【32】心の距離は場所とは無縁ー小説『新・人間革命』第8巻「布陣」の章から考える/9-25

●「信心を学んで帰る」という考え方

昭和38年6月20日、山本伸一は、鹿児島、宮崎への指導に飛び立ちます。21日には空路、徳之島に渡り、そこから奄美大島名瀬まで、5-6時間かけての船旅でした。同行の最高幹部が、奄美の遠さや、船酔いの厳しさを口にしました。また、ある幹部が「わざわざ奄美大島まできたんだから、しっかり信心指導にあたります」と、述べました。これに、伸一は、「指導をするという発想ではなく、奄美の同志から、信心を学んで帰ることだよ。ここの支部長や婦人部長は、この遠く離れた奄美から、毎月、船と列車を乗り継いで、東京の本部幹部会に来ているんだ。それだけでも一週間はかかってしまう。その間、仕事もできないし、送り出す家族の苦労も大変なものだ。(中略)奄美は確かに遠い。しかし、奄美の同志の心は、私に最も近い。私とともにあるといってよい。学会本部にいても、心は私と離れている幹部もいる。心の距離は、決して場所によって決まるものではない」

 私は信仰を始めた頃、「どうしても師匠に会いたい、直接指導を受けたい」との一心でした。その思いは純粋でしたが、この奄美大島の友のようなものだったかどうか。いささか疑問です。その後、10数年が経って、幾たびかお会いできるようになり、今度は一転、その厳しさに怯む思いが生じました。お会いできずとも、遠くで祈ろう、と変化したのです。明らかに退歩です。師と弟子の関係は深く、軽々に論じることはできませんが、「心の距離は場所で決まらない」との指摘は今、様々な意味で重くのしかかってきています。

 信心をめぐって、〝指導は相手から学ぶ〟ことは、心底から共感します。どうしても一方的に話す癖が抜けきらず、あれこれ自分の体験を含め、指導めいた言葉を口にしてしまいます。相手の思いを聞いて聴いて訊き抜いた上で、話すことが出来たらどんなにか凄いか。頭では分かってるつもりですが‥。どこに行っても「信心を学んで帰ること」。この大事さを噛み締めて、これから新たな挑戦をしたいと思っています。

●辺境の地での信心の実証について

 6月22日に名瀬港に面した塩浜海岸の埋め立て地で、奄美大島での「総支部結成大会」は6000人を超える人たちが参加して開かれました。伸一はそこで、戸田先生の示された学会の三指針(①一家和楽の信心②各人が幸福をつかむ信心③難を乗り越える信心)を確認します。そして、終了後の幹部会で、こんな激励をしていることに私は感銘を受けます。

 「台風は頻繁にくる、ハブはいる、交通の便は悪い、経済的にも苦しいーそんなことは承知のうえで、奄美広布をしようと誓願し、あえて多くの宿業を背負って、地涌の菩薩として出現してきたのが皆さんです。それをこんなはずではなかったとか、ここまで大変とだとは思わなかったなどと、不平不満を言っているうちは、まだ自らの使命の真髄たる本地を現していないということです。したがって、本来の力も、智慧も、発揮できないし、事態の打開もないということになります」

 今から、60年近く前に、伸一の渾身の指導を受けて、勇躍歓喜してそれぞれの使命の地に戻った人々。つい先年、この地域で素晴らしい活躍をしている人の体験談を聞く機会があり、感動を新たにしました。因習深き地での見事な実証が印象に残りました。恐らくこの時の伸一の激励が受け継がれているに違いありません。

 コロナ禍で、これまでと違って、会員同士が直接会うことも少なくなりました。リモートで、オンラインでといった通信機器、ITを使っての交流が日常茶飯の出来事です。そういう時代だからこそ、「繋がる」「心の絆」の大事さを痛感します。(2021-9-25)

 

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