(26)戦いすまぬうちに日が暮れて

かつて若き日に交わした母との会話。「『人間革命』を目指すこの信仰は凄いでぇ」と言った私に、母がポツンと、ひとこと。「人間革命なんて出来るわけないよ」ーあれから50年が経ちましたが、未だに耳朶に残っています。

母のその言葉に反発する思い強く、その後の歳月を「人間革命」にこだわって生きてきました。母が還暦を待たずに胃癌で逝ってしまって、はや40数年が経ちます。大正6年生まれだったあの人は生きていたら、もうすぐ104歳です。時々、枕元に立って、「どうや、人間革命の方は?」と、問いかけてくる声が聞こえてきます。

私が信仰の道に入った経緯の一部始終を熟知する、中学校時代以来の親友が昨年晩秋でしたかに、さりげなく私にこう言いました。「赤松は変わらないなあ、代議士を20年やっても昔のまんま。地位や立場が、人を変えるというけど、お前の場合はちっとも変っとらん」と。これは正直、ショックでした(多少褒めるニュアンスはあれ)。わかっているつもりですが、改めて親しい友からそう言われると。つくづく俺ってダメだなあ、成長しとらんとの思いが強まり、我が胸を苛み、苦しめます。

そういえば、私が現職時代に陰に陽にお世話になり、仕事上のご指導を賜った池田門下の兄弟子は、ことあるごとに私にこう言って励ましてくれたものです。「人が大きく成長する、いい方向に変わるというのは、ひとえに責任感のあるなしに左右される。周りが思いもよらぬ抜擢であっても、本人がそれに『責任』を感じて、その立場を守り、まっとうし抜けば、自ずとそれに相応しい力がついてくるものだ」と。29歳の若さで編集長の立場に立ったひとーそして縦横無尽の活躍をしたーならではの言葉だと感心したものです。

周りを見回しても、歳が私よりも若く、経験が浅い後輩たちの中で、次々と頭角を現して大なる仕事を成し遂げてきた人は枚挙にいとまがないと言っても過言ではありません。そういう人とつい我が身を比べてしまい、なんで自分は、と卑下してしまい落ち込む気分を味わうこともありました。他人との比較ではない、自分自身の過去と今とを比較するのだ、とは分かっていても、です。いや、それは正確ではありません。それをすると尚更、変わらぬ自分自身に驚きさえ感じてしまうのが関の山なのですから。

そうした自身の生き方の傾向を自省するにつけて、一つはっきり自覚出来ることがあります。それは直面する課題と真っ向から向き合わずに、先送りしてしまう性癖が自分にあるということです。思い起こせば、若き日に肺結核で苦しみ、中年になって脳梗塞や大腸憩室炎を患ったり、という直接身体的な病に晒された時は流石に必死に唱題に励み、快癒を祈りました。そして、衆議院議員選挙に出馬して7度の生きるか死ぬかの戦いの際にも、猛然と闘争心を掻き立て祈りました。しかし、そうでない時は、客観的に見てたとえ大事なポジションについた時であっても、真剣さが足らないと言わざるを得ない対応ぶりだったと言えるかもしれません。つまり、一言で言えば、戦時、非常時と、平時、常時が違いすぎたということでしょうか。いや、自分にばかりこだわりすぎて、世のため人のためにという基本姿勢が弱かったというしかありません。

気がついたら、すっかり日が暮れてしまっています。「戦いすんで日が暮れて」と一般的に言われますが、私の場合、「戦い未だすまぬうちに日が暮れた」ということでしょう。若き日に、「親孝行したい時に親はなし」とか、「光陰矢の如し」や「少年老い易く学成り難し」との言葉を聞き流していた我が身に哀れを催します。尤も、ここは、「生涯青春」の精神、「未だ懲りず候」の気構えで行くしかない、と開き直っています。そのうち、母が現れて、「エッ。お前変わったなあ、誰かと思うた。見まちごうた」と微笑んで言ってくれることを信じて。(2021-1-11 一部修正1-17)

 

 

 

 

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