僕は十数年前に姫路市新在家で切り倒される樹木からの悲鳴を確かに聴いた覚えがあります。耳に届いたというより魂に響いたのでしょう。草木成仏、生きとし生けるものの共生を願う仏教徒だからなのかもしれません。世界文化遺産・姫路城の敷地内に存在する姫山原生林が市当局によって切り倒されていく悲しい現実を以下報告します。
⚫︎姫山の原生林が切り倒される惨事に怒るひとたち
つい先日、小説家で電器商という二足のわらじを履く諸井学さんから同人誌・『文芸日女道(ぶんげいひめじ)』の最新号(697)が届けられた。読み始めて声を上げるほど驚いた。発行人である森本穫先生(元賢明女子学院短大教授で作家)の手になる人気エッセーの最後に、姫山原生林が切り倒されている無惨な姿が写真と共に書き表されていたからである。同先生の住まいは現場に程近い。原生林はお城の北敷地内にある土塁の上に位置する。森本さんは、かねてここいらのお濠脇に並ぶ桜並木道を散歩され、辺り一体の独特の雰囲気を楽しまれてきたという。しかし、2年ぶりに花見に行かれたこの4月3日に衝撃の惨状が待っていた。同誌には「透明な空ががらんと見えるけれど、鬱蒼として深い趣きをたたえていた一帯が、空虚な、変に明るい、ただの空間に変じてしまっている」だけで、そこは今「墓標のような棒杭が累々と屍をさらしている‥‥」といった嘆きの迸りが続く。僕は写真を見て絶句せざるを得なかった。
コロナ禍前まで僕が住んでいた姫路での生活には密やかな楽しみがあった。東京では早朝に皇居周辺5キロを走ることを習慣にしていたが、週末は姫路城周辺の約3キロほどを走っていたのだ。とっておきの楽しみはその後にお濠の上の土塁数百メートルほどの原生林の中をひとり歩くことだった。およそ21世紀のいまに、中世を思わせるような鬱蒼とした樹林の中を行くことは殆ど奇跡に思えた。姫路城誕生の往時をも彷彿させるような風情。行き交う人と出会うことも滅多にないぐらいの秘められた場所だった。その場所が「市民にとって危険」だからとの理由だけで市当局が伐採をするという話は恥ずかしながら全く知らなかった。
⚫︎赤穂の大避神社前の海に横たわる原生林の島・生島との類似性
自然環境の保存と地域の利便性云々といった二律背反的課題は日本全国に数多あり、とくに珍しくはない。だが姫路城敷地内にある原生林が地域住民の生活や観光客に危害を及ぼすといった想定はおよそ思いつかなかった。地元の人も、インバウンドでやってくる外国人たちもお城に上るのに精一杯で、原生林に足を伸ばすことは稀有のことであるに違いない。それをよしとして原生林散歩を密かに楽しんできた森本さんや僕などのような特異な人間だけが怒るだけと市当局は睨んだのかもしれない。つまり、無用の長物なのだから伐採しても影響はないはずと。そこには、この原生林は自然が生み出したかけがえのないもので、切り倒すと消滅してしまうとの視点が決定的に欠落している。世界文化遺産は人間の造った城郭建築だけでなく、自然が育んできた原生林も含むものではないのか。
実はこの姫山原生林の貴重さに気づき研究を続けていた人がお城のすぐそばの坊主町に住んでいた。旧制姫路中学(現姫路西高)の教師であり、兵庫県博物学会のメンバーだった阿部良平氏(『冬の宿』で著名な作家・阿部知二の父)である。森本さんは名著『阿部知二 原郷への旅』の中で一章を割いてこの原生林にまつわる事情をも事細かに書いている。かつて同書を頂いた僕はその中にある「姫山原始林と生島」と題する阿部良平氏の報告書を改めて読み直して驚いた。姫山原生林と赤穂市の坂越にある生島の原生林がほぼ同じ価値を持つものとしての記述を発見したからである。
「余は過ぐる大正7年ここに生育し繁茂せる樹木━━草木は除く━━の種類を調査し約四十八種」とした後、内訳を列挙、「その種類の多いのに驚いた」うえで25の科目別に分類したものを書き並べている。そして「これを赤穂郡坂越湾にありて去大正13年に指定(天然記念林)せられた生島の林相に比べて何等遜色を見ないのである」と続けているのだ。
実はこの春、僕は赤穂の大避神社に横浜からやってきた親友に連れられて訪れ、海を挟んで目の前に横たわる生島を初めてじっくりと見た。その際に神官から生島の原生林の貴重さを様々な角度から聴いたものだった。(当ブログNo.77に掲載)
⚫︎お城本体にだけしか目を向けない姫路市長たち
前述した同人誌に森本さんは「姫路市当局は、戦後、お城本体だけは大切に保存してきたけれど、お城のまわりに残っていた景観や街並みは、再開発という美名のもと、片っ端から破壊してきた」と書いている。川端康成研究の第一人者であるこの人は同時に「阿部知二」にも打ち込んでこられた。森本さんの我が身を切られたような痛みと悔しさが伝わってくる文章だ。
慌てて僕は遅ればせながら姫路市関係者、報道機関に聴いてみた。姫山原生林の現状については良いも悪いも殆ど知られていない。直接的には一部樹木が自然倒壊したことぐらいである。地元紙も数年前から「もめごと」としてそれなりに取り扱ってきたようだが、残念ながら既に関心を失いつつあるように窺えた。
姫路市長はこれまで二代にわたって大学教授経験者が続く。個人的にも親しくお付き合いしてきた前市長は今もなお僕は尊敬している。現市長は医師でもあり、学識的知見で人後に落ちるはずがない。姫路城が持つ重要な構成環境としての原生林についても熟知されているに違いない。それをさしたる緊急を要する事態が起きているわけでもないのになぜ破壊するのか。市民の安全との両立ならいくらでも手立てはあるはず。無謀さにその知性と感性を疑う。改めて「姫路で見るべきものはお城だけ」という聞き慣れた「戯言風フレーズ」がリアルに甦ってきた。(2026-6-5)





