【71】憲法などで国民的大論争を今こそ━━衆院選挙の結果から(下)/2-11

⚫︎一体感へ全てはこれから始まる

 少数与党の苦しみから逃れたいために、高市首相は数多の反対の声を押し切って衆院解散に踏み切りました。その奇襲に対抗するために、立憲民主党と公明党は新党「中道」の結成に急拵えで踏み切りました。その経緯は前回に見た通りですが、要するに余りにも準備時間が短かかったために、新党「中道」は、解散時172議席から49議席に激減してしまったのです。問題はこれからです。少なくとも1040万人を超える人々が「中道」と書いてくれたのですから、この人たちのためにも期待に応えてくれねばなりません。

 選挙結果を踏まえて、善意も悪意も入り乱れて様々な角度からの意見が出回り、それに伴って色んな噂も横行しています。「中道」のこれからをめぐっては、空中分解説から参議院、地方議会も含めて合流する完全合体説まで幾つかあります。13、14日に代表選挙が実施されるとのことですから、一歩前に進むことは確かです。当面気になる不協和音は、比例名簿の搭載順を巡って、公明が優遇され過ぎていて立民側にわだかまりがあるというものです。例えば神戸新聞10日付けでは、兵庫の9人の立憲出身候補からそんな声があるかのように報じられています。

 人間のことゆえ、全くないというとウソになるでしょう。しかし、兵庫の9人は選挙戦を通じて創価学会、公明党関係者の温かい支援を肌身に感じた、貴重な嬉しい経験だったと口を揃えて述懐しているとの話も当事者から直接聞きました。公明党支持者の側にも自民党候補との20年を越える関係は相当程度培われており、そう簡単に手のひら返すようなわけにはいかなかったはずです。かくいう私も家族含め中道にそれぞれ一票投じましたが、ー苦労しました。

⚫︎異文化育ちの違いを乗り越えて

 両党の議員たちが政治家として、育ってきた世界の文化の違いも多々あろうかと思います。比例区の惜敗率復活は公明党は一切とってきませんでした。「小選挙区で落ちたら終わり」との厳格な規律を貫いてきたのです。また、議員定年制も多少の例外はあるにせよ、公明党独自のものです。また、私の現役時代には「株式投資」も不文律ながら御法度でした。不労所得の最たるものとして忌むべきものと、個人的には捉えていました。おまけにゴルフにも近寄りがたいものを感じていました。この辺りはお前が堅物だからと言われそうですが、〝贅沢を避ける縛り〟が身についてしまっているのです。

 また、公明党の人間は濃淡はあれ日蓮仏法の信奉者です。党創立者・池田大作先生の思想を人間存在の根底に帯しています。困難な事態に直面するとお題目をご本尊に唱えることで乗り切ることが出来ると体験を通じて固く信じているのです。先日NHKの「こころの時代」で、宗教者が先の大戦での国家神道による圧力とどう闘ったかという興味深い番組が放映されていました。教育者であり人文地理学者だった創価学会初代会長・牧口常三郎先生への不当逮捕・獄死という歴史的事実がまざまざと思い起こされました。後継に位置する者として大いなる誇りが沸々と蘇ってきたものです。

⚫︎国民的大論争を盛大に巻き起こし課題解決へ

 さてこれから国会で高市政権との論戦が始まります。「立民」は国民民主党との間でずっと引き摺ってきた課題を公明との新党作りに際して思い切って乗り越えたとされています。安保や原発をめぐる論争や憲法についての捉え方などを始め気になることは少なくないはずです。早急に党をあげて始末をつける必要があります。その際に参院との調整が極めて重要です。参院は自維与党で120議席。立公両党で60議席強と2対1です。この関係が大事で、衆院の「中道」との連携が見ものです。

 衆院では自民と維新で4分の3の議席を占めました。参院では自維与党で過半数に4議席ほど足りません。このねじれ状況の中で国会がどう動くか。国民注視の中での舞台展開です。公明党の人間は党創立者から「派閥を作るな、作ったら党は解散だ」と戒められたと、草創期の先輩から聞かされました。このたびそれとは違う論理で衆院公明党は解散しましたが、派閥にまつわる習性は残っているはず。衆院中道と参院公明は党は異なっても、それこそ「異体同心」の気概で日本政治の舞台回しの主役だとの意気込みで頑張って欲しいものです。

 拙著『77年の興亡』(2022年)及びその続編(2023年)で、私は日本が抱える政治諸課題をめぐって国民的大論争を起こそうと問題提起しました。その過程で公明党に代わって「維新」が政権与党に入ることを是とする予測も行いました。それはなぜか。憲法をめぐる基本的考え方が違う勢力が与党を構成していては、国民世論に誤ったメッセージを送りかねないからでした。その予測が的中したいまこそ、国民的大論争の号砲がやっと鳴ったと思っています。これは、衆院選で新党「中道」に一票を投じていただいた1040万人超える皆さんへの呼びかけでもあります。(2026-2-11)

 

Leave a Comment

Filed under 未分類

【70】「中道の夢」は壊されない━━衆院選挙の結果から(上)/2-10

 今回の総選挙で、自民党が得た比例得票数は、21026139票(36.72%)。一方、中道は10438801票(18.23%)。ほぼ半分です。しかし、議席数は316に対し49。6対1の現実。ここから出発したいと私は思います。小選挙区比例代表並立制という選挙制度がもたらした現実を前に、嘆くだけでなく、党が出来てから僅か20日ほどで、中道改革連合(中道)と投票所で書いた人がこれだけいるということに驚き、喜びたいのです。自民党は結党されて70年。中道は1ヶ月にも満たない。にもかかわらず、と。これって、痩せ我慢に聞こえるでしょうか。

 ⚫︎選挙総括という名の「ものがたり」

 「敗軍の将は兵を語らず」といいます。斉藤鉄夫氏と並んで選挙後の記者会見に臨んだ席で、野田佳彦共同代表は、「万死に値する」と敗北の責任を表現しました。戦国時代ならずとも、封建制の世なら即刻切腹する場面でしょうか。今回の衆院総選挙の特殊性は、誰しもが認めるように、自らの支持率の高さを「時は今」と判断した、高市早苗首相が電撃的に通常国会召集の日に解散したことに尽きます、その結果、戦後政治史上初めての一党で3分の2の議席を自民党は獲得し得たのです。特殊なやり方で解散したので、結果もとても異常なものになったというわけです。以下、敗軍の将に成り代わって、一兵卒(支持者)が勝手な見立てを語ってみます。

 高市首相の「奇襲」に対して、「奇略」で応じたのが野田、斉藤の立憲民主、公明両党のツートップでした。衆院におけるそれぞれの党を解党して「中道」という名の新党の下に結集する、二つの党が合併するということではなく、幅広く政党、政治家に参加を呼び掛けるものでした。これは斬新なアイデアに見えます。60年にわたって公明党の支持者、政党機関紙記者、議員として動いてきた私にとってあたかも〝血湧き肉躍るものがたり〟の始まりでした。

 これは「戦略なきは座して死を待つものなり」との孫子に由来することわざを惹起させ、奇襲に対抗するに十分な対応策だと思えました。野田、斉藤両氏の頭にはかつての新進党の蹶起がよぎったはずです。2人は数少ない新進党を経験した生き残りですから。両代表は高市首相の〝大博打解散〟への対抗策として、「中道」の旗を振りかざす新党結成に踏み切る〝でっかい賭け〟に踏み切ったのでしょう。しかもその具体策は、「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」との諺を地でいくもので、両党はこれまでの所属政党を捨てて、立憲は小選挙区に集中、公明は比例区に専念したのです。

⚫︎「中道」理念を改めて広げる戦いの出発

 この「奇略」実は当事者を除いて殆どの両党関係者は知らなかったはずです。いつどのような経緯を辿って表に出てきたかはやがて明らかになるはずでしょうが、私など近い将来、立憲民主や国民民主との関係構築が自公政権離脱後のカギだとは思っていても、直ちに新党を作るという発想はなかったのです。つまり、できっこないと端から思い込んでおりました。ところが先の会見の場で野田氏は去年の秋ごろから考えていたと口にしたのです。

 2つの世界大戦を経て、人類は国際連合や国際法など平和構築への仕組みを、知恵を絞り、こころを尽くして作りあげてきました。しかし大戦後80年が経って今や世界は真逆の方向に進んでいます。自国の勢力圏拡大に奔走する2、3の大国によって世界は無惨にも無法状態と化しつつあるのです。この状況の中で、日本の政治は手をこまぬいているだけの状態を続けており、物価高に喘ぐ国民大衆をよそに、政治家がカネの使い方で世の不審を買うという情けない事態から抜け出せないでいまず。これを打開するために立ちあがろう、それが「中道」の最初の発想だったのでしょう。

 しかし、あまりにも時間が足らなかった。中道の意味あいや、なんで今自分の党をなくしてまで、と言ってる間に時は過ぎた。もっと時間があればなどと、愚痴をいういとまはありません。この選挙結果分析もその辺りについては敢えて触れないつもりです。「中道」理念を落ち着いて広げるとの「新たなものがたり」を求め探す旅に出る時は今だと思うからです。(以下次号に続く 2026-2-10)

 

 

 

Leave a Comment

Filed under 未分類

【69】自民古豪より新鋭中道候補に期待━━明石での演説会から(下)/2-5

 衆院選もはや終盤。電話、SNSを通じての選挙戦を連日展開していますが、昨4日夜には地元明石での政談演説会があり、家族で参加してきました。兵庫9区はかつて自民党の総裁選に出馬したこともある古豪候補と、前回総選挙に出て次点に泣きながら、比例復活した「中道」(当時立憲民主党)気鋭の若手候補の激突選挙区です。演説会には、その橋本けいご候補と近畿比例ブロックの「中道」の名簿搭載者の赤羽かずよし候補(共同副代表)が登壇。蓮舫参議院議員が応援に駆けつけてきました。ここでは、終了後に家族3人で交わした会話を鼎談方式で、紹介します。

★自民候補倒さねば、明石の名折れ

父)   選挙戦はあと3日。ここは全国的に最も注目される選挙区の一つだね〜。自民の候補は1年半前に大騒ぎになった「裏金問題」の当事者で、安倍元総理の最側近だった。一方、中道の候補は前回初挑戦ながら明石市ではトップ。この2人の再対決、今度こそ自民候補を倒して明石の良識を示したい。

母)  そう。前回は自民対立憲民主の構図で、私達公明党は、政権与党の立場で自民候補を応援する羽目になった。あれはいやだったね。人物本位の基準に合わぬ人を公明党中央は押し付けてきたんだから。

娘)  そんなことするから全国で公明党は負けたんよ。26年も自民党と組み「改革」をするするって言いながら、金権腐敗の自民党を変えられへんかった。政権離脱し「中道」への変身には期待したいね。

父) 自民の彼とは長い付き合い。有能な人物でよく知ってるつもり。安倍さんの後継者は高市さんでなく彼だったかも。でも、そうやからこそ、あの場面は一度「議員辞職」をすべきだった。「一から出直す」って言ってたから。そうすれば「本当のケジメ」になってた。曖昧なままはあかん。

母)女性はああいう人は許せない。今度は清潔な候補者で応援できる。殆ど縁のない人だと思ってたけど、4人の子育て真っ最中で苦労してるという感じが好感持てる。失業中との発言はちとオーバーかな。

娘)私は前市長の泉さんの市政を高く評価していて、お父さんやお母さんから文句言われたけど(笑)。橋本さんの応援に彼が付いていて心強かった。今度は泉さんの応援風吹いてないみたいで心配だわ。

父) 泉評価は分かれる。橋本候補も一人立ちしなきゃ。僅か一年半で選挙は可哀想だが頑張って欲しい。

★新鮮で爽やかな若々しい中道小選挙区候補

母)今日の演説は時間短かくてあまり触れられなかったけど、地域のお母さんたちにめっちゃ人気らしいわよ。爽やかで可愛いところあるって。百戦錬磨の自民候補と比べるべくもないけど。若さは大事よ。

娘)  彼は一言でいうと福運あるね。泉さんに引っ張られて地方公務員から、県議を経て衆院へ、あっという間に駆け上って、今度は学会員の皆さんに応援して貰うなんて。それだけにもっと力つけて欲しい。

父) いいこと言うね。当選したら、赤羽、中野両氏らからしっかり教えて貰うといい。公明と立民との新党は未知数なゆえに不安もあるけど、大いなる期待もある。日本の政治は今のままではあかんから。

母) 「政界再編」を目指すって野田、斉藤両代表は言ってる。うまくいくのかなあ?今回の結果如何も関わってくるけど、その是非が日本の未来に深く関わってくるよね。健全な与党が出来てこないと。

娘)  ほんと。私の友達に、参政党がいいっていう人がいる。ちょい前には維新びいきだったけど、あの党は言行不一致で犯罪者の巣窟だって、今度はくら替えしたようだわ。でも参政党も胡散臭い。

父)  保守ポピュリズムの傾向が強く、この党が先行き政権に参加したりすると、怖いね。だからこそ、早急に、政権担当をしてきて失敗もしながら経験を積んできた立民、公明を中核に政界再編が待たれる、

★政界再編で新たな日本の政治に期待

母)政界再編って大丈夫かしら?要するにカギは自民党からの参画でしょ?自民党対旧野党だと、イメージ的に昔の「保革対決」みたい。せっかく立民が中道の旗に共鳴したんだから、新たな動きにしたい。

娘) 「国民」が今回自民にも、中道とも距離おいて独自の戦いしてるって興味深いわね。この党が自民と組むと自維政権よりもまともそうに見える。選挙結果が左右するけど、是非、中道の方に来て欲しい。

父) ただ、せいては事を仕損じるっていうから、じっくり行かないと。高市自民党が支持率の高いのをいいことに、「政権安定」を目指して選挙に打って出た。それで中道新党が急拵えで誕生したんだけど。

母)そうね。何で突然に新党作るの?って疑問感じたけど、高市首相の利己的急襲に、大義的奇襲で応戦した中道公明って大したもんやって分かった。いい結果が出ると、日本政治史に残る快挙だと思う。

娘) そうね。さっき蓮舫さんが800億円を越す無駄遣いはとんでもない、高市さんは経済政策も何もわかってないって言ってたけど、あのくだりに一番共感した。中道が大勝ちすれば急襲も我慢してやるわ(笑)

父) ともあれあと3日。それぞれ悔いない戦いを最後までやり切って8日を迎えよう。ここからが勝負だ!

(2026-2-5)

 

 

 

 

 

 

 

Leave a Comment

Filed under 未分類

【68】今なんで総選挙で「中道」なんや━━友人との対話(上)/1-30

 衆院選序盤の情勢は自民党が単独で過半数を獲得する勢いだと報じられています。一方、新党「中道改革連合」(中道)は浸透が遅れ、各選挙区で劣勢を強いられているようです。ここでは、大阪に住む友人の大坂君との対話をほぼありのまま紹介します。(敬称略)

◆「奇襲」に対抗する新戦略

赤松)急に降ってわいたように衆院選になった。昨年の総理就任以来、実績を出すまで選挙をするゆとりなんかないと言ってきた高市が自身の人気が高いのをええことに突如態度を変えて仕掛けてきた。これに対抗し、急拵えやけど、公明党は立憲民主党と組んで新しい党「中道」を作った。応援ぜひ頼むよ。

大坂)今まで公明党の支援をしてきたけど、今度ばっかりはあかん。なんで、よりによって「立憲」なんかなあ?自民党との連立離脱までは良かったけど、これまで喧嘩してきた政党と手のひら返したように組むって、わけわからん。衆院の公明党を潰してまでやるとは!公明党単独のままなら良かったのに。

赤松)一言でいうと「戦略なきは座して死を待つがごとし」かなあ。これを機に起死回生して衝撃を自維政権に与えようという狙いだよ。「金権政治打破」の立場で、最も協調出来るのは「立憲」だからね。

大坂)「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」ってわけか。ようやるよなあ。公明党の中ですんなり受け入れられたんか?反対あったやろ?それこそ、右から左に、「ハイわかった」ってなる?怖いなあ。

赤松)色んな意見あるよ。だけど、自民党政治を変えるために26年も支えてきたのに、企業団体献金の規制など「政治とカネ」の問題で決断迫ると「そんなことより」だからね〜。堪忍袋の緒も切れるって。

◆「極端主義」に立ち向かう生活者目線

大坂)ところで「中道」やけど、斉藤と野田で、言うてることちゃうなあ。斉藤は仏教由来の、「左右いずれにも偏せず、道に中(あた)る」と読むといってるけど、野田は一般的な中間的選択に聞こえるよ。

赤松)公明党は結党以来60年言い続けてきた根幹をなす理念だし、立憲はもともと「リベラル」だからね。でも、世の中に「極端主義」が広まる中で、「中道」が強調されることはとても重要だと思うね。

大坂)立憲も内部で異論あったやろなあ。勝つには「背に腹かえられん」ってことか。それにしても大きな賭けや。勝つとええけど、負けるとなあ。高市もよう言うよ。過半数とれなけりゃ「即退陣」とは。

赤松)その辺が人気の素かも。確かに歯切れはいい。高市を選ぶか、野田か斉藤かとか。究極の政権選択に持ち込むやり口だ。高市自民党は金持ち優遇。大衆は、「生活者か富裕者か」を問いたいのに。

大坂)あんたも今頃ゆうか。自民党って所詮は恵まれたもんの政党や。長い間一緒にやってて分からんかったとは言わせへんで。自民党が言うてる「政治の安定を」って、ついこないだまで公明も言うてた。

赤松)正確には公明党は「安定あっての改革」だと言ってたはずやけど。大衆に政治を取り戻すには、自民党を改革するのが先だと26年やってきたけど、無理や。今回のやり口見てると、しみじみそう思う。

◆政治、政党は「よりマシ選択」

大坂)繰り返すようやけど、自民党と別れて、なんですぐ立憲や。節操なさ過ぎちゃうか?

赤松)時間かけてる暇ない。急に選挙になったからな。無理して立公が一緒になったことは否定しようがない。だけど、自民党を壊すにはこれくらいのことせんとあかんって思わん?

大坂)ウーン。立憲ってええ加減な議員もいてるぜ。いちいち名前あげへんけど。公明党とはちゃう。

赤松)僕は前から、政治は「よりマシ選択」やと言うてきた。玉石混交は世の常。立憲はまだマシ。ええとこそれなりにある。そんな中で理想を求めつつ、現実的には、比較的にええもんを選ぶしかない。

大坂)そんなもんかもしれんか。それで「中道」のかたまり作るってか。意気だけは凄いなあ。

赤松)自民党の中から割って出てくる動きを期待したけど。結局は「寄らば大樹の陰」や。そんなら一遍政権与党になりながら失敗した野田立憲民主党に復活戦を期待するしかない、と。

大坂)まあ、安倍も一回目はあかんかったけど再挑戦で蘇ったからなあ。「柳の下のどぜう」狙いか?

赤松)公明党と自民党との26年は決して無駄じゃない。貴重な与党経験を積んだし、自民党の内部事情もわかった。自民党よりも労働者の側に立った生活者目線を持つ党と組んで、「今再び」ってわけだよ。

◆政界再編へのうねり起こす

大坂)それが盛んに今野田がいうてる「政界再編の一里塚」ってやつか。難しいぞ。国民民主党はじめみんなそっぽ向いてるし。その昔の、小沢の新進党でもうまくいかんかった。小池の希望の党もそうや。

赤松)そこを乗り越えんと、あかんね。自民党にも呼応する連中はいると思う。僕が『77年の興亡』で描いたように、大きな節目に日本が立ち向かうチャンスにしたい。

大坂)そこいらは期待するよ。比例区は中道にいれるから。日本は少子高齢社会がどんどん進んでもう持たない「限界国家」やって言われてる。世界を見渡すと、トランプの米国がめちゃくちゃして、まるで中露とおんなじ専制国家や。

赤松)だけど、欧州フランスでは「野党共同戦線」が組まれるなど新たな動きも見える。日本も「中道」の掲げる「ベーシックサービス」をテコにして、旧態依然とした古い政治から、新しい政治へのうねりを作りたいよ。(以下5日号につづく 2-4一部修正)

 

 

 

 

 

 

 

 

Leave a Comment

Filed under 未分類

【67】「保守」の再興か、「中道」の奮起か、それとも多党化か━━三つ巴の戦い(下)/1-27

◆「選挙後」こそが「政界新編」の本番

 今回の選挙戦での専門家の見通しなどで気になるのは、新党「中道」は急拵えでもあり、「比較第一党狙い」ではないかとの点と、結局新党は崩れ去る運命にあるとの見立ての2つであろう。

 巷では、新党に結集した公明党の現職24と立憲民主党の144議席の単純合算の168議席を超えれば「御の字」だとの見立てもあるが、200議席を超えて、比較第一党になり各地の小選挙区で「中道勝利」への雪崩現象を起こす可能性もあるかもしれぬとの分析もある。

 本家「中道」が看板の公明党は、「中道主義」を世に宣揚できるいい機会に勇み立つ。私の周辺には「自民党と離れた公明党こそ本来の姿だ。戻ってくれて嬉しい」とか、「『政治とカネ』の関係に引き摺られずに済む。ケジメがついた」と、小選挙区での新対応に喜び臨む仲間も多い。

 本来の公明党の立ち位置からすると。ひとたび掲げた「中道」の旗は降ろさないし、たとえ仮に立憲民主党出身者が抜けていっても、新党は続くし、続けていくべきだと考える。中道のかたまりを大きくするための本当の戦いが始まるのはむしろ「選挙後から」なのだとも思われる。

 今回の選挙では、自民・維新の「保守」グループと、立憲・公明の「中道」グループの2大政党の枠組みの構図が鮮明になるのか。それとも国民民主党や参政党などの少数政党が屹立して、一段と多党化の様相が強まるのかなどといった見方が混在している。そんな中で私は公明党風の「中道主義」が中核になって「政界新編」を起こすに違いないと確信している。

◆進む国際政治の無法化阻止への橋頭堡たれ

 この60年を振り返って私は公明党という政党の真の役割は「触媒剤」ではないかと思う。保守政党を浄化する試みから、革新、リベラル的政党を中道化する動きまで、〝政治的化学変化〟に注力してきた歴史だった。その真価が改めてここで問われようとしている。

 「トランプのアメリカ」がベネズエラに軍事力を使って大統領を拘束し、グリーンランド占有の姿勢を目指すなど、かつての 世界の「警察官」が「ならず者」に変身したようで、世界は無法状態の様相である。国際法はどこへやら、国連の無力化が激しさを増す中で、新旧専制国家が入り乱れての「縄張り争い」が進む。そんな状況下にあって、日本はどう振る舞うのか。旧来的な対米従属姿勢を続けるだけではもう持たない。トランプ氏に寄り添った高市首相のはしゃいでいた哀れな姿が目に浮かぶ。

 「平和主義」の旗を振る新党「中道」の主張と行動が注目されている。日本は米国に引き摺られるだけで右顧左眄する擬似的自主国家であってはならない。中国の「一帯一路構想」、アメリカの「ドンロー主義」に対し、欧州の民主主義国家群と連携し、リアルで確実な歯止めをかけねばならない。「戦間期」が終わり、新たな大戦の始まりが近いことが危惧される世界の今に、「中道」こそ希望の存在だと期待する他ない。(この項終わり 1-27)

 

Leave a Comment

Filed under 未分類

【66】「人間主義」と「合意形成」━━新党「中道」のスタンス(中)/1-26

◆「中道」にまつわる2つの誤認識

 自民党との連立を離脱、終わらせるべきだと思い続けてきた私でも、立憲民主党と直ちに新党を作るとの話には驚いた。やがて近い将来に同党を始めとした、いわゆるリベラルに位置付けられる政党の人たちとの共闘の時がやってくるとは思っていたのだが、自民党との間で、「保守中道政権」を作ってきた公明党が、一転「中道リベラル」政権に与(くみ)するには、それなりの時間がかかると考えていたからである。

 こう考えた背景には、内外に及ぶ2つの私自身の誤認識があった。一つは、立憲民主党を中道政党ではなく、リベラル政党だと漠然と考えていたことであり、もう一つは、公明党がここ数年の間に「中道」とは異質の「極中道」に変化してきたと捉えていたことである。

 一般的に、「中道」は足して2で割る立場や左右に偏しない真ん中というざっくりとしたイメージで捉えられがちである。その観点でいえば、立憲民主党は旧社会党よりは革新色が弱いものの、左右どちらかと言えば、左に偏した党だと見られがちで、私も同様な見方をしていた。また、公明党は連立相手の選択肢を変えない硬直性にとらわれ過ぎのように見えた。つまり、ヨーロッパで今流行してきている「極中道」と類似したスタンスに変わってしまったと見たのである。しかし、どちらも私の思い違いで、誤った認識だったのである。

◆仏教に由来する「中道観」の奥深さ

 物価高に悩む国民生活の悲鳴にたいして、高市首相はあくまで「政治の安定」を口実に「少数政党」という足場を変えることを優先させて、「維新」と組む選択をした上で、強引に解散総選挙の道を選んだ。この高市首相の荒業が、一気に立憲民主党と公明党に「非常対応」を促したといえる。

 ところで、そもそも「中道」とはなんだろうか。改めて考えたい。国語辞典では、「極端に走らず、穏当なこと」と、簡単な記述で済ませているものから、仏教の基本的教義の一つだとして「対立する見解や態度を克服した立場であり、教派によって諸説ある」などと言及するものまで種々ある。公明党は、1964年の結党以来、中道主義に立つ政党だと自認してきたが、自らのよってたつ基盤をどう表現してきたのだろうか。

 党の創立者である池田大作先生は1974年のアメリカ・カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)での「21世紀への提言」と題する講演で述べたものがわかりやすい。「この言葉(中道)は、アウフヘーベン(止揚)に近い言葉と考えていただきたい。すなわち、物質主義と精神主義を止揚する第三の「生命の道」であることを、私は確信しています」とのくだりである。そして、その理念は「人間主義」とされてきた。私自身はこれを踏まえた上で、「生きとし生けるものの『生命』を重視する仏教に依拠するスタンス」であり、政治選択が迫られる場合には、「いくつかの選択肢の中から、真っ当な結論へと合意形成をするレベルアップの営みである」などと述べてきた。つまり「人間主義」と「合意形成」という公明党の政治理念と政治手法を説明する際には、二つの補助線を引いて説明してきた。それはなぜか。

 単なる「人間主義」だけでは、キリスト教的な自然環境破壊を伴う「人間中心主義」との差異が曖昧になってしまうし、いわゆる「合意形成」だけだと、〝談合的馴れ合い風合意〟と区別がつかなくなってしまいかねないからである。(以下つづく 2026-1-26)

Leave a Comment

Filed under 未分類

【65】『中道』という価値観━━日本政治の新たな地平拓く(上)/1-25

突然降って沸いたような衆院解散総選挙。色々と取り沙汰されてはいるが、単純率直に言ってわけわからん選挙ではある。ともあれ、選挙が多すぎるという世の反応が最も素朴で納得できる。27日に公示される選挙で大きなの注目点の一つは、新党「中道」の立ち上げであろう。今日から3回に分けて、「中道」の立ち位置に焦点を合わせて、この選挙の背景を追う。

◆「政治の安定」を傘に身勝手で強引な解散総選挙

 前政権の終わり頃、日本の政治の行く末を心配した人々が「新たな政界再編」(政界新編)を期待した。自民党にはもはや往年の活力を求めても詮なく、かといって立憲民主党を先頭にした野党にも多くは望めない状況下での強い思いだった。それは左右双方の極端に走りがちな勢力に与するのではなく、穏健な改革の道を力強く進む「かたまり」ができぬものかとの模索の表れだった。自民党内の改革の狼煙や支持する世論の動向から、「元首の謀反」さえ望んだが叶わず、敢えなく〝見果てぬ夢〟に終わったのである◆その後、石破氏に代わって高市早苗氏が自民党総裁になった。安倍晋三元首相の後継を自認するこの人は、「政治の師」から、最も受け継ぐべき手法を学ぼうとしなかった。それは、「急がば回れ」方式であり、目的達成へ迅る心を抑えて、時に異心の友とも協調する姿勢といえた。安倍氏が公明党との「安保法制」の合意に見せた柔軟性。憲法9条2項を抜本的に変えずに「自衛隊明記」といった「加憲」で妥協する融和性。こうした面があったればこそ、自公政権は長期存続を可能にした。功罪相半ばした安倍政権の良き面を高市首相がどう受け継ぐか。半信半疑で見ていた公明党関係者の関心を無惨にも裏切ったのが就任直後のあの〝手前ミソ的手法〟だった◆かくして、公明党の「連立離脱」へのお膳立てを用意してくれたのは他ならぬ当の高市首相だったのだが、私のような「自公連立」に懐疑的だった者からすると、いいきっかけを与えてくれたと、喜ぶほかないといえよう◆衆議院議員を勇退(2012年末)して以来、私は2010年代半ばから、『安保研リポート』(一般社団法人「安保政策研究会」発行)の場で、主に自身の政治活動を回顧しつつ政治評論を書き続けてきた(No10-60)のだが、それをベースに書き溜めたものを集大成したのが拙著『77年の興亡━━価値観の違いを追って』(出雲出版 2022年)だった。これは、明治維新以来の日本近代史を「77年のサイクル」で区切ってみる仮説に基づく。明治から昭和20年(1945年)の日本の敗戦という節目に次ぐ2度目の77年の転換期は令和4年(2022年)だった。その頃の世界は、コロナ禍で大激震に襲われた。ウクライナでガザで戦争状態が始まり広がった。ドンピシャの大転換期の時代の幕開けに「連立離脱」の時は今とばかりに、その当時の私は奮い立ったものである。(以下つづく 2026-1-25)

 

Leave a Comment

Filed under 未分類

【64】新党『中道』に政治への「汚名返上」を託したい/1-18

◆理念を共有する両党の新党結成

 「中道改革連合」━━公明党が立憲民主党と共に立ち上げた新党の名称である。略称は「中道」。どこかから「選挙互助会」だとの声が聞こえてくる。何とでも言うのは自由だが、関係者たちの熱い思いに目と耳と心を傾けたい。前回稿の末尾に、私は「新進党」の思い出に触れた。あの日の興奮は今なお忘れ難い。横浜に、自民党出身の人たちも含めて「打倒自民党政治」への志を同じくする政党、政治家が結集した。1994年の年の暮れだった。公明党で中選挙区から当選したばかりだった私は、喜び勇んで参加したものだ。自民党に代わりうる勢力を作るためとの目的のもとに集まったのである。この党は僅か3年ほどで残念な結果に終わったが、あれからほぼ30年。今度の両党による新党は、急拵えではあるものの、新進党に比べると、「中道」という理念を共有しているところが違う。

 日本政治史上、中道政治の確立を掲げて初めて登場したのが公明党であることは、拙著『77年の興亡━━価値観の違いを追って』でみた通りである。立憲民主党の野田佳彦代表は、公明党が与党としての中道政党であったのに対し、自らの党は野党における中道政治を目指してきた党であると述べた。その意味で、出自を同じくする国民民主党も中道政党に仕分けされよう。ここで何も本家争いをするつもりはないが、最小限の共通認識として、公明党の依拠する政治理念としての「中道」のルーツを確認しておきたい。

◆「中道」とは仏教に由来する生命重視の〝動的掌握概念〟

 中道の意味については、より本質的には仏教の基本的教義の一つとして「両極端に偏らないこと。対立する見解や態度を克服した立場」とあり、「対立の内容については、快楽主義と苦行主義、自己を永遠とみる常見と死後はないとする断見、有と空、空と仮など、教義によって諸説ある」(三省堂/大辞林)という。この解説を聞いても断定を避けており、いささか分かりづらい。かつて創価学会の池田大作名誉会長は「この言葉(中道)は、アウフヘーベン(止揚)に近い言葉と考えていただきたい。すなわち、物質主義と精神主義を止揚する第三の『生命の道』のあることを、私は確信しております」(1974年のUCLAでの、講演『21世紀の提言』)と、明解に述べていた。つまり、中道とは、「物質と精神」を包含した「生命」を中心に据えた理念であって、相反する立場を動的に捉えて、より優れたものにしていく行為そのものを指すと理解したい。

 その観点からすると、右と左を足して二で割った真ん中としての折衷や妥協といった単純な意味ではない。政策の不一致を調整する行為としての「合意形成」に近いかもしれないが、これも一般的には足して割ったり、妥協の道と酷似しているため誤解を呼ぶ可能性がある。このため、より厳密には「止揚風合意形成」とか「レベルアップ的合意形成」というべきかもしれないと思う。

◆小説『限界国家』の描く日本の近未来

  公明党は今回の新党結成を経て、「中道改革」の旗印のもとに集まろうと、他の政党や政治家に呼びかけている。たまたま僕は、楡周平『限界国家』なる小説を最近読んだ。「少子高齢化、AIの進化による職業寿命の短命化、地方の過疎化、優秀な若者の海外流出」━━日本を襲う、こうした現実のため、ここから先2-30年の間に日本はもう限界に達してしまうとの未来予測が展開されている。「限界集落」の国家的拡大だ。日本国そのものが朽ち果てつつある恐怖がリアルに迫ってくる。

 今年の新年号各紙で注目されたのは、AIの未来展望であり、生まれつくと同時にネット世界に囲まれて育ってきたZ世代やそのあとに続くα(アルファ)世代の「これから」であった。先の小説には、古い世代に政治を任せていてはどうにもならないと、20代の若者から突きつけられて、恥入る老企業家が登場する。この責めから逃れられる政治家は1人もいない。かくいう私もその責任の一端を自覚する。今回新党に参加する政治家たちこそ〝汚名返上するは我にあり〟との心意気で、立ち上がって欲しい。(2026-1-18)

 

 

 

Leave a Comment

Filed under 未分類

【63】身勝手な解散総選挙への窮余の一策/1-15

 当面の国民的課題としての物価高に実効ある対策をすることが第一で、衆院解散総選挙など考えていないとしていた高市首相があっさり前言を翻した。また連立を組む維新の吉村共同代表も、〝諦め発言〟をしていた「大阪都構想」を三たび持ち出すといいだした。これまた有権者への「嘘つき行為」と言うほかない。この身勝手な解散総選挙に対抗すべく、公明党は立憲民主党との間で、新党も視野においた決死の対応を決断した。以下、緊急事態への私の率直な見方を提示してみた。

⚫︎「衆院解散」に「立公協力」━━非常識には非常手段で

 高市首相が衆院解散を検討するとした報道が飛び交った日の翌11日朝。NHK総合テレビの『党首に問う』とのインタビュー番組は生中継と録画の抱き合わせで、間が抜けていた。自民党総裁の高市早苗氏だけが、2日前の8日に収録した内容だったからである。衆院解散については、国会会期中に解散は考えているのかと問われて、「うーん解散ですか」と驚いた風を見せ、今は国民のみなさんに物価高対策などを実感していただくことが第一で、「目の前の課題に懸命に取り組むということだけです」と述べていたのである。一方、野田佳彦立憲民主党代表以下、野党党首たちは、総選挙になることを見越した発言をしていた。解散総選挙については「総理の嘘」が許されるとはいえ、あまりに露骨な食い違いだった。

 通常国会召集冒頭の衆院解散が既成事実化してしまったことを裏付けるかのように、13日には立憲民主党の野田佳彦代表と公明党の斉藤鉄夫代表が会談し、両党が選挙協力に向けて合意したことが報じられた。更に14日には、新党結成も視野に入れた選挙協力(統一比例区名簿作成など)案も浮上し、15日には新党結成への具体化に向けて動き出している。首相の強引な解散戦略に対抗する乾坤一擲の急ピッチの対抗策だといえよう。

 自公選挙協力から一転、立公選挙協力へ。「政治とカネ」にまつわる不見識で旧態依然とした自民党金権政治に鉄槌を加えようとする公明党と立憲民主党の必死の一手は、大いに注目されよう。手前勝手な高市自維政権に対する非常手段の奥の手である。

⚫︎「昨日の敵は今日の友」の必死の手段

 当初、立憲民主党が前のめり的であるのに比して、公明党の方はいささか違うように私的には思われた。衆議院選挙をめぐる「選挙協力」が公明党と立憲民主党との間で、直ちにできるかどうか心許ないと思われるからである。ついこの間まで、犬猿の仲というか、敵同士であった関係が、昨日の敵は今日の友とばかりに、急にうまく行くわけがない、とみた。政治家同士はともあれ、前線の公明党員たちは、立憲民主党については殆ど何も知らないのが実情である。

 そんな状況にあっても、選挙協力をしようというのは利に乏しいと言わざるを得ないと思われた。自立した党として自前の力で立ち向かわねばならない時に、真っ先に選挙協力を話し合うというのは、邪道ではないかいうのが常識的な見方と思えたからだ。ただし、国民生活を圧迫する物価高に喘ぎ続ける庶民の苦難をよそに、政治空白を生み出す総選挙をぶつけてきた非常識な高市首相になんとか一矢報いたいとの声はひきもきらない。庶民大衆の思いを代弁する窮余の一策が生まれる背景だった。

⚫︎両党の人間相互のオープンな議論を聞きたい

   選挙協力の準備と同時に急がれることは、両党がこの国をどういう方向に持っていこうとしているかの政権構想なり、それを下支えする政策の必要最小限のすり合わせであろうと思われる。自民党との間でもなかなか出来なかった国家ビジョンの構築だが、立憲との間での実現への具体化が望まれよう。

 例えば、両党のしかるべきメンバーがそれぞれのカウンターパート同士で議論をする場面が公開されるべきだと思われる。ユーチューブでいいから、幹部同士でも、候補者の間でも、若手代議士間でも、女性議員相互でも、出来るだけ大勢の議員が、野田氏がいう「(公明党とは)親和性がある」ことが立証されるべきであろう。かつて新進党結成の際に、打倒自民党の旗の下に多くの政治家が集まった。斉藤氏も野田氏もその中にいた。巡り巡っての再演だが、今度はうまく行くことを期待したい。(2026-1-15)

 

 

 

Leave a Comment

Filed under 未分類

【62】連立離脱後の新たな潮音━━公明党新春年賀会で考えたこと/1-10

 「こんなに沢山の皆さんにお越しいただいて涙が出るほど嬉しいです」━━いささかオーバーな表現に聞こえたが、この人が言うと自然な感情の発露だと思われた。斉藤鉄夫公明党代表が一昨日の8日に神戸市内のホテルで行われた党兵庫県本部主催の「新春年賀会」(写真)の挨拶で述べた言葉である。この日、僕よりぐっと若さ漲る明石に住む友人2人と一緒に参加した。この20数年ほどの間、同年賀会には県下の自民党関係者がどっさり姿を見せていた。それが昨晩秋の「連立離脱」後の今年の会には「来るものは拒まぬが、招待はなし」との県本部の方針で、衆参両院議員始め地方議員や自民党支持層らの大幅な参加者減が見込まれていた。それが蓋を開けると、その心配が杞憂だったことを斉藤さんは正直に述べたものだと思われる◆とはいえ、我が「心象風景」にはこころなしかの寂しさが拭えなかった。見慣れたあの顔、あの人達の姿が見えない会場は、ちょっぴり熱気が乏しかったように思われたのだ。と同時に、水入らずの集いといった雰囲気もあった。そんな中で例年と違って、県下の首長さんたち(写真)が、従来の脇役から主役に代わったかのように思われた。僕の現役の頃からずっと小野市長の地位にある蓬莱務氏(79歳・7期)や、相生市長の谷口芳紀氏(76歳・7期)らを始めとするベテランたちの談笑の輪に入っての語らいは楽しかった。僕の顔を見るや否や「『連合五党協』の頃が懐かしいね」とは蓬莱さんの弁だが、それこそ「涙が出そうだった」。打倒自民党の旗印のもとに結集した全国でも珍しい動きだったが、政治家として幅広い党派の人たちと思い存分闘い得たのは個人的に愉快な経験だった。今また公明党が自民党に代わる政権を目指す野党になったのは興味深い巡り合わせではある◆兵庫県下の首長さんが集まると、昨年の斎藤元彦県知事をめぐる騒ぎが思い出された(同知事は公務で欠席)が、話題は福井県知事のセクハラ報道に集中。「福井に比べれば、兵庫県の方が未だマシか」との声で大笑い。パワハラとセクハラ━━比べるのも恥ずかしい限りだが、兵庫県政も少しは落ち着いてきたかに思えなくもない。県知事を取り巻く一連の出来事の「市長会の戦友たち」との談論は、古傷を労わりつつ束の間ながら盛り上がった。NHK党の立花某のしでかした「世論操作の悪業」は未だに深い傷を県下に漂わせており、笑ってすませられない深刻な問題ではある◆斉藤代表は冒頭に触れた挨拶の中で、これからの公明党は「中道改革の勢力結集」に力を注ぎ、いずれ与党に戻るべく頑張りたいと述べていた。この発言は聞く人によって受け止め方は種々に分かれよう。大別すると、ポスト高市の自民党政権との連立に復帰するケースと、現在の野党と共に新たな連立政権を結成するケースの2つが浮かぶ。時間の要素も鑑みると前者が最も可能性ありと思われよう。しかし、大義の所在からすると疑問が募る。あの党がそう簡単に変わるはずがないとの見立ては根強い。ただ、後者についてはもっと悲観的だとの向きも多かろう。結局は今の与野党の枠組みを超えた「政界再編」しかないとの考えがリアルなのかもしれぬ。思索をめぐらすなかで、内に少数与党と多党化、外に分断と専制政治の台頭といった「歴史の潮音」が聞こえて来る。新たな年の幕開けに、旧態依然とした自分であってはならないとの思いが激しく立ち昇ってきた。(2026-1-10)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Leave a Comment

Filed under 未分類