Monthly Archives: 5月 2022

【71】生あるうちにこそー小説『新・人間革命』第18巻「師恩」の章から考える/5-17

●白糸会での入魂の指導

 人材育成に強く深い思いを抱いていた伸一は、来る日も来る日も焦点を強く絞って動いていました。1973年(昭和48年)8月の夏期講習会では、5年前に結成していた白糸会の3回目の集いに出席し、一メンバーと三度めになるボートに乗り、皆との懇談で入魂の指導をします。結成からの経緯に触れられていきます。(102-127頁)

   小さな滝の前で、伸一は「一高寮歌」を歌おうと呼びかけます。皆は力強く歌い出すものの、途中できこえなくなってしまいます。歌詞がうろ覚えだったのです。それについて伸一は次のように語ります。

 「しょうがないな。何事も中途半端ではだめだ。どんなことも、途中でやめてしまっては、なんの役にも立たない。物事は徹することだ。やり遂げることだよ。最後までやり遂げた人こそが勝利者なんだ。戦い続ける人が仏なんだ」それから伸一は、真剣な表情で語った。「私は、生涯、何があっても、命の燃え尽きる日まで、広宣流布の道を歩み抜きます。それが私の誓いです。(108頁)

   昭和43年に結成された白糸会は、当時の男子部・隊長(地区責任者)、年齢は25歳以下との条件のもと、全国の代表55人で構成されていました。この当時、大学会の結成が全国で相次いでいましたし、東京各区での撮影会を通じ兄弟会も作られていましたが、そのいずれとも違う特徴(庶民の、土着の強さ)を持った青年たちの集いでした。このほかにもありとあらゆる人材を育てる目的をもったグループが作られていきました。

 白糸会は、結成時最高年齢だった人は、今79歳。「青春時代の誓いを断じて果たそう」「山本先生の恩に報いよう」と、日々頑張っています。直接薫陶を受けたそのような人が、各地での一度も師匠と会えないままの人たちに、いい影響を、刺激を与えているでしょうか。そのことこそが今最も問われていると思います。

●広布途上に逝いた人たちへの祈り

 夏期講習会のあと、伸一は、ハワイ、神奈川を訪問した後、9月8日に北海道に飛びます。ここでは13年ぶり3度目の恩師の故郷・厚田村訪問の様子が語られていきます。(129-157頁)  と同時に、北海道女子部長だった嵐山春子の13回忌法要に出席し、この日発刊された彼女の戦いを追悼する書『北国の華』のことが触れられるのです。

 伸一の追悼の一文は、「一瞬に永劫の未来を込め、私は再び爽やかな告別の歌を、新生の、地涌の讃歌を送りたい。嵐山さん、どうか、やすらかに。そしてまた、悲しみのなかから毅然と立った春子さんのおかあさん、妹さん、弟さん、お元気で➖。あなたは再び、〝生〟ある人として、広布第二章の戦列へ、欣然と加わっていることだろう。かたみを宿す嵐桜は、永遠に、北海道の妙法回天の旅路を見続けることであろう」と、結ばれていました。

 私のような人間でさえ、日々の勤行の追善の際に、先に逝いた先輩、後輩、同志の数が増え広がっていきます。伸一の思いを重ね、それぞれの人たちへのあの日あの時のことが思い起こされ、決意新たになるのです。

●日御碕灯台に立って

 更に、伸一は9月16日には島根、鳥取の「`73山陰郷土祭り」に向かいます。17日に島根県出雲市の日御碕(ひのみさき)灯台近くに立ち寄り、岬の下での雄大な景色を眺めつつ、次の御書の一節を。思い返します。

「久遠下種の南無妙法蓮華経の守護神は我国に天下り始めし国は出雲なり、出雲に日の御崎と云うところあり、天照太神始めて天下り給う故に日の御崎と申すなり」(879㌻)  この御書の一節を通し、「出雲をはじめ山陰地方は、その伝説のうえからも、景観のうえからも、光り輝く太陽の国といえる。ここに生きる人びとがその自覚をもち、郷土の建設に取り組んでいくならば、新時代をリードする、山河光る希望の天地となるにちがいない」と、伸一は断じます。

 実は、昨年末に私は出雲市の中小企業経営者の皆さんとご縁ができました。信仰は異にしますが、思いは同じ。私ももう一度この伝説の地・出雲から、地域おこし、この国おこしに取り組もうと決意しました。この地で、『77年の興亡』の出版を思い立ったのです。

 ●小学校時代の恩師への思い

 伸一は、栃木県幹部総会に訪れた11月6日に、自身の小学校時代の恩師檜山浩平先生と会い、感動の語らいをします。(189-200頁)  その場面にあって、次のような伸一の思いを込めた一節が深く心をうつのです。

 「お世話になった先生の恩には、生涯をかけて報いていこう」「自分が教わった教師全員に、強い感謝の念をいだき、深い恩義を感じていた」

 「親孝行したい時には親はなし」と同様に、お世話になった先生も私の場合、もはやほんの僅かの現実に愕然とします。人生は短いことを改めて思い知り、若き後輩たちへの激励を代わりにしようと決意しています。(2022-5-17)

 

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【70】「師弟と御書」という原点ー小説『新・人間革命』第18巻「獅子吼」の章から考える

●映画『人間革命』の制作の背景

   映画『人間革命』を初めて観たとき、深い感動と共に、とても愉快な気分を私は抱きました。折伏や座談会の場面で、日常的に使っていた仏法用語がばんばん出てきて、あたかも裏方が檜舞台に出てきたかのように思えたのです。この章は、1973年(昭和48年)7月7日に行われた東宝スタジオでの試写会の模様から始まります。

 日本を代表する脚本家の橋本忍氏がこの映画のシナリオを引き受けてくれたところの記述が胸を打ちます。その決断は、映画「人間革命」を通して、人間の「心」を探究し、それを示すことによって混迷した現代社会の闇を晴らしたい、その思いから、でした。「山本伸一の講演集などを読むなかで、人間が自己の欲望をコントロールし、自律するところに、新しい文明、文化の創造の道があるという伸一の考えに、強く共感した。さらにその方途が『十界論』にあると、彼は確信したのである。」(16頁)と。

  地獄、餓鬼、畜生界から始まり、菩薩、仏界に至る「十の生命の働き」については、創価学会に入った誰しもが最初に耳にし、教えて貰う仏法法理の登竜門です。私もなるほど、とがてんし、幾度も幾度も友人に話してきています。私の場合は、「早朝に満員電車の中に飛び込んだサラリーマン」の場合に例を取って〝十の範疇〟の説明をして、悦にいっていました。映画では、戸田先生に扮した名優・丹波哲郎が熱演しています。

 映画の脚本作りに際しては詳細な資料収集が必要でした。その役目を担ったのが本部渉外部長・鈴本琢造たちであったことに触れられています。このモデルこそ、私が大学時代に肺結核で悩んでいた時に激励をしてくれた人でした。雨の降る日に中野・鷺宮の会場O宅の前で、濡れるといけないよ、と傘をさしかけてくれたことは、大袈裟だなあと、思いながらも忘れられない優しい心遣いでした。昭和43年初頭のことと記憶します。

●心が離れた聖教新聞記者たちへの思い

  この頃、「言論・出版問題」の後遺症とも言えるような深刻な事態が、聖教新聞の記者の一部に起こってきていました。これには「創価学会への確信を失い、広宣流布の情熱を失った記者の精神は、あまりにも空虚であった」とされ、伸一のあらゆる観点からの指導、激励が続けれていく様子が語られていきます。(40~60頁)

   【広宣流布の尊き最前線の学会員は、「言論・出版問題」で、学会員がどんなに非難中傷され、いわれなき悪質な喧伝がなされようが微動だにしなかった。(中略)  自分も体験をもち、身近な人たちの体験を共有してきた壮年や婦人には、仏法と学会への確固不動の確信があった。しかし、心揺らいだ記者たちは、いわゆる苦労知らずであり、確たる信仰体験に乏しかった。そのため信仰の根っこがなく、基盤が脆弱だったのである。】

 この当時、ほぼ同世代の記者たちの中から、残念な人が出ていたことを噂で聞きました。改めて、自身の信仰体験の尊さに深い感動をし、己が使命を自覚したものです。私が担当していた高等部員たちにも、親の信仰の後を継いだだけの2世が多かったため、「大事なのは信仰体験だよ。自分にないと思う人は、御本尊に、体験を掴ませてください、この信仰の偉大さを実感させてくださいと、拝むんだよ」と始終強調していました。

 ここでは、日蓮大聖人の「御義口伝」の「第五作獅子吼の事」が引用され、深く印象に残ります。(51頁)「師とは師匠授くるところの妙法 子とは弟子受くる所の妙法・吼とは師弟共に唱うる所の音声なり 作とはおこすと読むなり、末法にして南無妙法蓮華経を作すなり」(御書七四八㌻)

  これは法華経勧持品の「仏前に於いて、獅子吼を作して、誓言を発(おこ)さく‥‥」(法華経四一七㌻)のお言葉で、「一言すれば、師から弟子へと仏法が受け継がれ、師弟が共に題目を唱え、広宣流布の戦いを起こすことが、『獅子吼を作す』ことになる」と、「その中核こそ、本部職員であらねばならない。そして仏法の正義を叫び、人類の幸福と平和の道を示す聖教新聞は、師弟共戦の獅子吼の象徴である」と力説されています。

 「師弟」論を考えるにつけ、思い起こすことがあります。ある友人が、「仏法修行において、師の重要性は分かるけれど、とても御書通りの実践は難しい。池田先生のような凄まじい戦いは自分には出来ない。遠くから祈り、自分なりにやるほかない」と言ったのです。これは結構よく見受けられる考え方です。私の心中にも同調する思いが浮き沈みしないと言ったら嘘になります。

 これについては、中心に一歩でも二歩でも近づこうとする姿勢が大事だと思います。それがないと、結局は惰性に陥ってしまい、本来の軌道から外れてしまいます。それを防ぐためには、「自分なり・遠巻き」論ではいけないのだと、自らに言い聞かせています。(2022-5-11)

※この項、公開するのが遅れてしまいました。(5-17)

 

 

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【69】完全燃焼こそ蘇生の源泉ー小説『新・人間革命』第17巻「緑野」の章から考える/5-7

●深夜の6分間の停車

 東京都内各地での記念撮影会を終えた伸一は、1973年(昭和48年)5月に欧州に旅立ち、帰国後の6月5日の福井を皮切りに、岐阜、群馬、函館と次々に訪れます。それぞれ各地で深い絆を会員と結ぶ姿が描かれていきます。まず、福井では13年前の1960年2月の忘れられぬ出来事が語られます。(336-341頁)

 それは、京都から金沢に向かう列車の敦賀駅での6分間の停車時間に起きたことでした。伸一が乗った列車が午前2時半頃に着くと知った50人ほどの人々が、一目お会いしたいとプラットフォームに集まってきていたことが発端でした。みんなの気持ちは痛いほどわかるものの、周囲に迷惑をかけ顰蹙を買うようなことはしてはならないとの判断から、伸一は車内から外に出ず、代わりに同行していた十条が皆に会い、その思いを伝えました。この時の自身の対応に「やはり、一目でも会うべきでなかったか‥‥」と、悔やむ思いを持ちます。

 【すべての責任を担って、「最善の道」をめざそうとすればするほど、反省は尽きなかった。だが、そのなかで人間は磨かれ、自己完成への歩みを運ぶことができるのだ。『悔恨がないのは、前進がないからである』とは、トルストイの達観である。伸一は、以後、福井を訪問するたびに、『敦賀の駅にきてくれた人』のことを語り、感謝の意を表してきたのである。】

 私は年中反省することが多いのですが、その都度、宮本武蔵の「我事において後悔せず」との言葉を思いだし、その失敗、逡巡を忘れようとします。しかし、ここでは悔恨を前進の糧にしようとする姿が窺え、ほっとします。

●身体のハンディと幸福感

 6月7日は岐阜へ。文化祭での「郡上一揆」を題材にした、創作劇『一人立つ』で主人公に扮した目の不自由な青年・長松正義のことが語られていきます。(359-369頁)

   【入会前は著しく乏しい視力で生きねばならないことを嘆き、自らの宿命を呪う毎日であった。しかし、信心に励むなかで長松は、そのハンディをかかえながら、最高の仕事をし、幸福になることに、自分の使命があることを自覚したのである。ヒルティは断言する「試練は、将来われわれの上に咲き出ようとする、新しいまことの幸福の前ぶれである。】(367頁)

    私の入会前の問題意識は、「身体的ハンディと人生の絶対的不平等」でした。しかし、入会後に、この長松のような問題を抱えた同志を幾人も見てきました。「自由グループ」「自在会」などと命名された障がいを持った人たちです。彼らと交流するたびに、強い刺激を受けました。人間は一念のありかしだいで、自由にも、不自由にもなることに、発奮したものです。

●完全燃焼の大事さ

   聖教新聞岐阜支局での伸一と記者、通信員との語らいでの二つの場面が強く印象に残ります。一つはどうやって睡眠時間を確保するか。もう一つは、言論の大闘士について。それぞれ次のように述べています。

 前者は、「それには一瞬一瞬、自分を完全燃焼させ、効率的にやるべきことを成し遂げていくことです。人間は一日のうちで、ボーッとしていたり、身の入らぬ仕事をしている時間が、結構多いものなんです。そうではなく、『臨終只今』の思いで、素早く、全力投球で事にあたっていくんです」(375頁)

   先日、兵庫に応援に来てくれた尊敬する大幹部と懇談した際に、優れた芸術家は健康で長生きする人が多いということで、意見が一致しました。彼の発言の背景にはこの伸一の発言があると見られました。私は「ものごとに熱中して、没我の状態に長くあることが人生を健康で豊かなものにする」との持論を述べたものです。

 後者は、「広宣流布は言論戦なんだから、青年は言論の力をつけなくてはならない。そのためには、優れた論理展開の能力を培うことも大事だが、句や歌で、的確に心を表現する力も必要です。」(379頁)

  長文と短文と、そして論理展開と感情表現と。文章力修行に王道はありません。努力、努力また努力なんでしょう。熱中して自我を忘れるほど完全燃焼のときを持つことが人間を甦らせるとは、不思議なことです。

●音楽は世界の共通語

 以上のことは、次の群馬でも強調されます。伸一は、群馬交響楽団のメンバーとの懇談で以下のように発言しています。

 「それぞれの立場で人間文化の花を咲かせ、社会に貢献していくことが、仏法者の使命なんです。そして、そのためには常に自分の魂を燃え上がらせ、〝さあ、今日も頑張るぞ!〟という、満々たる生命力をたたえていかなければならない。その源泉が題目です」(396頁)

 「音楽は人間と人間の心を結ぶ、世界の共通語」「歓喜の共鳴音」と、続きます。先日『今こそ平和の響を〜ウクライナ侵攻と芸術家たちの闘い』をTVで観ました。「戦争」で沈む世界に、音楽の重要性を感じました。(2022-5-7一部修正)

 

 

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