【22】「政治と宗教」への曲解ー小説『新・人間革命』第5巻「獅子」の章から考える/8-9

●「学会が支援などしなくても」当選できるように

 時は移り、舞台は昭和37年(1962年)に。1月17日の国会開幕と同時に、政治団体としての「公明政治連盟」の発足が記者会見で表明されます。ここから、政党についての考え方や、政治と宗教の関係についての伸一の原理的な捉え方が述べられていきます。(300頁~336頁)

 これに関連して、政治団体の結成について、伸一が前年の春に創価学会の幹部たちを前に語った話が述べられていますが、次のくだりが注目されます。

「やがては、学会が支援などしなくとも、この政治団体の政策と実績に、多くの国民が賛同し、また、一人ひとりの議員が幅広い支持と信頼を得て、選挙でも、悠々と当選するようになってもらいたい」(309頁)

 これは、今から60年前の発言ですから、その当時の伸一の期待であったと言えるでしょう。そこには強い願望が込められていました。今、公明党の議員に対して、幅広い支持と信頼が得られているかどうか。私自身、そういう議員にならねばと決意し、実践もそれなりにしました。後輩たちもみんな懸命に闘っています。ただ、学会の支援を得ずして到底当選は覚束ないというのが現実です。

 しかし、それでよしとせずに、自分の力で悠々と当選できるように、常日頃から努力すべきだと、みんな思い続けています。「理想と現実との立て分け」で割り切ることはせずに、ひたすらあるべき理想に近づけようとするところに、活路は開く、と。学会の支援に頼り切りの公明党議員ではなく、候補者本人の力が主で、足らざるを補ってもらうという形を、求め続けたいものと思っています。

●日蓮主義者たちの与えた誤解

 さらに、伸一は、戸田城聖から受けた「王仏冥合論」についての考え方を思い起こしていきます。その中で、日本の歴史の中での、いわゆる日蓮主義者について触れられた箇所が私にはとても重要に思えます。

「いわゆる日蓮主義者たちは、大聖人の教えをねじ曲げて国家主義的に解釈し、『精神の闘争』を放棄して侵略やクーデター、テロに走っていった(中略)結局、彼らが行ったことは、仏法の精神を根底から覆すものであった。まさしく『摧尊入卑』(さいそんにゅうひ=尊きを墔きて卑しきに入れる)であり、大聖人の仏法を砕き、歪曲して、自分たちの偏狭な考えのなかに取り入れたにすぎない」(328頁)

 この日蓮主義者たちー田中智学、石原莞爾、井上日召、北一輝らーの主張や振る舞いが大聖人と関わりの強いものとして、日本社会に定着してきました。このことが多大な誤解を日本社会に与えてきたのです。昭和の初めに牧口常三郎先生が創価教育学会を創立され、戦後から今に至るまで戸田城聖、池田大作先生が創価学会として、正しい日蓮大聖人の姿とその理念、哲学を伝えられてきました。

現役時代に私は、新聞記者や大学教授らを始めとするいわゆる知的支配層に属する人々と付き合いました。彼らの頭脳の中に、日蓮主義者のイメージが刷り込まれていることを実感したことが少なからずありました。それは、さすがにかつての時代を背景としたテロ、クーデターに直結するものではありません。ただ、公明党については、過剰な政治志向を持つ宗教団体に支配された政党との見方が強いのです。これを変え、まっとうな見方に正すーまだまだ道のりは遠いように思われますが、頑張りたいと思います。(2021-8-9)

  

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