皇についてその父方をたどれば、初代の神武天皇に行きつくことになる」が、もし女性天皇が一般男子と結婚して子を儲けたとしても、その子の父である一般男子を遡っても、神武天皇にたどりつかない可能性が大きく、その子供が即位すると女系天皇になってしまい、正当性がなくなるという。これを中島氏は、出自が皇族である人々も、この二千年の間で膨大な数に上り、父方をたどって行けば、ほとんど全ての日本人の祖先は神武天皇に行き着くことになって、現在、神武天皇の子孫でない方がむしろ稀だとする。そのため「女性天皇がどの一般男性と結婚しても、彼は男系男子ということ」で、男系主義者たちの理屈は破綻し、正当性を失うというのだ◆私はかねて、天皇はなぜ男系男子でなければならないのか、と疑問を抱いてきた。衆議院憲法調査会で発言をする機会があった時も、「女性天皇でいい」と述べた。尤も、それはどちらかと言えば、男女平等に反するとの単純な理由であり、女性と女系、また男系との区別を明確に認識した上のものではなかった。この本を読み、そのあたりの理解を深めることが出来た。加えて、上皇陛下と安倍晋三氏らとの確執めいたものの問題の所在も改めて分かった。第二次大戦後、私たちは「象徴天皇」と共に歩んできた。だが、「天皇」を深く考えることはタブー視する傾向がなきにしもあらずだった。戦前までの「天皇神格化」の負の側面のみを強調する歴史認識のもとで、失ってきたものは少なくない。これも、この本で感じさせられた気がする。(2021-11-26)

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[7]『慶喜の弁明』も霧の中ー鹿島茂『渋沢栄一』下 論語編を読む/11-15

 渋沢栄一(上)を取り上げてから随分時間が経った。(下)はもうよそうかと思ったものの、思い直して挑戦することにした。NHK大河ドラマでの放映も3分の2ほど進み、佳境に入ってきている。鹿島さんの本は、算盤編、論語編と、上下に分かれているものの、さしたる区別はなく、人生の前半と後半に分けてあるだけ。波乱万丈だった若き日を描いたのが(上)で、中年以降の事業拡大に向けての壮絶なまでの渋沢の動きを追ったのが(下)である。渋沢の人生を描いたこの上下2冊を通じ、旧来的な歴史上の興味で、最も関心を呼ぶのは、徳川慶喜の江戸末期の動きである。しかも渋沢は、『徳川慶喜公伝』の編纂に携わった。鹿島さんは、渋沢が晩年心血注いだ最大の事業だとまでいう◆大政奉還から鳥羽伏見の戦い、そして維新に至る慶喜の身の振り方が、結局は卑怯者で臆病な人物であったと見てしまいがちなのが一般的である。好意的な立場からのものであっても、結局はよくわからないというのが、せいぜいの落としどころのようだ。渋沢は、その不可解な人物に仕えた。なぜ敵前逃亡的な行動をとったのかとの、率直な疑問まで本人にぶつけたという。一切を語らず沈黙を守っていた慶喜が重い口を開いたのは、明治も20年を過ぎてからのことである。鹿島さんは、「国家百年の計を考えて自ら身を引いた慶喜の複雑な心理を理解するに及んで、渋沢の心に、主君の偉大さに対する強い尊敬の念とともに、強い義憤が湧いてきた」(第63回)と書き、伝記執筆で主君の無念をはらそうと、決意する◆しかし、それでもさらに約20年後の明治40年になって、慶喜自身の証言を聞き出すための「昔夢会」なる、史談の会まで、結論は待たねばならなかった。では、そこで主君の無念を明快に晴らすだけの事実が明らかにできたかというと、実はそうではない。むしろ、一層霧の中に包まれることになってしまったのである。それは、我が身を飾ろうとしない慶喜自身の性癖と、歴史家に徹して評価に公平を期そうとする渋沢の姿勢が重なって災いしたと思われる。その背景には明治35年に慶喜に公爵位が授けられ、完全な名誉回復が実現したこともある。当初の義憤を伝記で晴らす、つまり「弁明」する必要がなくなったと言えなくもない事態が生まれたのだ。結局、「慶喜の事実は藪の中」にあることの責めの一端は、渋沢栄一にもあると言わざるをえない◆一方、論語篇のよってきたる所以を探る意味で、第62回の「『論語』と『算盤』」も精読した。著者は、「渋沢は、自己本位の利潤追求はかえって、自己の利益を妨げるという資本主義のパラドックスを十分に理解した上で、『論語』に基礎を置く『算盤』を主張している」のであり、「近代日本における野放しの資本主義の跋扈は、江戸時代から引きずってきた『論語』オンリーの考え方の反動である」という。渋沢が「論語」と「算盤」の融合を目指したのは、「『論語』を我が物にしながら、『算盤』の論理の内側に止まった『父』を止揚しようとする『息子』の原体験から生まれたものに他ならない」と結論づける。明治維新から、先の「大戦敗北」を真ん中において、2つの77年を経たいま、改めて「論語」の重要性に気づかざるをえない。第一の77年の興亡は、澁沢によって「論語と算盤」の融合がそれなりに試みられたが、第二の77年にあっては、「戦後民主主義」の跋扈によって、「論語」は忘れ去られた感が強い。第三の興亡史がこれから始まろうとする今、改めて「渋沢栄一」が脚光を浴びることは、なかなか意義深いといえよう。(2021-11-17  一部修正)

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[6]世界を分断する「環境」と「原発」ー杉山大志編著『SDGsの不都合な真実』を読む

ほぼ1ヶ月まともに本を読まずに過ごしたが、ようやく総選挙も終わり、この読書録も再開したい。取り上げるのは、日本最大の自然保護団体である「日本熊森協会」の森山まり子前会長から、読んで頂きたいと送られてきた本だ。「『脱炭素』が世界を救うの大嘘」がサブタイトル。環境派(「脱炭素」優先)vs経済成長派(「原発」優先)の是非を問う動きが世界を分断させつつあるが、この本は、前者の「非」を徹して叩き、後者の「是」を〝そこはかとなく〟主張する本である。私は、「真実は中間にあり」との信念を持つ。この問題も結局は、両者の中間に落ち着かせるしかないと思っている◆13人の論客たちの揃い踏み。私の興味を引いた論考は4つ。まずは、編著者の杉山氏(キャノングローバル戦略研究所研究主幹)の「世界的『脱炭素』で中国が一人勝ちの構図 『環境』優先で軽視される人権問題」から。長い見出しが全てを物語っており、このテーマが、一皮向けば、中国に率いられる後発諸国と欧米など先進諸国の争いだということを明確にする。現代世界の異端児・中国を敵視扱いしたい気持ちは分かるが、それを平和裡に乗り越えねば、地球に明日はない。杉山論文始め「再エネが日本を破壊する」との第一章の他の3論考を読むにつけ、「原発」重視の意向が透けて見えてくる◆次に第2章「正義なきグリーンバブル」からは、ジャーナリストの伊藤博敏氏の「小泉純一郎元首相も騙された!魑魅魍魎が跋扈『グリーンバブル』の内幕」を読む。見出しから予想される通り、東京地検特捜部がこの5月に摘発した再生エネルギー会社「テクノシステム」の詐欺事件について斬り込んでいる。この事件では私の後輩の元衆議院議員が、残念なことに現在捜査対象になっている。総選挙前には、嘘かまことか、ターゲットは広告塔になっていた小泉親子で、T元議員は哀れなダミーと囁かれていた。第3章「『地球温暖化』の暗部」からは、有馬純東大特任教授の「現実を無視する『環境原理主義』は世界を不幸にする」が読ませる。「環境活動家はスイカである」という謎かけを引っ張り出して、かのグレタ・トゥーンベリを叩き、全体主義、社会主義との親和性をあげつらっている。その心は、「外側は緑だが中は赤い」ときた。中々面白い。有馬さんといえば、我が党の原発推進論者との党理論誌上での対談が印象に残る◆第4章は、産経新聞論説委員の長辻象平氏の「コストも妥当、安全性は超優秀 世界で導入が進む『次世代原発』の実力」。「原発」がしんがりに真正面から登場。「やっぱり」との思いが強い。「安全安心の『高温ガス炉』」と言われても、俄に信じがたい。ここでは「中国では日本と対照的に、政治主導者がエネルギーの重要性と高温ガス炉の科学技術をしっかり理解している」と、日本を貶め、中国を妙に持ち上げている。こう書いてくると、私があたかもゴリゴリの環境派に見えてこよう。しかし、いささか極端で気になったくだりを挙げたに過ぎない。最初に述べたように、私はどちらにも真実は含まれ、嘘も混じっていると思っているだけだ。さて、森山さんはどうしてこの本を私に読めと勧めるのだろうか。スイカ割りをして、その中がどんな色か、試すつもりなのかもしれない。(2021-11-10)

 

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[5]地方 の「文芸同人誌」の凄味を味わう/9-30

「忙中本なし」の昨今、政治、経済、文明論などはともかく、文芸本からは遠ざかる一方。そんな折りもおり、学生時代の懐かしい先輩から地方の同人誌が届いた。『中部ぺん』第28号ー創立されて35 年目を迎える「中部ペンクラブ」が年に一回発行する「総合文芸雑誌」だ。そこには、同クラブの文学賞『特別賞』を受賞された中島公男さん(日本ペンクラブ会員)の喜びの言葉と写真が掲載されていた。少し前に発刊された『瞬間よ止まれ!』が受章対象作だった。そのタイトルから窺えるように、この本は、今を生きる生命の営みに、切なる愛おしさを感じさせる秀作だった。受章を記念して書かれた彼の小論は、文豪トルストイの日記から読み取れる「書くことへの悩み」より筆をおこし、アウレリウスの「今の瞬間だけに生きよ!」で締め括られていた。その誠実なお人柄がしのばれた★実は、それより数日前に、私の友人・諸井学氏から、播州姫路の文学同人誌『播火』108号が届いていた。そこには彼の随筆「日本文学のガラパゴス化」と、特別企画 国文学セミナー『「新古今集」以後の和歌文学』の2篇が掲載されていた。この人は知る人ぞ知る電機商にして作家という二足の草鞋を履いている(3年前に姫路の「黒川録朗賞」を受賞)。そのうえ、日本文学にもヨーロッパのモダニズム文学にも滅法造詣が深い。いわば2足の草鞋を履いた和と洋双方の〝料理の達人〟といえようか。その彼の特技が見事に披露された2篇を読み、心の底から唸った★特別企画の和歌文学セミナーについては、彼の代表作『神南備山のほととぎすー私の新古今和歌集』で使われていた手法の第二弾。初めて読んだ時はものの見事に騙された。架空のセミナーを誌上で展開、さもどこかでやった講演を再録したものと思い込んだ。それが実は全部机上のもので、しかもそれ以外に挿入された掌編も悉く意匠の限りを尽くした内容。読み終えて『新古今和歌集』の全貌が仄みえてくるという企みに絶賛するほかなかった。今回は〝柳の下〟だと分かってはいたものの、結局は彼の術中に嵌まってしまった。「新古今和歌集」が出来上がって後の「勅撰和歌集」講義から、「和歌文学の終焉」をもたらした正岡子規の、〝寝たままの振る舞い〟に及ぶまでの二回分40頁。食べ応え十分の「和食」だった★また、もう一つの「随筆」がまた味わい深い。ここでは、いかに日本文学の今が、世界標準から見て特殊な位置にあるかを明らかにしている。カフカの『変身』の、かの有名な「目ざめてみると、自分が巨大な虫になっていることに気づいた」とのくだりを読んで、某同人誌主宰者が「ある立場が書かせた稀に見る奇書」と捉えていることを一例にあげ、諸井さんの筆は切り込む。「20世紀以降世界の小説家は物語を離れて小説の構造を重視するように」なっているのに、日本の文学は基本的には「あらすじや登場人物のキャラクターに頼った解釈」に終始していることの落差を指摘するのだ。実は私自身、彼我の差の実感が乏しかった。諸井さんとの出会いからサミュエル・ベケットの『モロイ』の存在を知って読んだのだが、全く理解不能だった(この辺りについては既に公表済み)から。諸井さんは、最後に今のような状態が続けば、「世界に通用する小説家が生まれません」し、「ノーベル文学賞など望むべくもないのです」と結んでいる。さて、この「洋食」料理は私には、味が濃いすぎて、いささか後味が悪いように思われる。(2021-9-30)

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[4]看護師が見たパンデミックー『新型コロナウイルスとの闘い2』を読む/9-14

「看護師が見た」ー何だか、市原悦子主演で話題を呼んだテレビドラマ『家政婦は見た』を連想した。余計な思いを振り払い、頁を繰った。この書物は、特定非営利活動法人「地域医療・介護研究会JAPAN」と株式会社「ヘルスケア・システム研究所」の共著による、シリーズ第二弾である。一作目は、「現場医師120日の記録」とあったが、いささか羊頭狗肉の感は否めなかった。病院長ら幹部の発言が目立ち、「現場」とは遠い感じだったからである。同研究会の邉見公雄会長に直接、率直に苦言を呈した。しかもその辺りについて、「読書録」ではなく、褒めたり貶したり、あれこれ「回想記」に書いた。今回のものにおける邉見会長の巻頭言には、「(前回の出版では)『最前線で活躍しているはずの看護師がいない』などの鋭いご意見も頂戴いたしました」との断り書きがついている。私だけでなく、多くの読者からの注文があったものと思われる。今度は、看護師ら現場サイドの声も十二分に反映されていて、文句はない◆なかでも愛甲聡院長による「永寿総合病院の1年の記録」は20頁に及ぶ力作。院内感染発生という厳しい事態をどう乗り越えたか。反省部分を含め様々な意味で読み応えがあった。更に「最前線看護師のチャレンジ」との一文には驚いた。「兵庫県立尼崎総合医療センター」の看護師(大迫ひとみさん)のものだったからである。貪るように読んだ。というのは、まさにこの病院で昨年秋に、尼崎市在住の私の親しい友人Kさんが亡くなった。緊急入院して、僅か半月ほどで懸命の治療の甲斐もなく。ただただ悔しくむなしかった。先に彼の妻君の感染が分かり、県内のある病院に入った。彼からぜひ尼崎総合医療センターに転院させて貰えないか、との要請が私にあった。直ちに動いたが、そもそも同センターが重症患者優先であり、我儘は許されないとの返事を伝えざるを得なかった。と、殆ど同時に、彼自身の「陽性」も判明した。皮肉にも彼の場合は希望通りに同センターへの入院となってしまうのに時間はかからなかったのである◆大迫さんは「一晩で二人の患者のご遺体を棺に納めた。第一波流行期では、亡くなられた患者を納体袋に包んで棺に運び入れ、葬儀社から託されたビニールテープで棺の蓋が開かないよう目張りをした。この作業もすべて看護師が行ってきた。ある看護師は、患者が息を引き取る最期の時間に寄り添い、体を優しくさすり、手を握って患者の旅立ちを静かに見守った。重症化した後、患者が家族との再会を待たずに亡くなられた経験から、患者が会話をできる時期を逃さず、ipadによる家族との面会も積極的に行ってきた」と伝える。このくだりを読み、まさにKさんを看取ってくれた看護師さんたちの「心」を知った。新たな感動で涙ぐまざるをえなかった。集中治療室に入る前日に、彼と携帯電話で交わした最後の言葉が蘇ってきた。先に無事に退院出来た奥さんは、別れの言葉を遠く離れた窓越しでしか発することが出来なかった。彼女にこの記述を読ませたいと心底から思う◆この本の最終章(「コロナ下での医療・介護の提供体制を支えるために」)では、「自治体病院の看護師へのアンケート調査」の結果がまとめられており、惹き付けられる。結果の概要を見ると、当然ながら、感染拡大後に、「業務負担を非常に感じる」とする人が50%を超え、「看護師を辞めたいと頭をよぎったことがある」人たちが勤務年数が少ないほど多いという事実もわかる。終わりの見えない状況に、ストレスを抱き、疲労や睡眠障害を感じているとの不安を吐露している。こうしたことに、今更ながら感謝の思いを抱く。「自由記述」のコーナーに128もの率直な声が寄せられている。「医療従事者の我慢の比率が高すぎる」「勝手な行動をした人に対する対処を考えてほしい。入院費無料には、納得できない時もあります。このまま無料をいつまで続けられるのか分からない。いずれ、お金を回収されることがあれば不満」「現場で働く看護師に対する業務負担軽減や支援はほとんどないのが現状である」「(理不尽な要求をされる患者に)なぜ自分たちの身を危険にさらしてケアしないといけないのか、職務と感情の間で非常に葛藤がある」ーなどなど。赤裸々な思いに接し、〝白衣の天使たち〟への幻想が、〝身勝手な患者たち〟の甘えであることも、思い知らされた。(2021-9-14)

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[3]感受性の浪費へ華やかに筆が踊るー三島由紀夫『アポロの杯』を読む/9-10

三島由紀夫没後50年を記念する一連のテレビ放映。その一つとしてのNHKBSの『今夜はトコトン三島由紀夫』(8-13)を観た。登場するパネラーに新鮮さを感じたこともあり、見応え十分だった。平野啓一郎、佐藤秀明、宮本亜門、ヤマザキマリ、宇垣美里、ハリー杉山(司会役)の6人。この番組後半で、それぞれが三島の著作からの〝一推し〟をあげるコーナーがあった。『金閣寺』『奔馬』『午後の曳航』『不道徳教育講座』『美しい星』と、私にとって読み方の浅深は別にして、これら5冊は既知のものだった。恥ずかしながら存在すら知らなかったのが『アポロの杯』(『三島由紀夫紀行文集』所収)だった。読み終え強いインパクトに圧倒された★1951年末に三島が南北米大陸から欧州へと、4ヶ月ほどかけて初の海外旅行をした際の紀行文である。戦後の米国による占領が続く状況下。未だ一般市民の海外渡航は許されず、知人のつてを頼って新聞社の特別通信員というかたちをとった。時に26歳。かつて幕末期(万延元年)に、福沢諭吉が遣米使節団につてを頼ってもぐり込んで初の海外渡航をした(4ヶ月ほど)時の年齢が25歳で、ほぼ同じ。片や敗戦後の日本が復興に向かう前夜、片や日本近代化の夜明け前。自由気ままな個人の旅と、曲がりなりにも通商条約批准のための幕府使節団の随行員の旅。三島と福沢ー似て非なる二人の船旅をつい比較してしまう誘惑に苛まれた★三島の少年時代は、決定的な病弱の中で異常なまでの感受性を研ぎ澄ます揺籃期。早熟な三島はこの旅の時までに、通常の作家、文学者の域を遥かに超えた創作活動を展開した。その後の自決に至る20年を思うとき、この旅は彼の人生のスプリングボードだったように思われる。「感受性を濫費し」「すりへらしてくるつもり」だとの、旅への意気込みの十分過ぎる披歴に、読むものは身構え続ける。とりわけ、「希臘(ギリシャ)は私の眷恋の地である」で始まる「アテネ」編はあらゆる意味で際立っている。「無上の幸に酔って」三島は、「筆が躍るに任せ」て、「今日ついにアクロポリスを見た!パルテノンを見た!ゼウスの宮居を見た!」と、〝らしくなく〟はしゃぐ★「一生のうち二度と訪れるであろうか」とまで言う三島は「絶え間のない恍惚の連続感」に浸り尽くす。並の感性しか持たない私など、三島の類稀な「希臘礼賛」に接すると、つい〝ひねくれ心〟が頭をもたげる。そんな国が欧州のお荷物と見做されるほど、今冴えないのは何故かと。かつて、ローマの地で作家の塩野七生に会い、イタリアの今昔を比較して同じような問いかけをしたことを思い出す。芸術家の鋭過ぎる感性への、凡庸極まる政治家の嫉妬がもたらす愚問であろうか。諭吉から三島へ、繋がるものは、ただ一つ。西洋文明、その思想に翻弄されない〝自主独立の日本〟へのあくなき渇望である。ゴールは未だ水平線の彼方に霞んで見えない。(2021-9-11一部修正 敬称略)

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[2]中道主義との比較に思い馳せるー西部邁『福沢諭吉 その武士道と愛国心』を読む(続)/9-5

「諭吉論」は前回で終えたつもりだったのだが、続編を。というのは1999年12月発刊のハードカバーは文藝春秋社のものだったが、中公文庫本(2013年6月)には評論家の中野剛志による「解説」が付いており、これがまた滅法面白く読ませる。これに触れてみたい。「マージナル・マンの『痩我慢』」と題する10頁のものだ。西部邁主宰の「発言者塾」の塾生だった中野は西部塾長との逸話を織り込み、「諭吉による西洋文明批判」の面白さなどを全面展開する。30年ほど前の「IT礼賛」花盛りの時代に、西部が「明治の昔も平成の今も、まったく変わらないね」と、「西洋盲信」を笑っていたと紹介する。これは令和になった今も基本的に変わらない。その挙句、この分野で日本が米欧のみならず中韓の後塵すら拝して慌てている現実は笑うに笑えない◆中野はこの「解説」で、西部による「福沢理解のための3秘訣」を示す。❶社会学者と見なす❷「マージナル・マン(境界人)」の視座で見る❸精神の様式を「武士道」として見る。どれも新鮮な切り口である。武士道とは、「死ぬ事」と「好いた事」との「二つの方向のあいだでバランスをとる生き方」であるという。この位置付けには唸らせられる。「臨終只今にあり」を常に意識した上で、同時に今を楽しむ生き方に通じるといえようか。「死ぬほど好きだ」との表現を下世話でよく聞く。その都度、矛盾を感じてきたが、福沢諭吉を西部邁を通して、中野剛志の「武士道解説」で読むとよく分かったような気がしてしまう。さて、それをまた、私の読後録で読まれた貴方はどうだろうか。わけわからんということではないように祈る◆さて、この「解説」は、福沢の『痩我慢の説』に関連付けて、西部の振る舞いは「左批判」だけでなく「右批判」にも及ぶことを明示していて興味深い。保守思想家・西部邁は、西洋思想に目が向きすぎであるとし、右勢力が「日本思想の伝統に回帰せよ」と批判してきたことを取り上げているのだ。極め付けは、「武士道の伝統は、精神の平衡を保ちつつ最高の義を目指す緊張した姿勢の『形式』のこと」だとし、「『実体』としての伝統を手に入れて安心したがる浪漫主義者は『伝統』ではなく、単なる『古習』に『惑溺』する」存在だとするところだ。この辺りの記述は、「福沢、西部、中野」三者一体の様相をもって読者に迫ってくる◆ここで、「真正・中道主義者」を自負する私は、この三者の目にどう映るか、が気になる。西洋文明批判を専らにし、伝統的日本思想にも厳しい眼差しを持ってきてはいるが、中野に「西洋と日本の境界線に立った者だからこそ、『西洋的なもの』と『日本的なもの』の双方の臨界を見極めることができる」と断じられると、いささかの動揺を禁じ得ない。これとは似て非なる「境界線上」に立って、常に「精神の転落死」の危機に彷徨う自分であってみれば、無理もないと自己弁護する気にもなろうというものである。我らの「中道主義」こそ、直接福沢諭吉に列ならないまでも、同種の指向性を持つ存在であると自覚したい。(2021-9-6 敬称略)

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[1]左右双方から祭り上げられた〝謎の巨人〟ー西部邁『福沢諭吉 その武士道と愛国心』を読む/9-1

 この本を読むまで、分かったような気でいた「福沢諭吉観」が音を立てて崩れた。近代日本を代表する合理主義者であり、個人主義、自由主義の開祖的存在といった見方を「それほどつまらぬものはない」と西部は切り捨てる。同時に、その「精神の構え方を凝視」すれば、むしろ「武士、儒者、愛国者」の側面を持つ明治人像が浮かび上がってくるという。これだけを読めば、真正保守主義者・西部邁特有の〝我田引水的論法〟に思えてこよう。サブタイトルの「武士道と愛国心」は、近代ヨーロッパ思想に習熟し、その輸入に尽力した諭吉とは、いささか縁遠いものとの思い込みが誰にも漠然とながらあるからだ◆なぜ誤った見方が流布したかについて、西部は「境界人(マージナル・マン)」というキーワードを提起して読み解く。「良識・常識」によって培われたオリジナルな思想を持つ諭吉は、「二つの異なった領域のあいだの相克の模様を眺めることを通じて」、両者の本質的差異を見抜く力を持つに至った、と。私の理解では、例えば神道、儒学や仏教などによって形成された日本固有の思想と、キリスト教、ギリシャ哲学などによって作り上げられた近代ヨーロッパ思想の双方を、境界線上の位置から、諭吉は両者を的確に把握したということではないか。この観点から西部は、既成の領域に捉われた人々の愚を徹して暴く◆その血祭りにあげられているのが、丸山真男である。この人の『「文明論之概略」を読む』(昭和61年)を俎上に載せて、「濃い色眼鏡で、しかも左眼だけでみた諭吉像に過ぎない」「自分の好みに合わせた一面的かつ単層的諭吉像」などと、全編至る所でこき下ろしている。かつて私も新書版3冊からなるこの本と格闘した。いわゆる戦後の進歩的知識人の代表格とされてきた丸山をかくほどまでに論理的に貶めて、小気味いいまでの切れ味を示した書物を私は知らない。西部の論理展開は少々分かりづらい表現もあり、一般には難しいものの、一連の批判部分は読みやすく納得させられる◆西部は、日本が20世紀全般を通じて、「ナショナリズムの過多(国粋主義)とナショナリズムの過小(欧化主義)のあいだを落ち着きなく往復してきた」と位置付ける。そして、その原因こそ、福沢諭吉に見る平衡感覚が理解されてこなかったからだと結論づける。最もポピュラーな名前でありながら、その何者であるかが遂にいわば謎のままに終わっていることを嘆く。結語の「批評家」は、「臨界人」を巡って極めて示唆に富む論点が披歴されていて、興味は尽きない。慶應義塾で学んで半世紀が経つ私だが、その全人像を知り得る入口に漸く立った。(2021-9-1)

※前号で、ブログ読書録『忙中本あり』は通算400回を迎えました。今号より、毎回ナンバーを振って、当面は100回を目標に、通算500回を目指します。

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(400)戦後民主主義への弔鐘ー西部邁『中江兆民 百年の誤解』を読む(下)/8-22

兆民の本でもう一冊挙げるとすれば『一年有半』に違いない。西部も「死の意味を求めて」とのサブタイトルを付けて、取り上げている。これへの評価で最も辛辣なのが、正岡子規。「平凡浅薄」で、「要するに病中の鬱晴らし」の代物だと切り捨てる。それに対し西部は、「関心の赴くところ、何についてでも書いておこう」という「『拙いとはいえ真情溢れる』兆民の「仕事であった」として優しく寄り添う。誰しも晩年には「いかに死ぬか」を考える。思いつくまま気の向くままに、遅れてきたる人生の後輩たちに書き残したいとの思いは私にもあり、大いに共感できる▲一方、兆民は最後の作品『続一年有半』で、「無神」「無霊」「無(意思)自由」ーこの世に神も霊も、意志の自由も何もないということかーを断言した。これにも「陳腐なことこの上ない道徳観にすぎない」との世評が専らであったという。しかし、西部はむしろ「明治の激動期に直面した知識人の日本人」や、とりわけ「武士道の残影のなかに生きた世代」の「立場が鮮明に打ち出されている」と、肯定的な評価を与えている。尤も、現実には、この時代誰しもハイカラならぬ「『灰殻』でしかない西洋化」に靡くだけ。「西洋の根底にあるキリスト教的な価値観を批評の俎上に載せ」ようとする知識人は皆無に近かった▲江戸から明治へと時代が急展開する中で、全ては西洋的なるものの吸収に躍起となった。兆民も西洋の哲学を漁り、その真髄をルソーの『民約論』の中に求めた。と同時に、強硬な明治政府批判を繰り返した。人々は彼をして単純に「自由・民主主義者」と見立てたのである。西部は、その誤りを徹して暴き出す。「西洋」を至上のものとして、日本の思想的伝統をかなぐり捨てた時代。その風潮に、真っ向から立ち向かったのが兆民であり、「真正保守」の人を見誤るな、と▲先の大戦から70猶予年。アメリカに叩き潰され、骨の髄までそのキリスト教的価値観に翻弄されてきた日本。戦前の70猶予年は、それこそ批判の俎上にも載せず、棚上げしてきた。一転、戦後は棚卸しするが早いか拝み奉るに至った。「戦後民主主義」の名の下に。西部はそれに刃を振るいまくった。この本でも、兆民を見誤ったことに全てに狂いが生じる原因があったかのごとく掩護する。▲「民主主義の限界」が公然と語られる現状下にあって、今日本人が気づくべきは何か。西部は自らの後半生を振り返り、「精神的荒野を彷徨い歩いて」きた「『存在』としてはほとんど無の老人」と遜る。この時点から5年後、彼は自死へ。この兆民論は、諭吉論と並び、遅れて来る者たちへの遺言の側面が強い。が、それにしても妙に哀れを催す。この辺り、更に考え続けたい。(2021-8-22) Continue reading

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