Monthly Archives: 5月 2021

【8】新しき時代開拓の幕開けー『新・人間革命』第2巻「勇舞」の章から考える/5-26

●自らの器の拡大、未だ継続中

私の信仰生活で最も誇らしく思えることは、両親姉弟の5人を全員折伏したことです。その連れ合い、子どもたちも含めると10人を越えます。母の入会(昭和44年)については、少し後に池田先生にお会いできた際に、直接報告ができました。いらい、52年が経っていますが、その時の光景はありありと覚えています。

「勇舞」の章では、地区幹部との懇談で山本伸一が質問を受けて、答えている場面が印象に強く残ります。一つは、どうすれば大きな器の自分になれるか。もう一つは、母が信心をしていないのだが、というものです。

前者では「自分の器とは境涯ということです。(中略)自分のことしか考えず、〝我〟を張っていたのでは、自分の器を広げることはできないし、成長もない。自分の欠点を見つめ、悩み、一つ一つ乗り越え、向上させながら、長所を伸ばしていくことです。決して、焦る必要はありません」とあります。(209頁)

この問題は、長い私の信仰生活で、最も関心のあるテーマの一つです。自分自身のことでどうこうと言い難いのですが、未だ闘争中ということでしょうか。元々〝我〟を張ることでは人後に落ちないうえに、職業上どうしても自己主張を前面に出さざるを得ない場面が多く、この歳で未成長の自分を実感しています。周りを見て、器が大きくなったなあと思える人は、直面した課題に懸命に取り組む中で、その課題解決の後に、ひとまわり大きくなったことを感じさせられます。

●母の「死に至る病」と引き換えに、父が入会

後者では、「私の母は信心していないので、家に帰り、母と顔を合わせると、歓喜が薄らいでしまいます。どのようにすればいいのでしょうか」との問いに、「お母さんを信心させたいと思うなら、あなた自身が変わっていくことです。(中略)あなたの振る舞い自体が信心なんです」と答えています。(209~210頁)

私は父を除く家族の入会にはあまり苦労しませんでした。それぞれが持つ悩みに対して、強い確信を持って解決を強調して接触したことが原因だったと思います。私の変わる姿を見てくれたのかどうか。自信はありません。父の入会には苦労しました。結局、〝母の死に至る病〟と引き換えになってしまいました。父が66歳の時です。入信してからは素直に信心を続け、12年後に亡くなりましたが、その間の父の行動は、息子として今でも誇りに思えます。

●ケネディ米大統領の誕生をめぐって

ケネディ米大統領の誕生を新聞で知った山本伸一は、立場こそ違えど、二人の苦悩は同じだとして、以下のように深く強い決意を披歴しています。

「ケネディは、西側諸国を代表するアメリカの国家元首として、世界の安全と平和を守るための苦悩であった。一方、伸一は、仏法の指導者として、全世界、全人類の不幸を、精神的次元、つまりいっさいの根源となる人間の生命という次元から解決しゆくための苦悩であった。(中略)伸一は、その〝新しき時代〟の開拓のために、民衆の生命の大地を耕し、新しきヒューマニズムの沃野を開くことを、わが使命としていたのである」(217頁)

ここで示された山本伸一の壮大な使命感に、心底からうたれます。残念なことにケネディはその後志半ばにして凶弾に倒れてしまいますが、伸一はここに示された通り、アメリカを始めとする世界各国における「生命の大地」と「新しきヒューマニズムの沃野」を「耕し」「開く」ことを「使命」として、奔走に注ぐ奔走を展開していきます。

ケネディが米国大統領になると決まったこの頃、15歳だった私は、多くの日本の同世代人と同様に興奮し、自分なりの人生における自己実現を誓ったことを思い起こします。この4年後に入会する巡り合わせとなりましたが、「自ら無名の民衆の中に分け入り、新しき知性を育む」伸一の闘いに、参列させていただくようになるとは、全く知る由もなかったのです。(2021-5-26)

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【7】どんな国にも必要な宗教の存在ー『新・人間革命』第2巻「錬磨」の章から考える/5-19

●前車の轍を踏んだことの苦い思い出

この章では、「水滸会」における山本伸一の男子部代表への訓練の厳しさと、質問会でのやりとりが強く印象に残ります。まず、前者から。

「広宣流布を双肩に担った若きリーダーの旅立ちと訓練の集いにしては、いかにも雑然とした雰囲気だった。そこには『水滸会』としての誇りを感じ取ることはできなかった」ー食事の準備に手間取る食事係の青年に対して、怒るばかりの最高幹部の姿に「なぜ、先輩は同志の苦境を考えようとしないのか。助けようとしないのか。広宣流布の途上には常に予期せぬ事態が待ち受けている。その時こそ、本当の団結が問われる。ささいな事のようだが、この姿は一つの縮図といえよう」「彼は食事が遅れたことに憤ったのではない。戸田の遺志を受け継ぎ、広布の中核として立たねばならぬ『水滸会』の自覚を忘れていることが無念でならなかった」(111頁〜121頁)

ここを読んで、遠い過去の出来事と二重になって、映画の一シーンのように思い出されます。舞台はこの時より20年ほど後のこと。九州の地に池田先生と共に、時の男子部の訓練グループメンバーが集う機会がありました。残念ながらこの「水滸会」の体たらくと同じような、弛緩した空気に引きずられるものを感じました。面白い仲間たちとの楽しい語らいだったとの記憶は残るものの、何かが欠けていたとの思いがあります。私の男子部時代の苦い思い出ですが、その都度、頭を左右に振り、背骨を正す仕草をして、体勢を立て直すことにしています。

●人間という原点に立ち戻る大事さ

この後、質問会へ。二つの質問がでます。一つは、世界における東西対立が深刻化しているが、これは日蓮大聖人の言われる『自界叛逆難』の姿ととらえることができるのかというもの。もう一つは、共産主義国家では宗教を否定的にとらえているが、これは広宣流布の障害にならないか、という疑問でした。

伸一は、前者の質問に同意したのち、「仏法を持った私たちが、世界の平和のために、民衆の幸福のために立ち上がらねばならない時が来ている」「イデオロギーによる対立の壁を超えて、人間という原点に返るヒューマニズムの哲学がこれからの平和の鍵になります。それが仏法です」と答え、「信仰者として、世界のために何をなすか。それが重要なテーマです」と強調しています。(126頁)

池田先生は、会長就任以来、世界のあらゆる分野の指導者と対話を重ね、仏法の偉大さを訴えてこられました。と同時に世界中の悩める民衆に激励の手を差し伸べてきています。前回の章で、私はあたかも最近になって「立正安国」から「立正安世界」「立正安球」の必要性が増してきたかのように書きましたが、それは正確さを欠きます。既に先生は60年前に、その見方を提示され、しかも具体的な手を次々と打ってこられたのです。

 かつてのイデオロギー対立は姿形を変貌させ、各国に分断の要因が猛威を奮っています。いやまして、後継の闘いが求められています。

●気になる中国、ロシアの動向

もう一つの質問には、「大丈夫。長い目で見ていけば、いつか必ず、宗教を認めることになります。どんな国でも、真の社会の発展を考えていくならば、人間の心という問題に突き当たる。国家の発展といっても、最後は人間一人ひとりの心の在り方、精神性にかかってくるからです」「いかなる国も真実の宗教の必要性を痛感せざるをえない」「そのためにも、大事なことは各国の指導者との対話だと私は思っている」(127頁)

先生はその後、中国の周恩来総理との深い対話と交流の中から、不滅の関係を築かれました。しかも数多い文化人との精神の繋がりを編んできておられます。また、ソ連、ロシアとも同様です。特にゴルバチョフ元大統領とは『二十世紀の精神の教訓』の対談集を読むとわかるように、深い信頼に基づく人間関係を培ってきておられます。かつて欧州でメディア関係者が、同大統領との懇談の中で、創価学会SGIへの無理解に基づく視点からの心ない発言をしたことがあります。それに対して、あなた方は全く実情をわかっていないと、厳しく嗜められたことは有名な逸話です。

現在の指導者である習近平主席やプーチン大統領の国際政治での振る舞いや対日姿勢から、両国の現指導部の対創価学会観に変化はないのかどうか気になるところです。歴史のうねりの変化の中で、不動の関係が続くと見ることは楽観的に過ぎるかもしれません。しかし、もはや無関係と見るのは表層的な捉え方です。中国、ロシアの大地に、多くの民衆の心の中に、植えられた種はすでに芽生えており、いつの時代にか、大輪の花を咲かせるに違いありません。私は自身の環境の中で、水を注ぐ役目を果たしたいと期しています。(2021-5-19)

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【6】「立正安球」へ、気になる中国の動向ー『新・人間革命』第2巻「先駆」の章から考える/5-12

●「立正安国」の具体的展開

昭和35年5月24日未明、南米・チリ地震による大津波が東北、北海道など太平洋岸を襲いました。第二巻冒頭の「先駆」の章では、この時の対応が簡潔に記されています。新日米安保条約を強行単独採決した政府と、それに審議拒否で対抗した野党の衝突で、国会は空白状態。そのために対策の手が打たれるのは遅れ  に遅れました。山本伸一は、そういう状況の中で、「立正安国」の実現の必要性を改めて痛感します。

「日蓮仏法の本義は、『立正安国』にある。大聖人は民衆の苦悩を我が苦とされ、幸福と平和の実現のために、正法の旗を掲げ、広宣流布に立たれた。つまり、眼前に展開される現実の不幸をなくすことが、大聖人の目的であられた。それは、「立正」という宗教的使命は、「安国」という人間的社会的使命の成就をもって完結することを示していた。そこに仏法者と、政治を含む、教育、文化、経済など、現実社会の営みとの避けがたい接点がある」(42頁)

宗教的使命が、人間的社会的使命の成就で完結するとは如何なることでしょうか。また、仏法者と現実社会の営みとの避け難い接点とは。この世に生きる全ての人々の幸せを願う仏法者の使命感が、現実の営みという行動の中で、一つひとつプラスの結果を出していくことだと、私は理解しています。

「宗教は、人間の意識を変え、精神を変え、生命を変える。宗教のいかんで、人は強くもなるし、弱くもなる。愚かにもなれば、賢明にもなる。建設にも向かえば、破壊にも向かう。創造の主体である、その人間の一念が変化すれば、環境、社会も、大きな転換を遂げていく。それが立正安国の原理である」(54頁)

正しい宗教を持った人間が、強い心と、賢明な姿勢で、建設に向かう一念を持ち、環境変革、社会変革に立ち向かえば、自ずといい結果が出てくるーこれが立正安国の原理だということでしょう。正しい宗教とは何を指すのかとの論争は長い歴史を引きずってきており、今も続いています。しかし、日本国内での宗教間競争については、ほぼ決着がついたと見ても間違いはないと思われます。

●具体的な「立正安国」の場としての沖縄

昭和35年7月16日に山本伸一一行は沖縄を初めて訪問します。この頃、核ミサイルが沖縄に次々と配備されようとしていました。

「山本伸一は、〝戦争に苦しみ、不幸の歴史を刻んできた、この沖縄の人びとが真正の仏法によって救われることは、日本国中の民衆が幸福になっていく証明となろう〟」との思いを持ち、「この地に平和の楽土の建設を誓いながら那覇国際空港に降り立った」(55頁)

この時の訪問を第一歩として、伸一は以後8回に及ぶ沖縄旅の展開が描かれますが、その根底には、平和の楽土を築かずにはおくものかとの圧倒的に強い信念がうかがえます。戦後日本は安全保障の分野で見れば、沖縄の犠牲の上に平和が成り立っていることは紛れもない事実です。であるからこそ、この地を「立正安国」の戦いの最先端にするとの決意を伸一は抱き、それに合わせた行動をとってきたといえましょう。第一歩から60年余。平和の楽土への道のりは表面上は遠く、〝戦い未だ終わらず〟を実感せざるを得ません。

●「安国」から「安世界」「安球」へ

21世紀に入って20年。交通機関の発達、グローバル化の進展のなかで、地球は一段と狭くなってきました。一方で「一国平和主義」「自国ファースト」が叫ばれる中で、共存共栄の世界構築の大事さが迫ってきます。新型コロナ禍の蔓延によって、否が応でも地球は運命共同体であるとの思いに立たざるをえません。ウイルスの前に国境はないという当たり前のことに、人々は漸く気付き始めたのです。

日蓮仏法の広宣流布の戦いは、「立正安国」の原理の敷衍化でした。今や舞台は大きく地球全体に、世界中に広がっており、創価学会インターナショナル(SGI )の動きに目を見張らざるを得ないのです。それゆえ、世界の現状は、安国を「安世界」「安地球」に読み替えることを必要としているといえましょう。

今、世界の「覇権」は、米中間で争われていますが、今世紀半ばを待たずに、主役交代かとの声も聞かれます。その中国は、「人類運命共同体」の理念のもとに「一帯一路」構想を掲げて、中東からヨーロッパ、アフリカ大陸各国への影響を強めようとしているのです。その行程の中で、中国各地の数多い大学に附設されているという「池田思想研究所」がどういう役割を果たすのか。私の中国人の友人がそこで教員をしていることもあり、大いなる注視をしています。(2021-5-12 一部修正=5-13)

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【5】日蓮仏法の真髄としての「誓願」ー『新・人間革命』第1巻「開拓者」から考える/5-6

●初のブラジル訪問での質問会

ニューヨークから空路13時間。山本伸一たち一行はブラジル・サンパウロに到着します。昭和35年10月11日深夜のこと。体調を崩し疲労の極みにあった伸一ですが、機内でブラジルに海外初の支部を結成しようとの構想を、随行の十条潔に語ります。最悪の体調であり、激しく揺れ動く機中にも拘らず、ブラジル広布への強い思いをめぐらす、伸一の執念に、十条は驚くのです。

ブラジルについては、この後、6年後に再訪問された様子が第11巻に描かれていきます。また、14年後の昭和49年には、訪問が途中で叶わず、急遽行先が変更されるという劇的な出来事が起きますが、それは第19巻に登場します。そして最後の第30巻下「誓願」の章にも。数多い伸一の海外広布旅でも強く深く印象に残る国の一つです。

それは、明治から昭和への日本の歴史の流れ中で、この地が海外移住の主流の位置を占めてきて、数多い日本人が住んでいたことと無縁ではないと思われます。「開拓者」の章では、ブラジル移民の経験した「流浪の民」の由縁が簡潔に語られ、胸疼く想いに誘われます。その中で日蓮仏法に目覚め、立ち上がったばかりの人たちへの伸一の激励行が、読むものの心を激しく揺さぶるのです。

●「誓願」と本来の祈りについて

伸一はこの地での座談会で多くの時間を質問会に当てていきます。それは「農業移住者としてブラジルに渡り、柱と頼む幹部も、相談相手もなく、必死で活路を見出そうとしている友に、適切な指導と励ましの手を差し伸べたかった」からだと述べられています。292頁から300頁にわたる、この質問会でのやりとりは圧巻ですが、とりわけ、「誓願」について語られたくだりが強く心に残ります。

「仏法というのは、最高の道理なんです。ゆえに、信心の強盛さは、人一倍、研究し、工夫し、努力する姿となって表れなければなりません。そして、その挑戦のエネルギーを沸き出させる源泉が真剣な唱題です。それも〝誓願〟の唱題でなければならない」

「〝誓願〟というのは、自ら誓いを立てて、願っていくことです。祈りといっても、自らの努力を怠り、ただ、棚からボタモチが落ちてくることを願うような祈りもあります。それで良しとする宗教なら、人間をだめにしてしまう宗教です。日蓮仏法の祈りは、本来、〝誓願〟の唱題なんです。その〝誓願〟の根本は広宣流布です。つまり、〝私はこのブラジルの広宣流布をしてまいります。そのために、仕事でも必ず見事な実証を示してまいります。どうか、最大の力を発揮できるようにしてください〟という決意の唱題です。これが私たちの本来の祈りです」

法華経の如来神力品第21では、地涌の菩薩が滅後の弘通を勧める釈尊に応えて、成仏の肝要の法を人々に教え広めていくことを誓願し、釈尊から滅後悪世の弘通を託されています。日蓮大聖人は、この誓願を自らのものとして、命懸けで貫くとの決意で、地涌の菩薩の上首(中心的リーダー)である上行菩薩の御自覚に立たれたのです。また、創価学会の三代の会長は、この大聖人の直弟子との自覚のもと、広宣流布という地涌の菩薩の誓願を自らの使命として闘ってこられたのです。

このサンパウロでの質問会における山本伸一の説明に、唱題、祈りという言葉の上に「本来の」と冠せられていることに注目せざるを得ません。つまり、本来のものではない、似て非なる祈りや唱題が横行しているということでしょう。尤も、それであっても、祈りは叶う、それくらい唱題そのものの持つ力は凄いということでもあります。この辺り、私は杓子定規にではなく、柔軟かつ身勝手に解釈することにしています。このいい加減さが私自身の根本的な欠陥だろうと分かりつつ。

●未だ見ぬ国・ブラジルへの熱い思い

私はブラジルには行ったことはありませんが、一昨年の参議院選挙の際に、思わぬ関係が出来ました。公明党の候補(兵庫県選挙区)としてブラジル駐在日本大使館の一等書記官だった高橋光男君が立候補したからです。小学校時代の私の友人・三野哲治君(元住友ゴム会長)が日伯協会の理事長(当時)をしていたことを思い出し、二人を繋ぐ役割を果たしました。

明治41年4月28日に、初めて日本からブラジルに向かった笠戸丸が神戸港から旅立ったことは、「開拓者」の281頁にも書かれています。私は、神戸市中央区の高台にある「海外移住と文化の交流センター」を訪問した際に、事務方のご案内のもと、上階から窓越しに海原を見やりながら、この神戸の地から移民に旅立った人々の心中に遠く思いを馳せました。明治150年の歴史の流れの中で、ブラジル広布を夢見た人々の苦闘に、頭(こうべ)をたれざるを得ません。(2021-5-6)

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