【65】今に命を込める大事さー小説『新・人間革命』第16巻「羽ばたき」から考える/4-12

●「頭の中にいれよ、 メモはダメだ」

 欧米の旅から5月末に帰国した伸一は、7月には東北へと足を伸ばします。大学会の結成、記念撮影会などに出席するためです。その途上に、のちに「昭和47年7月豪雨災害」と呼ばれる大雨がこの地域にも激しく襲いました。各地で次々と届く被害の報告に、的確な指示を出しつつ、激励行を重ねます。(227-274頁)

 山形での撮影会の合間に、青年時代に勤めていた大東商工の近くの食堂で働いていた婦人と約20年ぶりに再会します。当時伸一が政治、経済、法律、漢文、化学、物理学など百般の学問を個人的に受けた「戸田大学」の学舎こそ、その大東商工の入っていたビルの一室でした。ここから厳しい個人教授の様子(時に他の青年達も参加)が語られていきます。

 この中で強く印象に残るのは、戸田先生が語ったある蘭学者の体験を通じてされた話です。長崎で学んだ蘭学の全てを記録していた筆記帳を難破事故でなくしてしまい、「頭の中には何も残ってなかった」のです。「だから君たちは頭の中に入れておくのだ。メモはダメだ」ー伸一は毎回、生命に刻みつける思いで、戸田の授業を聞いた。(237頁)

 これまで私の人生でも多くのことを学び勉強する機会がありましたが、およそノートを取ったものを後で見直すことは殆どありませんでした。あの東日本大震災の時に、津波で家を始め何もかも全てを失った人が、「身体が覚えていることだけは、持っていかれてない」と新聞で語っていたことが妙に強烈に残っています。

●窮地に陥った時にどう挑むか

 豪雨災害に直面した各地に駆けつけて、伸一は会員を激励していきます。被害にあった会員から「なぜ我々はこんな目にあうのか」「どこに原因があるのか」など様々な疑問が寄せられます。問いかけへの答えのうち、つぎのものはとても印象的です。

 「長い人生には、災害だけでなく、倒産、失業、病気、事故、愛する人の死など、様々な窮地に立つことがある。順調なだけの人生などありえません。(中略)  では、どうすれば、苦難に負けずに、人生の勝利を飾れるのか。仏法には『変毒為薬』つまり『毒を変じて薬と為す』と説かれているんです」「人は、窮地に陥ったから不幸になるのではない。絶望し、悲観することによって不幸になるんです」(251-252頁)

   私もこれまで様々な窮地に陥ってきました。病気、父母や嬰児、弟の死などに直面しました。今も身近な家族に異常な老いや、心にまつわる各種の深刻な不都合が押し寄せてきています。つい、なぜいつまでもこんな問題に苦しまねばならないのか、との嘆きが浮上してきがちです。その都度、負けるもんかと強気の心を奮い起こし、朗々と題目をあげて身体中に勇気と強い心意気を漲らせていくようにしています。弱気に、臆病に、悲観的になることが一番の敵です。己心の魔に打ち勝つ強情な信力こそ第一と決めているのです。

●正本堂の建立と破壊

    総本山大石寺に建立寄進された正本堂。1972年(昭和47年)10月12日に完成奉告大法要が行われました。富士山を背景に聳えたつ白亜の殿堂は、今まさに羽ばたこうとする鶴の翼を広げた勇姿を思わせるものでした。その式典の一部始終から始まり、完成に至る背景が語られていきます。(274-341頁)

    14日に行われた落慶大法要の挨拶に立った伸一は「正本堂ができあがったことで、基盤づくりは終わり、大聖人が目的とされた肝心要の広宣流布の『本番』が、この十月から、いよいよ始まったわけでございます。遂に広宣流布の総仕上げの幕開けを迎えたのであります」と述べました。(323頁)

   入会して7年。社会人として3年。信心の基礎も、新聞記者の基本も先輩から叩き込まれ、これからいよいよ本格的に飛翔しようとしていた私にとって、この正本堂建立は、大きな区切りでした。学会にとって「広布第二章」の開幕。私個人の歴史においても、結婚し家庭を持った出発の時でした。あの頃の溌剌たる思いが今に鮮明に蘇ってきます。

 ところが、実はこの時から僅か四分の1世紀(26年)足らず、1998年(平成10年)6月に、正本堂は時の法主日顕によって、なんと解体されてしまうのです。

【八百万信徒の赤誠を踏みにじり、大聖人御遺命の「本門寺の戒壇」たるべき大殿堂を破壊するという大暴挙である。大聖人の法門に対する大変な反逆である】(341頁)

   【日顕の常軌を逸した、この蛮行の淵源には、伸一と会員を離間させ、会員を信者として奪い取ろうとする悪辣な陰謀があった】(342頁)

   この時から24年ほどが経ち、今や大石寺は「謗法と申すは違背の義なり」(御書4頁)と御聖訓にあるように、無惨な謗法の寺院と化しています。先年、友人の車でそばを通りました。往時とは全く違う佇まいにただ呆れたものです。(2022-4-12)

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