【28】「反核」への真摯で具体的な戦いー小説『新・人間革命』第7巻「文化の華」の章から考える/9-4

●「人間性の勝利」めぐるエピソード

昭和37年(1962年)は、創価学会では「民衆の大地に、山本伸一によって、次々と文化の種子が下され、発芽していった年であった」とされます。具体的には、9月27日に学術部、芸術部が新たに誕生します。そして各地で音楽祭や文化祭が開かれていくのです。

「伸一は、広宣流布は、民衆の大地に根差した文化運動であるととらえていた。彼は、ある時、青年たちに〝広宣流布とは、いかなる状態をいうのか〟と問われて、『文化という面から象徴的にいえば、たとえば庶民のおばあちゃんが、井戸端会議をしながら、ベートーベンの音楽を語り、バッハを論ずる姿といえるかもしれない』と答えたことがある」(43頁)ー象徴的にせよ、面白く愉快な例え方です。

ピアノを幼児の時から弾いてきた家内も、もはや70歳なかばのおばあちゃん。サスペンス映画や、お笑い番組の合間に、ピアノ独奏やら交響楽団の演奏を聴いたりしていますから、私の知らないところで、ばあさん達と〝井戸端〟ならぬ〝電話端〟で音楽談義をしているのでしょう。たぶん。

続いて、「人間性の勝利とは、民衆のなかから、真に偉大なる〝芸術の華〟〝文化の華〟が開く時でもある」(44頁)とあります。政治、哲学、思想といった分野には特に強い関心を持つ私など、テレビの好みも違い、家内からは「全く何も知らないんだから」「〝昭和〟だねぇ」と、〝世間知に疎い〟と馬鹿にされます。「人間性」をめぐる夫婦間の微妙な落差が気になります。コロナ禍で、人に会う機会が以前に比べて減った今こそ、〝ライフスタイルの革命〟の時かもしれません。「人間性の勝利」が持つ意味について、いささか心騒ぐ日々です。

●「キューバ危機」への向き合い方

10月14日に文化祭が行われた8日後、「人類を震撼させる大ニュースが世界に流れた」とあり、いわゆる「キューバ危機」をめぐる一連の動きが克明に語られていきます。(50~83頁)

このなかで、「山本伸一は、このニュースを聞くと愕然とした。〝核戦争など、絶対に起こさせてなるものか!〟この日から全精魂を注いでの、懸命な唱題が始まった」との記述があります。さらに、後半の部分で、「『一身一念法界に遍し』(御書412頁)である。強き祈り、真剣なる一念は大宇宙に遍満していく。ゆえに、伸一は、直面している危機の回避を、ひたぶるに祈った。題目で全地球を包み込む思いで。仏法者の平和への戦いは、強盛な祈りから始まる。そして、祈りは決意となり、智慧を湧かせ、勇敢なる信念の行動となる」と。

このくだりに深い感動を覚えます。核戦争への一触即発の危機にあって、右往左往したり、傍観したり、せいぜい評論することが一般である時に、かくほどまでの強い意志のもとに、全身全霊を込めての唱題で立ち上がった人がいたことは、心底から感動します。この時の祈りから、その後の平和に向けての世界の指導者との真剣な対話という行動へと繋がっていくのです。

さらに、この章の最後で、キューバ危機を経て間もなく、ケネディ米大統領から、会見を申し込まれたことが明かされています。伸一は一瞬、その意図をめぐり、政治的に利用されることを憂慮し、どう回答するか、「頭脳をめまぐるしく回転」させます。心理的葛藤についての二頁にわたる詳細な分析は極めて興味深いものがあります。「何秒間の沈黙のあと」、伸一は会見を受諾しました。核戦争を回避していくためにも忌憚なき語らいをしよう、と。(99頁)

会談は、翌昭和38年(1963年)2月に予定されたのですが、残念なことに自民党筋から横槍が入り、断念を余儀なくされました。そして、やがてケネディの死によって永遠にその機会は消えてしまうのです。その辺りについては、後の章で詳しく語られていきますが、まさに現代政治の裏面史を垣間見るようで、迫力満点です。(2021-9-4)

 

 

 

 

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