【35】「弾圧」から「表彰」へー小説『新・人間革命』第8巻「激流」の章から考える/10-13

●「侵略の犠牲」になった韓国民衆への思い

 1963年(昭和38年)11月23日米テキサス州ダラス。ケネディ米大統領が暗殺されたニュースが全世界を駆け巡りました。その時の衝撃と彼に対する伸一の熱い思いが語られます。(289-302頁)

 翌年1月15日に韓国7都市に日本の幹部が交流訪問する予定になりました。これを契機に、「激流」の章は、58頁にわたり韓国と日本の関係、韓国での学会員の壮絶な戦い、伸一の韓国初訪問へと、触れられていきます。(314-372頁)

 「仏教伝来」から文化の恩恵まで、大恩ある韓・朝鮮半島に対して、いかに日本が厳しい姿勢で挑んできたか、歴史的事実に沿って語られたのちの次のくだりが胸に響きます。

 「だが、不屈の人びとは、〝魂の虐殺〟に等しい、日本の蛮行に耐えに耐えた。その間、幾千幾万の決死の勇者たちが、独立の炎をともし続けた。光なき痛哭の大地に、自由と希望の夜明けが到来することを絶対に信じて」(323頁)

 日本人は豊臣秀吉の〝朝鮮征伐〟から、明治の〝征韓論〟を経て、日清戦争後の35年間の朝鮮半島支配に至るまで、日本民族の勇猛さ、日本近代の素晴らしさの観点のみで見る傾向が強くあります。自国の大衆の苦悩には目を向けても、隣国の民衆の喘ぎには目を背けてきました。それに比して、ここでの伸一の「日本帝国主義批判」の凄まじさには、自らの非に改めて気づかされます。

 ややもすれば「日本優位論」が鎌首をもたげ、隣国民族を下に見てしまいかねない気風。今もなお、韓国、北朝鮮での反日の空気の根源に目を向けず、表層的な反韓気運を持続させるのみの世論。ここらあたりに問題の所在があることを痛感せざるをえません。

●執拗な弾圧にめげない韓国学会員の逞しさ

 1964年(昭和39年)1月の韓国への日本からの派遣が決まった頃から韓国政府の学会への批判が始まります。「創価学会は反民族的な性格を持つため、韓国では布教を禁止する」との文教部長官見解が表明されました。韓国政府の誤認識から出たものとの認識に立ち、学会では直ちに「韓国問題をめぐって」と題する長文の特集記事が聖教新聞に掲載されました。(349頁)

 しかし、韓国国内では、学会員が突然刑事に逮捕され、拘置所に拘束されたり、信仰ゆえの迫害にあっていきました。しかし、皆懸命の唱題に励み、逆に体験を掴む会員が増えていきました。ただし、自分勝手な幹部も出て、会内にいくつかのグループができるなど、様々な障害が発生します。幾多の紆余曲折を経て、1976年(昭和51年)に「仏教会」という全国統一組織が出来るようになりました。最終的に、1979年(昭和54年)に、農水産部長官から、1984年(昭和59年)には大統領から表彰を受けるまでになったのです。(369頁)

 韓国政府の弾圧の執拗さにめげず、この60年近い歴史の中で、見事な足跡を残してきた韓国の学会員の逞しさは、大いに宣揚されるべきものと思われます。軍部独裁などの時期も含め、韓国国内事情も複雑なものがあります。情報も我々に届かない傾向があり、軽々に論じることは出来ませんが、私は韓国における日蓮仏法の未来こそ、世界広布の成否を占うものと思えます。

 北東アジアの平和にとって、韓国の動向は決して無視できません。「在韓米軍の撤退」、「北朝鮮との宥和」など、時の政権の身の振り方一つが重要な影響をもたらします。ひたひたと増える学会員の息遣いの与える影響が決して無視できないと思われます。彼の国の浮沈の鍵を握る学会員の動きを、少ない情報の中で注視していきたいものです。

●苦節の末に、政府から表彰受け、伸一の訪韓が実現

 長きにわたる韓国の学会員への弾圧の歴史にもかかわらず、遂に大統領表彰まで受けるようになったことは、特筆できることです。その上で、1990年(平成2年)のソウルでの東京富士美術館所蔵の「西洋絵画名品展」のオープニング式典に出席するため、伸一が初めて訪韓しました。また1998年(平成10年)には、慶煕大学から名誉博士号を贈られての授与式に出席しました。その際に、SGI韓国仏教会本部を初訪問したのです。(370頁)

 このくだりは、非常に抑えた筆致で書かれているのが、かえってことの重要性を際立たせているように私には思えます。「初夏の風がさわやかであった。同志は待っていた。1964年(昭和39年)に、試練の嵐が吹き荒れて以来三十四年、メンバーはこの日が来ることを、夢に見、祈り、待ちわびてきたのである。それは伸一も同じであった」と。

 欧州の「冷戦」に終止符が打たれて、〝分断国家ドイツ〟に平和が訪れて30年余。今も朝鮮半島には、冷酷な「北緯38度線」が厳然と存在しています。「嫌韓」「反韓」の機運を超えて、もっとこの隣国民衆の幸福に関心を持たねば、と思うのです。(2021-10-13)

 

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