この映画が公開されたのは2022年。「懐かしのシネマ」で取り上げるには最近のもの過ぎて、相応しくないかもしれない。ただ、テーマそのものは、先の大戦後にソ連・シベリアに抑留された日本兵の物語だから、十分に「懐かしい映画」ではある。この映画が世間であれこれ話題になっていた頃、たまたま私はシベリア抑留者に関わる団体との繋がりができて、それこそ懐かしい〝昔馴染みの関係者〟と出会う機会があった。そこでの議論を交わすにつれて、この映画の存在や評判を聞き、ぜひ観たいとの思いが募っていった。ところが巷間上映中にはうまくタイミングが合わず、ようやく2年ほどが経った今頃になって観ることができた。今どきの俳優、つまり戦争を知らない子供たちを親に持つ若い世代が演じる戦争映画を観て、思うことは多い。映画の前半から中盤にかけての収容所内部のお話は、いささか定番過ぎるように私には思えて、あまり気が乗らなかった。だが、終盤は俄然惹き込まれた。観終えて深く印象に残る場面もあり、大いに充足感を感じている◆この映画は辺見じゅんによる『収容所からきた遺書』なるノンフィクション小説を原作とする。第二次世界大戦に日本が中国東北部(旧満州地域)を足がかりに参戦する中で、満洲鉄道の調査部に勤めていた山本幡男(二宮和也)も招集され、兵士となる。戦争終結の流れの中で、土壇場で対日戦に参戦したソ連軍は、山本一家が住むハルピンをも戦火に巻き込む。妻もじみ(北川景子)と4人の子供たちは戦乱の中を辛うじて逃げるものの、幡男はソ連軍の捕虜になってしまう。やがてシベリアに送られるのだが、ロシア語の出来る彼は収容所の中でも特異な役割を果たす。幡男は仲間たちを励ましながら、妻との別れ際に「必ず帰国するから」との力強い言葉を発した自らの約束を支えに生きる。零下40度を超える極寒の中での強制労働にも耐え抜く。しかし、ついに咽喉ガンを発病。病床に臥し、余命幾許も無いことを伝えられ、ベッドの上で遺書を書く、といった筋書きで、終盤を迎える。この辺りまでの推移は激しい戦闘や、拷問など見慣れたものにとって、物足りなさを感じるような、どちらかといえば平凡な展開に感じたのだが、彼が死んで、仲間たちが帰国したくだりで一挙に急展開する◆遺書を日本に持ち帰ろうとしても、ソ連側に取り上げられる恐れがあった。仲間たちは、遺書を4つに分けてそれぞれが文面を記憶し、再現するという手立てを考える。この着想が凄い。仲間たちの深い情愛に打たれる。記憶に落とし込み頭脳に刻印されたものが帰国後に再現され幡男の妻に届けられた際の感動は胸を打つ。かつて大震災によって全てを失った人がインタビューを受けて語っていた言葉が思い出された。震災と津波によって家財道具など、ありとあらゆるものを流されてしまったが、身につけた踊りだけは忘れません、と。人間の習得した作法、習慣、躾がいかに貴重であるかを思い知ったものである。人間は何でも溜め込み、抱え込むものの、記憶に刻み、身に覚え込ませたものほど強いものはない◆シベリア抑留所問題ほど理不尽で残酷なものはない。私がいつも観るNHKテレビの『バタフライエフェクト』は、世界の歴史における様々な出来事を丁寧に伝えてくれるドキュメンタリー映像だが、戦争の負の連鎖はやりきれない。シベリア収容所問題もそのうち登場するだろうが、この映画のような心温まるエピソードの映画化もいい。今年は戦後80年の区切りであり、戦後処理で積み残された未解決の問題が山積しているだけに、これからの動きも活発になるに違いない。私の友人に、父親がソ連の捕虜になった人がいる。当時のソ連は、捕虜を赤化する、つまり共産主義で洗脳する試みを組織的にやったとされる。一方、その実態を突き止めようと、米国は終戦後シベリア抑留帰国兵たちを躍起になって調査した。その辺りの事実関係を解き明かしたいとの強い意思を、その友人は持っている。こうしたことを知るにつけて、戦後は全く終わっていないとの思いを強く抱かざるを得ない。この映画からの連想も果てしなく広がりゆく。(2025-2-2)