【10】香港の現在とこれからに注目ー小説『新・人間革命』第3巻「仏法西遷」の章から考える/6-7

●一国二制度の香港の動向を固唾を呑んで見守る

山本伸一は、昭和36年1月28日から2月14日までの18日間、香港(当時イギリス領)、セイロン(現在のスリランカ)、インド、ビルマ(現在のミャンマー)、タイ、カンボジアの五カ国一地域の訪問に出発します。この旅の目的は、「日蓮大聖人の御予言である、〝仏法西還〟の第一歩を印し、東洋の幸福と恒久平和への道を開くことにあった」とされています。

日蓮大聖人は、「月は西より東に向かへり月氏の仏法の東へ流るべき相なり、日は東より出づ日本の仏法の月氏へかへるべき瑞相なり」(御書588頁)と諫暁八幡抄で述べられています。これは、釈尊の仏法がインドから東へ流れ、日蓮大聖人の仏法がインドに還るという兆しだとの趣旨です。「戸田城聖は、その御聖訓の実現を、創価学会の使命として、伸一を始めとする青年たちに託した。もしも、創価学会がなければ、この仏法西還の御本仏の御予言も、虚妄なってしまったにちがいない」と述べられています。(29頁〜30頁)

この旅を第一歩として、香港への伸一の足跡は、4度ほどを数えます。大乗仏教が今の中国から朝鮮半島を経て日本に伝来したのは6世紀半ばのことです。それから西還の動きは、千数百年を経た21世紀の今、創価学会の出現と闘いによって現実のものとなってきています。ただ、厳密に言えば、現代中国と宗教の関係は不確かな側面が強く、日蓮仏法も広く民衆の受け入れるものとはなってはいません。その意味では、歴史的に見て中国から英国領へと支配国家の移転に伴う香港での広布の状況は象徴的意味合いがあるものと思われます。

今、「一国二制度」の地域としての香港は、中国との関係が注目されています。民主化の存続を求める自由香港の動向がどうなっていくのか。「宗教の自由」が損なわれるようなことがないように、ひたすら固唾を呑みつつ見守っています。

●「永遠の生命」をどう捉えるか

この章で私が注目したのは、「生命が永遠であると聞きましたが、人は死んだあと、どうなるのでしょうか」との一婦人の質問に、伸一が8頁にわたってやさしく丁寧に答えているところです。

56年前に入会するに際して持っていた私の問題意識は、「人間はなぜ根本的に不平等なのか」というものでした。社会体制を変えたところで、一人ひとりの人間の持つ宿命的なる要素は変わらないということに尽きます。伸一は、「宿命が、どこから生じたのかを、徹底して突き詰めて行くならば、どうしても、今世だけで解決することはできない。生命が永遠であるという観点に立たざるをえません」ーこう述べています。(63頁)

〝この観点に立つしかない〟ー死後の世界は誰しも経験出来ないものである限り、62頁から70頁までの伸一の説明のエッセンスとしての、この言葉が全てを物語っていると思います。その観点に立って、私自身は生き抜き、根本的なところでの人生の不平等感からの脱却を果たし、宿命は必ず転換出来ると感得することができました。

その上で、75歳になった私が今感じることは、死に別れた父母や弟らから、尊敬する数多の先輩、友人たちまでのあの人、この人との〝再会への渇望〟です。「会いたい」「話したい」との思いが募り、夢で逢うこともしばしば。その都度、「永遠の生命」の観点からの捉え方として、これでいいのだろうか、と自問します。若き日に思い描いた「悟りへの欲求」と食い違っていないか、と。(2021-6-7)

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